灼熱に身を寄せて
名状しがたいこの熱は
果たして冷めるのだろうか、
メラメラと私の皮膚を焼くこの灼熱は
いつか氷の様に冷たくなって、
美しき結晶に変わり、私の心に鎮座するのだろうか?
例えるならばそれは情炎。
心が燃え盛る様に痛い。
例えるならばそれは情熱。
焼き焦がれる様に君を思う――
――――焼け付く。
君の面影が、
――――零れ落ちる。
灰のように……。
――――無くなってしまう。
君の存在が。
進まなければいけない。
わかってる。
忘れなければいけない。
わかってる。
燃やし尽くさなければいけない。
わかってる……。
――それでも消えない。
君と笑い合ったあの甘く濃密な刻が。
灼熱の様に。
私を焦がしてそのままだ。
灼熱の様に。
この痛みを忘れられない。
灼熱の様に。
――この心は逆巻いたままだ。
渦巻く情景は、いつも焔の中に居る様で晴れない。
呆れ返る位の時が過ぎ去っても、その熱が何時までも引いていかない。
冷灰となった私がそこに横たわっている。
二度とは立ち上がれぬ程に、その四肢を原型も無く焼き尽くして……。
……熱風に舞い上げられた私の灰が、つむじ風に乗って青空へ飛んでいった。
あの深い空から見下ろせば……私の熱など、何処にでもある、ありふれた燈火の一つなのだろう。
ちっぽけな存在で、誰にだって知覚される事も無い。
例えそれが、私の無残な亡骸を見た、
――君であったとしても。
いい加減完結させなくてはならないのだろう。
私にしか知覚出来無い焔の中で、ひとり踊る滑稽な自分を。
終わらせなくてはならないのだろう。
茫漠な酸素を消費するだけの、この火炎を。
無益でしか無い炎の渦を――――
吹き込む風を遮断した。
燃え広がっていく薪を引いた。
燃え立つ火柱に蓋をした。
二度とは火が付かぬ様に。
これまで、ただ盛る火を見詰めていた私にも出来た。
だけどそれは、ただ小さく隔絶した私の世界で、炎を余計に焚き付けるだけの行為に過ぎなかった。
まるで業炎の様に鋭い熱に巻き付かれた私は、震える手を伸ばして囲いを外した。
もうどうにでもなれと、
燃え盛りたいならば、何時までもそこで逆巻いていろと、
何処からか降り注いで来る薪にも構わず、もう何もかも諦めきって灼熱に身を寄せた。
「…………っ」
……するとどうだ。思い掛けない事に、あれ程収めようと躍起になっていた炎が、時間を掛けて緩やかに熱を弱めていく。
みるみると萎んでいく熱が、
あの狂熱が、
ただ過ぎ去る時に任せて傍観するだけで
下手に構う事すらもしなくなっただけで
――風に揺らめく小さな火になった。
ああ、そんな事だったのかと私は思う。
私の身を焼き続けたあの灼熱は、押し付ければ押し付ける程に肥大化していく
私の恋慕。
――――私の心であったのだ。
未だ熱を持ったあの慕情は、身を委ね静観する事で弱まっていった。
私の人生を支配していたあの灼熱は、もう痛みも思い出せない位のちっぽけな火になった。
痛くて辛くて死んでしまおうとさえ考えた、あの永遠の猛火は、そんな簡単な事一つで泡沫の夢の様に消えていった。
眼の前で揺らぐ炎の様に、不規則に動く私の心も、もうそこには無い。
名状しがたいこの熱は
果たして冷めたのだろうか、
メラメラと私の皮膚を焼いたあの灼熱は
氷の様に冷たくなって、
綺麗な結晶になんかならずに、少しの寂しさを残していった。
こんな事で……とさえ思う。
けれど私はもう二度と。
身を捩る事は無いだろう。
例えるならばそれは情炎。
心が燃え盛る様に痛い。
例えるならばそれは情熱。
焼き焦がれる様に君を思う――
――――焼け付く。
君の面影が、
――――零れ落ちる。
灰のように……。
――――無くなってしまう。
君の存在が。
もう君の笑顔も思い出せない。
焼け溶けた筈の私の四肢が、二度とは立ち上がれぬと思っていた大地に立ち上がっていた。
進まなければいけない。
わかってる。
忘れなければいけない。
わかってる。
燃やし尽くさなければいけない。
わかってる……。
君と笑い合ったあの甘く濃密な刻が。
灼熱の様に。
私を焦がして強くした。
灼熱の様に。
痛みに揺るがぬ体を作り上げた。
灼熱の様に。
――この心に逆巻いて……
「…………」
炎が鎮火して、立ち昇っていった白煙が夏の蒼穹へと上がる。
冴え渡った空を仰ぐと、冷たい空気が肺一杯に満ちた。
――今なら言える。
――今なら、きっと…………
あの灼熱に身を寄せて、
「君が好きでした」
――少しだけ、
燻った炎が揺らいだ。
けれどもう、私の身を焼く程では無かった。
「行こう、次の灼熱へ」