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82話 主神

「……?」


 目を開けると、俺たちは真っ白な空間に立っていた。

 白く、どこまでも続く、平坦で……不思議と心落ち着く空間。

 ──この場所、見覚えがある。

 そうだ、夢でここに来て、カルミアによく似たあの人と会った……。


「来てくれたのですね、レイド・ドライセン」


 声がした方を向けば、そこにはカルミアによく似た女性が佇んでいた。

 薄く、天に浮かぶ白い雲のような、絹のような衣服を纏った美しい女性。

 髪色はカルミアのように輝く黄金であり、文字通りに神々しさを感じた。

 よく見れば輪郭も黄金を帯び、それは体外へ流れ出ている尋常ならざる魔力だと気付く。

 彼女は次に、カルミアへと視線を向けた。


「そしてようやく会えましたね。カルミア……私の娘」


「お母さん? 私の……?」


 女性が両手を広げると、カルミアは駆けていき、飛び込むようにして抱きしめた。


「お母さん……!」


「ごめんなさい、あなたには辛い思いをさせましたね。この母をどうか、許してください」


 抱き合う親子、しかしルーナは少しだけ目を丸くしていた。


『カルミア……それはレイドが名付けた名のはず。神族の力で、子の名前すら見通していたと?』


 そんなルーナに、俺は補足するようにして話す。


「いいや。カルミアの名前は、きっと前もってあの方が名付けていたんだ。俺はその名を、ミカヅチの記憶から読み取ったに過ぎないよ。……そうですよね?」


「ええ。レイド、この子に名を伝えてくれてありがとう」


 カルミアの母親は彼女を離し、こちらを向く。


「……ずっとカルミアとこうしていたかった。でも時間がありません。レイド、それにルーナや皆さん。私はあなた方に、多くを伝えねばなりません」


 カルミアの母親は自身の胸に手を当てた。


「名乗りが遅れました。私はトリテレイア。この子の母にして、この天界にて神々を纏めていた者です」


 女神トリテレイア、神々を纏め上げているとされる主神。

 ならばカルミアは主神の娘ということになる。

 これまでカルミアはどんな、何を司る神なのかと疑問だったが。

 主神の娘となれば、神族そのものを司る神ではないのか。


「凄い。カルミア様、まさか女神トリテレイア様の子供だったなんて……」


 ロアナの呟きに、トリテレイアは微笑んだ。


「いいえ、私たちはあなた方が思っているほど、凄い存在ではないのですよ。寧ろ恥を重ね、力を失いつつある種族なのですから」


「力を……?」


 問いかければ、トリテレイアは頷いた。


「まずあなた方には、状況をお伝えせねばなりませんね。何故ノルレルスがカルミアを必要とし、そのために世界を、天界をこのような惨状にしてしまったのかを」


 トリテレイアは手のひらに光球を生み出し、それを横幅のある長方形に広げた。

 魔法陣の展開がなかった辺りから、ミルフィやアイルの扱う魔法か、それに近い力だろうか。

 光の長方形内には次第に、多くの人影や、精緻な意匠の施された建物が見えてきた。

 白磁色を基調とした、蒼穹の下に広がる、どこか幻想的な街並み。


「これは……」


「過去の天界です。我々神族にまだ多くの力があった頃の。ここに映っているのは私の記憶です」


 となれば映っている方々は全員、神族ということになる。


『天界にもかつて、これほどの神族がいたのですね……』


「その通りです、竜姫ルーナ。ここにはかつて多くの神々が存在し、永く繁栄していました。そして神々は、神の写し身にして被造物でもある子供たち……即ち人型種族へとスキルを渡す役割も担っていました。……ご覧ください」


 トリテレイアが指した先、天界の端にて、神々が手のひらから光の雫を地上へと落としているのが見えた。


「あれがスキルの源なんですか?」


「厳密には違います。スキルとは適性に応じた才能。神の写し身である人型種族であれば、本来は誰もが持つもの。神はその解放の手助けをしていたに過ぎません。成人の祝いとして」


 思えば俺が【ドラゴンテイマー】スキルを授かったのも、多くの国で成人とされる十五歳であるし、一般にスキルが発現するのも十五歳とされている。

 というより……。


「スキルって、人間以外の人型種族にも発現するものだったんですか?」


 問いかければ、トリテレイアは「左様です」と答えてくれた。


「先ほど語ったように、全ての人型種族は神の被造物。ですから生みの親である神の力を誰もが何かしら、薄らと受け継いでいるものです」


「……でも、私にスキルはない。魔術とも魔法とも違う力は」


「それに人間だって、稀にしかスキルを発現しないんじゃ……」


 自身の手を開閉しつつ見つめるミルフィに、どこか納得いかない面持ちのロアナ。

 そんな二人にトリテレイアは続ける。


「そうです、ミルフィにロアナ。ここがこの話の要点の一つでもあるのです。スキルは誰しもが持つもの、しかしその発現には神からの祝福が必要。……実を言えば随分前から、神々はその祝福を人型種族らに授けられなくなってしまったのです」


「……お母さん、どういうこと?」


 尋ねるカルミアの両肩を、トリテレイアは軽く握った。


「カルミアもよく聞きなさい。これはあなたもよく知らねばならぬことですから」


 トリテレイアは俺たちに見せる記憶を切り替えた。

 そこには……光の粒となって消えていく神族の姿があった。


「力を失った理由は至極単純。寿命です。万物はあらゆる意味で有限、終わりがあります。物、命、世界。神族でさえ例外ではありません。世界が始まり永い時が経過し、遂に神族は寿命を迎えて力を衰えさせ、スキルを地上の者たちに発現させることができなくなりつつありました。……そうして今や、レイドの一族のような一握りの者にしかスキルは発現しなくなってしまったのです。代わりに台頭してきたのが魔術や魔法といった技術。人型種族が編み出した技です」


『つまりは、神々の時代にも終わりが訪れつつあったと……?』


「はい。ですが終焉を回避する方法もあり、かつては全ての神々がそれを行いました。ですが……結局、神々の力の劣化は止められなかった。しかもその方法は……愛を欠く、恥ずべきものだったのです」


 そう語るトリテレイアの表情には後ろめたいような、深い後悔の色が見えた。

 神族も過ちを犯すのだと、当たり前のようで不思議な気持ちにさせられた。


「そして神々の時代の終焉に際し、私は娘を、カルミアを身籠もりました。その時は人間の時代にして、ミカヅチがまだ存命だった頃。私はカルミアや次の世代に、神族の全てを託すべしと考えていました。……ですがそこで、今の神々の時代を終わらせまいと反旗を翻した者がいました。それこそが我が友」


『魔神ノルレルスって訳だな』


 ここに至り、俺はノルレルスの語っていた奴自身の体に関する言葉の意味を理解した。

 奴の体が不調だった理由、それはどうしようもなく寿命が近かったからなのだ。

 それも神々の時代の終焉を、主神であるトリテレイア自身がああして語るほどに。

 しかもミカヅチの生きていた頃にはトリテレイアがあのように考えていたとなれば、今のノルレルスは正真正銘の死にかけと言っても過言ではないのではなかろうか。

 トリテレイアを見る限りでも、神族は外見的には歳を取らないようなので、彼女の話を聞くまでノルレルスの事情が全く見えなかったというのが正直なところだった。


『しかし女神様、どうして魔神の野郎はカルミアを狙う? 奴の寿命とカルミアは関係ねーだろ』


「あるのです。ガラード、あなたの疑問は至極真っ当。これについてはレイドに時が来たらカルミアを天界に、とお願いしていた件にも繋がる話です」


「……!」


 そうだ、トリテレイアは時が来たらと言っていた。

 その理由も今まで不明だったけれど、ようやく明かされるのか。


「魔神ノルレルスはじきに寿命で力尽きるでしょう。ですから時が来たらというのは、正確にはノルレルスが寿命で力尽きたら、という意味だったのです。今の私の力では、夢を通してレイドに事情を全て伝えるのは不可能でしたから、あのようなふわりとした言い方となってしまいましたが……。しかし魔神ノルレルス、ひいては神族には死を回避する方法があります。それこそが先ほど話した愛を欠く行為」


「愛を欠くって……」


 カルミアがそう繰り返した後、トリテレイアが語った内容は衝撃的の一言に尽きた。


「転生するのです。神族の子を新たな肉体、即ち自らの魂の入れ物として使い、寿命切れによる死を回避します」


「なっ……⁉」


『つまりノルレルスはカルミアを魂の入れ物にしようと……⁉』


 ルーナが衝撃を受ける最中、カルミアは震え上がっていた。


「そんな……。……もし私がノルレルスの器にされたら、どうなるの?」


「あなたの魂は消えてなくなります。今の、生まれたてのあなたでは、ノルレルスの魂に抗うことなど不可能でしょう……」


 我が子を抱きしめるトリテレイア。

 しかし俺は彼女の言葉に引っかかりを覚えていた。


「……生まれたて?」


 ──ノルレルスがカルミアの記憶についても語っていたけれど、まさか……。

 自身の中で違和感が言葉としてはっきりしかけた、その直前。

 白い空間にゴォン! と轟音が響き、一角に亀裂が走り、それは次第に大きくなってゆく。

 さらに亀裂から魔霧のようなものが広がり、亀裂を大きくしていき……。


「見つけたよ、トリテレイア」


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