【二:状況整理に時間を割いてみようか】
……とりあえず状況整理をする。
時間・場所:時間はわからんが乙女ゲーム「愛の鎖」の世界のようだ
俺:性転換して女になっている…というか「愛の鎖」の悪役令嬢「エカチェリーナ・アイリス」に転生若しくは成り代わっている。
出会った人:裕福そうなご夫婦。言ってることから察するにエカチェリーナの両親。優しい人たち。お母さんの名前は「ミカエリス」。
「(……ってところかな。)」
まさか俺が転生したのが悪役令嬢とはな。こういうのって、もっとこう優男かヘタレてそうな男になってチートな能力使って女を中心に周囲の人物を手玉に取ってる……となるはずなんだけどな。俺は運がえらい悪かったらしい。
「(まずいぞ。このまま行くと俺主人公に酷い嫌がらせをして怒りが頂点に達して学園に放火して火刑エンドだぞ。)」
転生してまさか惨い死確定なんて酷すぎる。百日天下や三日天下なんて目じゃないぜ。何とかしてこの状況を覆さねば。しかし、俺にはこの「愛の鎖」の世界や登場する人物の詳細が分からない。これでは「改変しなければならないポイント」や「関わってはいけない人物・事柄」が見えずに地雷を踏んでそのまま火刑エンドへレッツゴーだ。
「(姉ちゃんに色々聞いておくべきだったか……だが時すでに遅し。)」
この場に姉ちゃんは居ない。やばいです詰みです……と思っていたら。
「姉さん‼︎目が覚めたんだね‼︎よかった!」
少年が部屋に飛び込んで来た。いきなり入ってくるなよマリス…。
…マリス……?あれ…?
俺…何でさっき初めて見た少年を「マリス」だってわかったんだ……?
「こらマリス!慌てて駆け込んでみっともない!」
「いくらエカチェリーナが心配だからと言っても、さっきの行動はよくないぞ。」
両親が少年を「マリス」と呼ぶ前に、俺は彼を「マリス」と認識していた。更に俺は、
「(マリスが義弟だと…知っている…?)」
…という不思議な感覚に陥っていた。
ついさっきまでは「愛の鎖」の知識はほぼ皆無だったのに、今ではまるでゲームのデータを丸ごとそのまま俺の脳味噌に放り込んだようにハッキリと分かる。
父の名前は「デイヴィッド」。アイリス商会という大規模な組織の取締役だ。その妻…エカチェリーナの母の名前は「ミカエリス」。元女優でアイリス商会主催のイベントでゲスト出演した際にデイヴィッドに声をかけられ交際した後に結婚した。
その夫婦の元に生まれたのが「マリス」。デイヴィッドに似た艶やかな金髪。ミカエリスに似た整った色っぽい容姿。たいへん恵まれた少年だ。
この言い分だと、エカチェリーナはどういう存在なのかと疑問を抱くだろう。……知識が流れ込んだ時に一番驚いたことになるのだが。
「(エカチェリーナ……この家に養子としてやってきてたのか……!)」
そう。彼女と両親やマリスは血が繋がっていないのである。マジで?義父の権力振りかざしてイキってたの?よく血の繋がっていない女に協力できるな目の前に居るお父さんは…。本当に優しいんだな、その事実を知るだけで胸と頭が痛くなる。
「ああエカチェリーナ。騒がしくしてすまないね。私たちはこの部屋を出るから安静にしているといい。どうかお大事に。」
「さあ行くわよマリス。」
「はーい。」
「『はい』でしょう!」
三人は俺を置いて部屋を出る。よし、これで更なる状況整理ができる……!ありがとうデイヴィッド……いやお父様!
次に整理するもの。それは突然流れ込んで来た「愛の鎖」の知識もとい情報。俺はさっきまで「愛の鎖」のキャラのことなんて全く知らなかった。姉ちゃんから聞いていた悪役令嬢:エカチェリーナの名前と……あと彼女の婚約者で主人公の攻略キャラとなる「ジン」という男の名前しか知らなかった。ジンに至ってはエカチェリーナの口からでしか聞いたことのない名前だ。
でも俺は今登場人物の名前も境遇も、小ネタ更にはこの先の展開もハッキリと分かる。知っている。
これが……俺の転生によって得た「チート能力」…⁉︎
「(すごい…!すごいけど…!なんていうか…地味!)」
いやいやこれ実は重要な能力なんじゃないか?何もチート能力は派手でなければならないなんて決まりは無い。地味であろうと局面をひっくり返せる能力であればそれはそれは偉大な能力だろう。
俺の得たチート能力は人を助ける能力ではないが自身を守る為の能力だ。これが無ければ俺は火刑エンド。それを何とかひっくり返せるなら十分だ。
「(何かちょっとだけ自信が湧いて来たかも。もう一眠りしてから行動することにしよう。)」
俺は安心しきって眠りについた。
……しかし俺はその時気づいていなかった。
ドアの隙間からこっちを覗く目が光っていたことに。