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67話 空からの案内

『姫様にレイド! 竜王様の話はどうだったよ?』


 竜王との会話を済ませ、神殿から出て行けば、ガラードや若い古竜たちが待ち構えていた。

 俺は手を振りながらガラードに言う。


「問題なかったよ。カルミアはしばらく竜の国にいることになった」


『へぇ、そこの神族さんはカルミアって名前なのか。俺はガラード、よろしくなぁ』


 のっけから敬語なしの恐れ知らずについては流石はガラードと言っていいのだろうか。

 カルミアは気分を害した様子もなく「よろしくね」と話す。


『それでガラードたちはどういった要件で待っていたのですか?』


 ルーナが聞けば、ガラードは『いやー、な』と続ける。


『せっかく竜の国に神竜様以来の神族の客人が来たってのに。催しの一つもなきゃ勿体ねーし、しょぼいだろ? だから背に乗せて飛びつつ竜の国やその近辺を案内してやろうと思ってな』


 ガラードの申し出に対し、カルミアは瞳を輝かせた。


「あらっ、いいの? 乗せて飛んでくれるって言うなら、お願いしちゃいたいけれど……!」


『ガラード、荒い飛び方をして振り落としたら承知しませんよ?』


『分かっているっての! ……今回ばかりは気を付けるぜ!」


 ルーナからの注意を受けて、ガラードは焦り気味に返事をする。

 ……というのも、理由があったのだ。

 前にガラードはロアナやミルフィに「乗せて!」とせがまれた際『仕方ねーなぁ』などと言いつつ、二人を背に乗せ空へと舞い上がった。

 そしてガラードが二人を楽しませようと、旋回や急降下を繰り返した結果……。

 地表に降り立った時にはロアナもミルフィも目を回していたという寸法である。

 しかもロアナ曰く「あたしが全力でミルフィを支えなかったら落ちていた」とのことだった。

 そんな一件を知るルーナがあのように言うのも仕方のない話であった。


『てか、そこまで言うなら姫様が乗せて飛んでもいいんだぜ? これだけ頭数を揃えた理由はカルミア嬢の護衛も兼ねてって寸法だしな。俺もそっちに加わって飛ぶのもやぶさかじゃねーさ』


 ガラードが言った途端、彼の背後にいた若手の古竜たちが数度、首を縦に振った。

 ……もしかしたら今のは、護衛の話に同意しつつ、ルーナがカルミアを背に乗せるという話についての同意だったのかもしれない。

 ガラードの沽券のためにも突っ込むのは藪蛇に思われたので、聞くのはやめておいた。


「そういえばルーナは、魔術で人間の姿に変身しているんだったわよね。私もルーナの古竜としての姿は見てみたいし、背に乗せるついでに見せてもらってもいいかしら?」


『構いませんよ。少し離れていてください』


 ルーナの言葉に従い、カルミアは数歩後退した。

 するとルーナは自身の直下に魔法陣を展開し、魔力を解放しつつその副産物で閃光を放ち、一瞬にして古竜の姿へと変貌した。

 大地を踏みしめる四肢、大樹をも砕く尾、天へ伸びる二枚の翼。

 全身は陽光を照り返す銀の鱗で覆われ、色合いは竜王のものより艶やかだ。

 ルーナの美しくありつつも精悍な姿に、カルミアは「わあ……!」と見入っていた。


「人間の姿の時は可愛らしかったけれど、この姿になると凜々しいわね。でもほっそりとして体型の良い辺りは、竜のお姫様らしく感じるわ」


『神族の方に褒めていただき嬉しい限りです。では早速私の背に……と言いたいところですが。まずはレイド。先に乗って、彼女を引っ張り上げてください』


「よし、分かったよ」


 ルーナが目の前でしゃがみ込んでくれたので、彼女の背に手をかけて一気に登り、跨がった。

 次にカルミアへと手を伸ばせば、俺の手を掴み、一息で登ってくる。

 こちらの後ろにすとんと座り込んだカルミアは、ルーナの背を撫で、鱗の感覚を楽しんでいた。


「竜の鱗は鋭いから。足を鱗で切らないように気を付けてくれ」


「分かったわ。……と言っても、少し難しいかな……」


 確かに飛翔する竜の背で、足を体表から離せばバランスを崩してしまう。

 かといって足を密着させすぎれば、鋭利な竜の鱗で足を切る。

 ワンピースを着ているカルミアは足を護るものを身につけていないのだ。

 となれば……。


「カルミア、俺のブーツを使わないか?」


「えっ、いいの? でもそうしたらレイドの足が危なくない?」


「大丈夫。竜の世話をしている都合上、俺は普段から厚手の長ズボンを履いているし、竜の背は慣れっこだから。ブーツがなくてもなんとでもなるさ」


 俺は素早くブーツを脱いでカルミアに手渡す。

 カルミアは小柄なので俺のブーツは大きすぎるかなと思ったが、ないよりは幾分マシなのは間違いない。


「履けたわ。こっちは大丈夫よ!」


「ルーナ、飛べるか?」


『問題ありません。……では、行きますよ!』


 ルーナは翼を広げ、一気に羽ばたいた。

 同時、ルーナの背が持ち上がり、空気が総身を押すような感覚がした。

 カルミアは俺の背に掴まりつつ「くぅ……!」と声を漏らす。

 初めて竜の背に乗った時、俺も驚きのあまりこんな声を出していたのを思い出した。

 また、ルーナはそのまま上昇していき、それに続いてガラードたちも天へと向かう。

 最後にルーナが空中の一点で羽ばたきながら留まれば、ガラードたちはルーナを囲むようにして、円を組む形で飛翔していた。


「今日は快晴だな。遠くまでの眺めも最高だ、カルミアはどうだい?」


「ど、どうって……⁉」


 上昇は終わったのに、カルミアは両手をこちらの腹に回したまま、何故か顔を俺の背にくっ付けていた。

 それだと景色が見えないぞ、と思っていると、彼女はくぐもった声を発した。


「高すぎるわよ……⁉ 思っていたより高くて目を開けていられないわ……! 私、実は高い場所が苦手だったのかも……!」


 振り向けば、カルミアは小さく目を開けて下を確認してから、すぐに目を閉じて再び顔を俺の背にくっ付けた。

 小刻みに震えている辺りから冗談でもなさそうだった。


『カルミアは高所が苦手なのですか……? レイドやロアナが問題なかったので、カルミアも大丈夫と思っていましたが』


「ルーナ。実は俺たち人間でも、高いところが苦手な人は結構多いんだ」


 するとルーナは『そうだったのですか』と少々驚いていた。

 思えばルーナとまともに交流のある人間は俺だけなので知らなくても無理はない。

 加えて猫精族の皆はロアナを始めとして、魔物から故郷を取り戻そうと考えていたためか、年齢に関係なく結構肝が据わっていて高所程度では恐れもしない。

 なのでルーナがあのような反応を示すのも自然だったし、俺も天界に住まう神族であるカルミアが高所は苦手というのは意外であった。


『カルミア、無理をすることはありませんし一度降りますか?』


 ルーナはそのように気遣うものの、カルミアは「いいえ!」と気丈に答えた。


「せっかく連れてきてもらったんだもの! ここで降りたら逆に申し訳ないわ! それに竜の国で暮らすなら今後も飛ぶかもしれないし、ここで慣れていくわよ……!」


「そこまで無理をしなくても……」


 呟いてみるものの、カルミアは頑張る気でいる様子だ。


『なら行こうぜ。本人……本神? が慣れていくって言うなら付き合うだけだ』


『そうですね。無理は禁物ですが、ひとまず参りましょう!』


 ルーナは大きく翼を広げ、そのまま猫精族の集落の方へと向かった。

 彼女が飛翔速度を抑えているためか、さほど強く風は吹き付けてこない。

 カルミアは薄らと目を開いていたが……次第に目を大きく開き、代わりに俺へとしがみ付く力を強めていく。

 ……あまり強くしがみ付かれると腹が締まるので少し緩めてほしくはあった。


「レ、レイド! 見てる! 私、ちゃんと下を見れているわ……! こうして見ると……結構綺麗な眺めね!」


 やけくそ気味に語るカルミアの声はやはり震えていた。

 ──ついでに俺の腹を締める力はより一層強まっていく……!


「ちょっ、カルミア。少し両腕の力を緩めてくれ……」


 ──腹が締まっていく……! ついでにカルミアの胸が、柔らかな全身が当たって少し悶々とする……!

 しかしカルミアは「えぇっ⁉」と声を荒らげた。


「そんなことしたら落ちちゃうじゃない⁉ だめよ、だめっ! この両腕は何があっても離さないわ……!」


 そう叫びつつより一層体を密着させてくるカルミア。

 彼女の様子に気付いたルーナはちらっと視線をこちらへ向けて一言。


『カルミア、あまり密着しすぎないように。彼は私の相棒ですので』


 妙に低い、ドスが効いているとまでは言わないものの、そこそこ圧力の籠もった声音。

 カルミアは「ひゅっ⁉」と喉から変な声を漏らしていた。


「ル、ルーナまで無茶言わないでよ⁉ 密着させないと落ちるわ。私の体も命もね……!」

 縁起でもないことを叫ぶカルミア。 

 一方、前方を行くガラードといえば。


『カルミア、あれが猫精族の集落だ。上から見ると結構……って。それどころじゃねーか』


 ガラードは半ばため息交じりだった。

 締め上げられつつ密着されて悶々とする俺。

 高所による恐怖から色々と絶叫しているカルミア。

 何故か怒りの視線を向けてくるルーナ。

 この混沌とした状況について、周囲を飛ぶ若手の古竜から呟きが漏れた。


『ええと……なんだこれ』


『レイドさん、意外と苦労しているんだなぁ……』






 ……さて、結局カルミアと行く空の小旅行がどうなったかといえば。


「……」


 カルミアは最後には気絶してしまい、危うくルーナの背から落下しそうになっていた。

 俺が咄嗟に抱き留めたからよかったものの、その際にまたルーナから鋭い視線が飛んできた。

 ……その視線に籠もっていた感情の正体については、そこそこ付き合いのある俺にはある程度理解できていた。

 しかしどうか許してほしい。

 あのままだとカルミアが再び流星となって、今度は猫精族の集落に落下していたかもしれないのだから。

 落下する場所によっては大惨事を引き起こしていたかもしれないし、神族ながら、カルミア自身も無事ではなかったかもしれない。

 俺としてはそのように考えていたのだけれど……。


『カルミアは今後、レイドと一緒には乗せません。乗せるとしても組み合わせはレイド以外の者にしましょう』


 地表に降り立ったルーナは人間の姿となり、少しだけむくれつつそう言った。


『これではアイルの色仕掛けを封じた意味がありません』


「いやいや、そこまでじゃないだろう。不可抗力だったし」


 気絶したカルミアを木陰に寝かせつつ、俺はそのように答えた。

 するとルーナは人間の姿へと変化し、すぐ側まで寄ってきた。

 いつかの温泉の時のように、すっと肩を合わせてくる。


「……ルーナ?」


『最近、少し触れ合いが足りなかった気がしますので。……構いませんよね? テイムされているといった意味でも』


 有無を言わさぬ口調のルーナに、俺は即座に頷いた。

 そのままの姿勢で、ルーナは続ける。

 ただし、その声は少しだけしおらしく聞こえた。


『私は……私は。少しわがままなのです。これまで、竜の姫として手に入らないものはありませんでした。でもあなただけは……どうしても共に在りたかったあなただけは、神竜帝国を出るまで、決して手に入りませんでした。だからこうして共に在る今は、できれば私を一番近くに感じてほしい。カルミアにその気がないのは分かりますが、それでも。……許してくれますか、このわがままを』


 ルーナは互いの顔がぶつかりそうな、柔かな吐息がかかるほどの距離で、じっとこちらを見つめてきた。

 綺麗な瞳は不安や期待に揺れているように見えて、俺は「構わないよ」と口にした。


「何が少しわがままなもんか。そもそもルーナからわがままが出てくることなんて滅多にないじゃないか。それくらいなら全然聞くよ、それが相棒ってものだろう?」


『レイド……ありがとうございます』


 ルーナは柔らかな笑みを浮かべた。

 その笑みに、こちらを映す瞳に吸い込まれそうな気がしていると、下から呻き声らしきものが聞こえてきた。

 視線を向ければ、カルミアが目を開け、起き上がってくるところだった。

 俺とルーナは咄嗟に少し顔を離したが、ルーナは少しだけ顔が赤かった。


「レイドにルーナ……あれっ、私は……?」


『私の背の上で気を失ったのです。レイドがあなたを抱え、ここに寝かせました』


「そっか……ごめんなさい、二人とも。私のやせ我慢に付き合わせちゃったわね。後でガラードたちにも謝らないと……」


 カルミアはそのまま起き上がって、自分の体に付いている葉を払った。

 それから何を思ったのか、俺やルーナの顔を交互に見てから、半ば悪戯めいた笑みとなる。


「もしかして……。私、邪魔しちゃった?」


『やかましいです』


 珍しくぴしゃりと言い放ったルーナに、カルミアは小さく舌を出して「ごめんなさい」と言ったのだった。

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