【八:私(俺)も恋ができるのか】
部屋に戻ってやること。……状況整理だ。私(俺)何回やってんだろ…。
だってどんどん新情報が流れ込んでくるんだもんよ。今回はミゼル。あいつは「元から」おかしかったからどう対処していいか分からない。マリスは「イエスマン精神で行こう」という単純明快なものだけど、ミゼルにはどうやっていくべきか。
あいつが原作と違う所……。うーん、何処か。
あ。
「私(俺)に辛辣な言葉吐いてない…。」
悪役令嬢エカチェリーナが悪事を企てる時だけでなく彼女と顔を合わせただけで嫌味を言うミゼル。それが今回無い。むしろ優しめだ。
帰宅時車が私(俺)のすぐ横を通り過ぎる時にミゼルは私(俺)を歩道の真ん中に寄せてくれた。さり気ない優しさを彼は見せてくれたのだ。おいおいこれ「彼氏のイケメン仕草♡」とかティーンズ雑誌で紹介されそうな動きじゃないか。それを私(俺)にやってのけた男:ミゼル・ピスコ。
「(あれ?このシーンはミゼルルートでアイリッシュにしたことじゃなかったか?)」
隠し攻略キャラ:ミゼルルートのスチル有イベントの一つだ。初対面時はミゼルを「悪役令嬢エカチェリーナの執事」という「恐ろしい存在」として見ていたアイリッシュ。
だけどある時街で買い物をしていた時に偶然食材の買い出しに出ていたミゼルと出会う。そこで彼女はミゼルと何気ない会話を交わすうちにミゼルは恐ろしい存在ではない、実は気さくなお兄さんなんだと気づく。
その後何度か話をしていく二人。次第にアイリッシュはメイン攻略キャラや友人家族、ミゼルはエカチェリーナとマリスに内緒で会ってデートのような雰囲気で出かけるようになる。楽しい雰囲気だったが、時折何かを憂いているような暗い表情をするミゼルをアイリッシュは心配するようになったのだ。
楽しい生活も長くは続かないもので、二人の交流に気づいた周囲は二人を責めるようになった。アイリッシュ側はミゼルは怪しい、お前を騙して楽しんでいるんだと説得を試みた。一方ミゼル側はエカチェリーナが私刑と言わんばかりに彼を地下牢に幽閉した。
このまま二人は離れ離れになってしまうのか…となっていた所にとある人物が現れた。アイリッシュたちの通う学園の用務員だ。彼は神出鬼没でメイン攻略キャラルートの何処にでも現れ彼女に助言をしていく所謂「お助けキャラ」である。なぜ彼が?となるアイリッシュ。何とこの用務員はミゼルの幼馴染だという。そして若い頃(見た目は二十代ぐらいだが)に傭兵・スパイの仕事をしていたそうで、彼の技術によってミゼルが幽閉されている地下牢への潜入に成功する。
衰弱したように痩せて気を失っていたミゼルを用務員は背負い脱出をし、学園の医務室でアイリッシュは必死にミゼルの名前を呼びながら看病をした。目を覚ましたミゼルは「私は夢を見ていたのでしょうか、愛しい貴女がずっと私の名前を呼んでくださったのです…。」と微笑み彼女を優しく抱きしめた。そのシーンのスチルが当時話題になった。
快復したミゼルは用務員と共に「アイリス商会の不正の情報」を世間に公表し、アイリス商会……引いてはエカチェリーナの断罪をしたのである。アイリス商会は隠蔽を図るも失敗。その原因となったエカチェリーナはアイリス商会の関係者に責められ自暴自棄になって学園に放火をして最後はもちろん火刑エンドとなった。
……こんなドラマチックかつスリリングっぽいことをしておいてあのトゥルーエンドとバッドエンド。そりゃプレイヤーは「作品自体は良かったけどこいつで台無し」と低評価するわ。
だめだ何の解決方法も見つからない。原作と違って彼は私(俺)に嫌味を言わない、さらに本来ならアイリッシュにしたことを私(俺)にしてみせた。原作と乖離しているのでジンたちと同じように原作を気にせずそのまんまで生活をすればいいんだが、胡散臭さが抜けていないので警戒を安易に解くことができないでいる。
マリスとミゼルは危険人物、という認識が余計に強まってしまった状況整理だった。難題すぎる。
ふと、私(俺)は昼食時にアイリッシュが言っていた「私(俺)のことを気にしている生徒」のことを考えた。原作でそんな人物は居ただろうか。ゲームは基本アイリッシュ視点で進んでいくのでエカチェリーナ側の状況がほとんどわからない。もしかしたらそういった人物は居たのかもしれないがエカチェリーナはそんな人物をアイリッシュへの嫌がらせに利用してはいなかった。取り巻きやアイリス商会(の権力)ぐらいしか利用していないのでその生徒は「全く知らない人間」となる。
「(平穏な生活を送るための希望となる存在であればいいんだが……。)」
まだ見たこともない人物に勝手に期待する自分はもう末期なのではないかと心配になった。もしかすると、その人物に恋をして付き合えば火刑エンド回避・平穏な生活を送ることができてハッピーエンドとなるのでは?
しかしジンの「アイリス商会の令嬢の婚約者になるにはかなり有能な人でないと難しい」という言葉に私(俺)の期待は音を立てて崩れ始めてしまう。
「(まあ貴族とか金持ちが多い学園なんだしそれなりに優良な人物だろう。)」
私(俺)はほぼ無に近い希望を抱いて一日を終えることにした。
どうか明日は素晴らしい一日でありますように。