【四:いざ学校へ】
やって来た初登校の日。悪役令嬢:エカチェリーナの通う学園なのだ。周囲はブルジョワジーな雰囲気に溢れかえっていることだろう。だから平民の主人公は浮いていてエカチェリーナやその取り巻きからいじめられていた。
もちろん私(俺)は主人公をいじめたりしない。いじめたら速攻火刑エンドへ行くじゃん。あと面倒なんだよな。毎回毎回嫌がらせするのも。しかも前居た世界じゃ「いじめ」は「犯罪」に匹敵するぐらい深刻かつ残忍な行為だ。いじめられた人間はその傷を帳消しにはできない。いじめた側が今更優しく接して来たとしても過去のいじめの光景がフラッシュバックしてくる。そんなこと私(俺)には到底できない。いややりたくない。
「主人公をいじめるなんて行為は絶対しない」という誓いを立てた私(俺)はマリスの身支度が終わるのを待っていた。
「ごめんね姉さん!ちょっと付けるアクセサリー迷ってたら遅くなっちゃった!」
「いいのよ。お洒落なマリスだからそういうの徹底したくなるんだって分かってるから。」
マリスを不機嫌にさせないように私(俺)はマリスのイエスマン……イエスウーマン?に徹するようにしているが……おかしな方向へ行きそうな予感がする。でも火刑エンドを回避しなくてはならない。だから我慢だ。
マリスと一緒に徒歩で登校する私(俺)。あれ、お坊ちゃんお嬢様は高級車に乗って登校……ってのが定番だと思っていたのだが普通に徒歩だぞ?運転手である「爺や」に乗せてもらって……なんて描写は皆無だった。あとマリス学生鞄をリュックみたいに背負ってるがそれお母様に注意されるんじゃないのか。「はーい」って返事の仕方で怒られてただろうに。
学園の門をくぐると目の前に広がったのは貴族・有力な商人一族・有名人著名人の子供。もうハイレベルな人物がわんさと集まっていた。眩しい……!
「姉さんどうしたの?疲れ目?急に目を擦ったりなんかして。ダメだよ、それかえって目に悪いよ。」
「ごめんなさいマリス。ちょっと私(俺)には刺激が強くって……。」
「僕たちも負けないぐらい輝いてるんだから大丈夫だって。……そんなに他が気になる?僕よりもそいつらを優先するの?」
さっきまでニッコニコだったマリスの顔が不機嫌そうな顔になる。や、やばい!火刑エンドに向かってしまう‼︎フォロー…フォロー…!言い訳…何とかしなきゃ……!
「もっ…もう大丈夫よマリス!私(俺)はもう回復したからね!」
「……良かった!もう心配させないでよー昨日姉さんはものすごく体調悪かったんだからさ!」
良かった!あっさり機嫌を直してくれた!もしかすると結構チョロかったりする?…いや自惚れるな私(俺)!一時の油断や慢心が命取り(リアルで)なんだからな。
門をくぐっただけなのに何でこんな命のやりとりみたいなことしなきゃならんのだ。流石ハイレベルな学園だ。
私(俺)が少し戸惑っていると、私(俺)の元に走ってくる女の子と、彼女を追いかける男の子がやってきた。悪役令嬢:エカチェリーナの友人だろうか?確かエカチェリーナには親密な仲の友人はいなかったはずだ。彼女の取り巻きは所詮アイリス商会に取り入ろうと必死な雑魚の群れ……なんてエカチェリーナ本人は断罪イベント序盤に主人公に言っていた。主人公が「お一人ですか?……いつも一緒にいる人たちは……」と彼女に聞いた時に少し低い声で取り巻きは雑魚の群れと答えたのだ。
そしてその発言が死角に潜んでいた攻略キャラの友人(顔グラはあるけど非攻略キャラ)の持っていたボイスレコーダーに録音され、更に動画に収められその動画が学園の生徒・教師全員に見られてしまう。公開処刑だ。そんな断罪イベントが存在していた。
……話が大いに逸れてしまったが、元気に走ってくる女の子の顔をはっきりと見ることができた。彼女は。間違えることは絶対ない。だって彼女は。
「……アイリッシュ…!」
「おはようエカチェリーナさん!マリスくん!」
「こらアイリッシュ!スカートのプリーツが乱れるくらいダッシュするのはやめないか!…まあ元気な所が君のいい所なんだけど…。」
「愛の鎖」の主人公:アイリッシュ・アドニスだ。…そして彼女にやっと追いついた男の子。彼は「愛の鎖」の攻略キャラの一人で、超完璧王子…だが実はお人好しな青年:ジン・ギムレット。
……ジン・ギムレットは設定では私(俺)の婚約者だ。そんな彼は今アイリッシュと仲睦まじく話している。そうか。此処はジンのルートなんだ。だからあんな距離感で…。
本来のエカチェリーナであればこの関係や空間を見たらブチ切れるだろう。だって婚約者と平民の女が仲睦まじく談笑しているのだから。だが今エカチェリーナとしている私(俺)はというと。
「(あーはいはいご馳走様ですわ)」
二人の仲の良さに押されていた。というより潰されそうだ。甘酸っぱい風味は好きだけど今目の前で繰り広げられてる光景は蜂蜜を瓶の中身全部流し込んだようなクセの強さなのだ。
もう挨拶だけしてこの場から離れたい。早くしないと予鈴が鳴ってしまうだろう。
「あはは、本当に仲良いね二人とも。でも早くしないとチャイム鳴っちゃうよ?お昼休みにいっぱい話そうよ。」
「あ!そうだよね…それじゃお昼休みに!」
「ジンも早く行きなよ、君確か日直じゃなかった?」
「そうだった!すまない!」
マリスが困っている私(俺)を見て助け舟を出してくれた。私(俺)の為なのかそれともマリスもうんざりしていたからなのか。でもありがとうマリス。
台風のように過ぎ去っていったアイリッシュとジン。二人の仲睦まじさに圧倒されていたが私(俺)はあることに気づいた。それも一つや二つじゃない。かなりある。
……二人の私(俺)への態度が、原作と違うのだ。