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81話 天界

 天界の中心へと降下したルーナとガラード。

 その背から俺やカルミア、ミルフィはするりと降りた。


『ここが天界ですか。どのような場所かと思っていましたが……』


 ルーナは古竜の姿のまま、顔を顰めた。

 暗雲に包まれているため、地表と同様、天界には光がなく薄暗い。

 しかも周囲の建造物は各所が崩れて瓦礫と化しており、焼け落ちたのか黒く煤けてすらいた。

 これが伝説に語られる神々の住まう聖なる領域、天界であるとはとても思えなかった。

 周囲には神族の姿もない、一体天界で何があったのだろうか。


「ここが私の故郷、そんな……」


 記憶はないながら、天界の有様にカルミアも心を痛めていた。


『カルミア……まあ、天界がこんなんじゃ仕方がねーよな』


 ガラードは周囲を見回しながら、前脚に抱えていた木箱を降ろす。

 ドスン! と音が立ったが、同時に「うにゃっ⁉」と小さな声が聞こえてきた。


「……この声、まさか!」


 もしやと思い手早く木箱を開き、中を確認する。

 すると、そこには。


「にゃあ……見つかっちゃった」


「ロアナ……⁉」


 治癒水薬入りの瓶が並び、重ねられた小箱の端、ロアナが丸まっていた。

 ロアナの両脇へ手を入れて持ち上げれば、軽い体が木箱から出てくる。

 見送りの際も姿が見えないと思ったら、こんなところに潜んでいたとは。

 運よくガラードの弟分が運ぶ木箱に入っていて、先ほども落下する木箱をガラードが上手く受け止めていたからよかったが……。


「危ないじゃないか、どうして付いて来ちゃったんだ……!」


 言葉を強めれば、ロアナは体を竦ませ、耳を縮こまらせた。


「だ、だって……! あたしだってレイドお兄ちゃんにテイムされて力は強くなっているもん! それにミルフィやカルミアだって行くって聞いたら、あたしだってじっとしていられない……! 皆を守りたいもん!」


 目尻に涙を浮かべながら、ロアナは半ば叫ぶようにして言った。

 ロアナが故郷を取り戻すべく鍛錬を重ね、今や彼女の力は前の比ではないことも知っている。

 けれど正直、ロアナには竜の国で待っていてほしかった。

 仮にも俺を兄と呼ぶ妹分に、危険な目に遭ってほしくはなかった。

 ──戦力的に必要不可欠だったミルフィには来てもらう他なかったけれど、ロアナまで……。

 しかしここまで来てしまえばもう引き返すのは不可能だ。

 それにロアナもロアナなりに覚悟を決めてこの場に立っているのなら……。


「……全く、分かったよ。でも極力前には出ないでくれ。基本、ノルレルスに有効打を与えられるのは俺だけだから」


 ロアナにそれだけは守ってくれというつもりで話せば「わ、分かった……」といった返事が戻ってきた。

 しょげたロアナに、カルミアが近寄る。


「ごめんなさい、ロアナ。こうなったのは私のせいでもあるのに、気負わせちゃって……」


「ううん、カルミア様のせいじゃないよ。あたしはあたしが来たいから、付いてきただけ。それにミルフィが行くのに私が行かなきゃ……ね?」


 するとミルフィは小さく首肯した。


「……それはそう。レイドが怒る気持ちはよく分かるけれど、来てくれて嬉しい気持ちもある。……頼りにしている」


「うん、任せて!」


 暗雲を消し飛ばすような明るさを見せるロアナ。

 こんな時でも溌剌としているのは、ロアナの生来の性格であるのだろう。

 どんな状況でも暗くならない、ムードメイカーとしての才もあるのかもしれない。

 ……そのように思っていると、ふと冷たい風が吹き抜けていくのを感じた。

 けれど風は吹き抜けるだけでなく、俺たちの周囲で竜巻のようになり、黒い靄を纏って漆黒の風の壁となっていく。


『レイド、これは……!』


「おでましだな」


 リ・エデンを腰の鞘から引き抜き、構える。

 すると正面、風の壁に穴が穿たれ、そこから悠然と人影が歩んでくる。

 闇夜に包まれているに等しい天界、浮かび上がるは赫々に輝く双眸。

 血色の装飾の施された外套に身を包み、隻腕に赫槍を携えて進むのは、魔を統べる神。

 魔神ノルレルスだ。


「やあ、レイド・ドライセン。まさか君の方からカルミアを連れて来てくれるなんて。下界へ降りる手間が省けて嬉しいよ」


「お前に渡すために連れてきたんじゃない。彼女の出生を知り、失った記憶を取り戻すために。彼女の身内のためにも連れてきたんだ」


「へぇ、身内ねぇ。……愚かなことだよ、全く。彼女も君らも。そもそも失った記憶って、君らはそう考えている訳だ。カルミアが何も知らないからってさ」


 ノルレルスは何かを含んだような、こちらを小馬鹿にしたような笑みとなった。


「僕もカルミアに会ってから、そういえば彼女はそういう状態か、って気付いたから他人のことは言えないけどさ。それでも……くくっ、面白いね。器如きにありもしない記憶を求めるなんて」


「……なんだって?」


「まあいい。お喋りもここまでにしよう」


 ノルレルスは赫槍を構え、瞳を鋭くする。

 奴の気配が軽快なものから、一気に死の気配に満ちていくのを魂で感じた。

 大気が引き締まったかのような感覚、体の隅々、血の一滴までもが臨戦態勢に入ってゆく。


「君の問い、何故僕がカルミアを必要としているのかについては、引き渡しの際に答える約束だったけれども。君にその気がないのなら、こちらも約束を履行する義理はない。……時間も惜しいし、何も知らないまま死んでおくれよ。悪いけどさ」


 ノルレルスの瞳の輝きが増していき、同時に奴自身の魔力も膨れ上がっていく。

 ……リ・エデンで対抗できると知っていなければ、勝機などないと諦めそうになるほどの力。

 これが神族、生命を生み出す域の権能を持つ存在。


「エーデルの加護だって関係ない。この場で消えろ、レイド・ドライセン」


 ノルレルスの神速の踏み込み。

 同時にルーナとガラードがブレスを口腔から放とうとする。

 ──二人が牽制をしている隙に、俺も奴に向かって斬り込む。

 奴の攻撃より先にリ・エデンを叩き込み、奴の動きを止める他ない。

 そんな算段をつけていると──


「そこまでです」


 ──ノルレルスと俺たちの間、突如として閃光が生じ、周囲を飲み込んでいった。



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