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65話 神族の少女

 謎の多い神族の少女を連れ、猫精族の集落に戻ってしばらく。

 少女を空いている一室──猫精族の多くが故郷に戻った都合上、集落には空き部屋が多く存在する──のベッドに寝かせ、その傍らでルーナと共に様子を見る。

 ルーナは少女へと手をかざした。

 手元に光が集まっているところを見る限り、魔力を使い少女を調べているようだった。


『これが神族の魔力。これほどまでの魔力を持つ存在が存在するとは……。こうして確認してみても、底知れぬ力を秘めていますね。どうして彼女ほどの存在が気を失っているのか、不思議でなりません』


「同感だ。そもそも神様が空から落ちてくるなんて……」


 神族に関する伝承は世界各地に残り、それらは文字通りの神話とされているものだ。

 神は最初に、地を山と谷に分け、天を高く持ち上げ、水を湧き上げ、最後に人間を含めた多くの種族を創造して天へと戻った……というのが神竜帝国レーザリアに伝わる創造神話のざっくりとした内容だ。

 神竜帝国の子供なら、誰もが眠る前に一度は親から聞かされる……それほどまでに有名な神話でもある。

 また、前にルーナたちと向かったイグル王国では、天の神々はまず世界を寒と暖に分け、分かたれた寒の方がイグル王国の地となり、最初の人間としてイグル王家の祖が創造されたと言われているそうだ。

 各地の神話や伝承に差異はあれど、天上に住まう神々が世界と人間を生み出した、という点に関してはほぼ同じと言っていい。

 それ故、神々は基本、絶大な力を持った創造神として世界各地で崇められているのだ。

 ……そんな神族が気絶した状態で竜の国へと贈り物扱いで降臨、尋常ならざる出来事なのは確かだった。


「この子が降りてきたのも、何かが起こる前兆なのかもしれないな。天地の創造も魔王封印も、神族が絡んでいたから」


『全くですね。両者とも世界の在り方が変貌するほどの出来事であったはずです。……この少女の降臨が、穏やかなものであればよいのですが』


 話すルーナの表情には、少々の影が差し、不安げでもあった。

 ……無理もない。

 魔王や魔族に関する事件が落ち着き、竜の国が平穏を取り戻したと思いきや、いきなり神族が降ってきたのだから。


「ともかくこの子が目覚めたら事情を聞こう。もしかしたら俺でも名前を知っているような有名な神様だったりするのかもしれないし。そもそもなんの神様なのかも気になるから」


 ……と、そのように語ったところ。

 部屋の扉がコンコン、と控えめにノックされた。

 これはロアナかミルフィが来たのだろうかと、俺は椅子から立ち上がって扉を開く。

 すると、そこには。 


「レイド、失礼するぞ」


「アイルか。どうしたんだ」


 食堂を片付けた後、竜脈の儀など知らんと二度寝しに行ったはずのアイルが立っていた。

 流石に寝間着から普段纏っている衣服となっていたものの、その声はどこか小さく、堅い。

 彼女の雰囲気は恐る恐るといったようで、明るく怖いもの知らずである普段のアイルからは考えられない有様だった。

 アイルは俺の横を通り抜けて部屋に入った途端「ひえっ!」と声を裏返らせて戦慄いた。


「レ、レイド……! こやつは何者だっ! 尋常ならざる魔力を感じて来てみれば、まさかまさかだ……っ! この、神竜皇剣にも匹敵する、魔族である妾でさえ澄み切っていると感じてしまうほどの魔力……! まさか神竜の親戚などではあるまいな⁉」


 アイルは魔力に近しい種族である魔族なので、人間以上に魔力の気配には機敏だ。

 だからこそ運び込まれた少女の気配に気付き、ここに現れたのだろう。


「神竜の親戚って喩えはいい線だな。竜王様曰く、この子は神族って話だ。さっき空から降ってきたからここで寝かせているんだよ。ついでにあまり大声出さない方がいいかもしれないぞ? 安眠中の神様を怒らせたら、どうなるか分かったもんじゃない」


 アイルは数度顔を縦に振って黙り込んだ。

 彼女は声を小さくし、再び口を開く。


「本物の神族がこの時代に降臨するとはな……。一体どういう状況だったのだ?」


 そのように尋ねてくるアイルの疑問は至極真っ当だった。

 俺は先ほどの竜脈の儀についてを、そのまま話してみる。

 するとアイルは「神竜の角なぁ……」と唸った。


「かつて、奴の角がへし折れた瞬間は妾もこの目で見ていたが、まさか竜の国にて保管されていたとは。そこの娘が降臨した理由もその角にあると見ていいかもしれん。東洋では類は友を呼ぶと言うそうだが、神の場合も正しくそうだ。古い時代、神をこの世に呼ぶ際は神と縁のある品を触媒として利用していたものだからな。だが……神竜ではなく別の神がやって来たという点についてはやはり不可解でもある」


 アイルは古い時代を生きた魔族らしく、そのように語ってくれた。

 それと古い時代では、神を普通にこの世に呼んだりしていたのか、という突っ込みはもう野暮だろうか。

 ……ミカヅチが神である神竜の力を、魔滅の加護という形で借り、さらに古竜の伝承によればその背に騎乗し、魔王を封じるべく戦った時代であったのだから。

 神族がこの世に降臨していた時代、今更どんな真実が発覚しようともうさほど驚くまい。


「まあ、おおよその状況は分かった。……となれば妾はしばしの間、この集落を離れるとしよう。その娘が目を覚ます前に」


『離れる……? そう言いつつ、まさか竜の国から出て好き勝手にはしませんよね?』


 ルーナが目を細めてじっとアイルを見つめる。

 アイルは以前、竜の国に攻め込んだ挙げ句、一部を焼く事件を起こした張本人でもあるので、ルーナがこのように警戒するのも仕方がないと言えるだろう。

 疑われたアイルは慌てて「何を言うか⁉」と答えた。


「妾はレイドにテイムされ、自由に竜の国から外へは出られない身であるぞ! そこまで疑うでないわ。妾はただ、そこの神から離れたいだけだ。かつて魔族に対し猛威を振るった神竜と同じ、神の一柱……。妾にとってはそれだけでかつての嫌な思い出が蘇るのでな」


 アイルは盛大に顔を顰めていた。

 思えばアイルはミカヅチの魂を見た際も大いに慌てていたし、昔のことは全体的にあまり思い出したくないのかもしれない。


「加えてこんなにも清廉かつ鮮烈な魔力の塊が近くにいては、魔の者である妾はおちおち二度寝もできぬ。安眠妨害もいいところだ」


「アイルにとってはそういう感覚なのか」


 二度寝をするには既に昼近くであるし、やるなら厳密には三度寝である。

 けれど本人がここまで嫌がるなら仕方ないと、そのままアイルを行かせようと思ったものの、

『……! レイド、少女が!』


「なんだって?」


 ルーナの声を受けて振り向けば、少女が瞼を震わせ、小さく目を開いた。

 宝石のように煌めく藤色の瞳でしばらく天上を見つめてから、彼女は上半身を起こす。

 そのまま「ふわあぁ……」と小さな口を開いて欠伸をすると、アイルは「目覚めた、目覚めてしまった、神が……!」と瞠目して固まる。

 少女は眠たげな瞳で周囲を見回してから、こちらを見て一言。


「あの……。ここ、どこ?」


「ええと、古竜の住処である竜の国です」


 少女は目を瞬かせ、小さく首を傾げた。


「竜の国……? あの、古竜って……何?」


「……」


 予想外の返答に言葉が詰まる。

 古竜とは何か……まさか人間とは何か、みたいな哲学的な問いではあるまい。

 順当に考えれば古竜とはどんな種族かという問いかけになるはずだが、全知全能といったイメージのある神族が古竜を知らないとは思わなかった。

 少女は「それと」と畳みかけるようにして話す。


「あなたたちは誰? 私、どうしてここに……あれっ。そもそも……私、誰なの?」


 自分の手を見つめながら、表情に不安を浮かべて聞いてくる神族の少女。

 俺は内心、厄介なことになってきたぞ、と額に手を当てたくなっていた。

 理由も正体も不明の神族の少女は、自分のことさえ分からない記憶喪失であるときた。

 これでは何故竜の国に現れたのかを知ることもできない。

 そう、分からないことだらけであるのだけれど……。


「分かりました。まずは自己紹介から始めましょう。初めまして、俺はレイド・ドライセンと言います。しがない竜の世話係です」


 ひとまず名乗るべきかなと、俺はそのように自己紹介をするのだった。

 想定外の事態にも慌てず対応、神竜帝国での激務で培われた心得はここでも活かされた。

 ……それから目覚めた少女へとことの顛末を説明することしばし。

 少女は「神……神族?」と要領を得ない様子だった。


「つまりは私が神族って凄い存在で、レイドたちはそんな私が現れてびっくりしたと」


「今の状況を平たく言い表せばそれで間違いないです」


 状況を把握させることができたところで、分かった点が一つ。

 ひとまず記憶がないと言っても、意思の疎通には問題なさそうである。

 自身やこの世界に関する知識は──神族どころか古竜や人間という種族の存在も含めて──部分的に抜けている様子であるものの、基本的な言葉や単語の意味まで忘れている様子はなく、何よりだった。


「それとレイド。別にそんなふうに畏まらなくてもいいわよ。私が凄い存在って言われてもピンとこないもの。雰囲気を堅くされると私も色々と聞き辛いから」


「分かりま……うん、分かった。なら俺もこんな感じで話すようにするから」


 少女は「よろしい」と鷹揚に頷く。

 こういう仕草は神様っぽい気配がある。

 次に少女はルーナやアイルの方を見た。


「ええと、二人の名前は……」


『私はルーナと申します。そこにいるのはアイルです。よろしくお願いしますね』


「分かったわ。それとルーナも別に敬語じゃなくても……」


『いいえ、私の場合はこれが素ですから。気にしないでください』


 少女は少しだけ不思議そうにしつつも「ふーん、そうなのね」と言う。


『ちなみにですが、あなたはなんとお呼びすればいいでしょう?』


「なんと呼べば、か……。でも私、名前も分からないし。困ったわね」


 ルーナの問いかけは後で俺が聞こうと思っていた部分でもあったのでありがたかった。

 けれど少女からしてみれば答えるのは非常に難しいのだろう。

 あれこれ頭を悩ませてから、少女はこちらへ振り向いて一言。


「レイド。何か良い名前ない?」


「……はい?」


 予想の斜め上を行く問いに、思わず上擦った声を出してしまった。


「だから名前よ、名前。呼び名がなきゃ不便だもの。記憶が戻るまでの間、竜の国での呼び名は必要でしょう? だから素敵なのをお願い」


「確かに不便だけど……いいのか? 俺が決めても。というかどうして俺に」


「それはだって。私に諸々の事情を丁寧に説明してくれたのがレイドだから。語彙も十分そうだったし、変な名前は付けないかなって。今の私自身だと上手い名前も思いつかないから。ほら、お願いよ」


 少女に代わり、今度はこちらが唸る番になってしまった。

 これは責任重大だなと思いつつ、頭を回転させてみる。

 ただ、ここは一つ、少女と同じ女性であるルーナやアイルの意見も取り入れるべきではないか。

 そのように思いつつ、二人へ目配せしてみるものの。


『……!』


 何故か期待の籠もった視線を送ってくるルーナ。


「……っ!」


 何かを決心した気配を漂わせ、部屋の扉を見つめるアイル。

 まさかこの期に及んで神族の少女から遠ざかるべく、脱出しようと目論んでいるのだろうか。

 ……直後、アイルの視線に気付いたルーナにより、アイルの手首はがっちりと掴まれていた。

 項垂れるアイル、ご愁傷様。


「レイド、どこを見ているの? 真面目にちゃんと考えているわよね?」


「ああ……考えているよ。考えているから少し待ってほしい」


 少女は柔らかな頬を小さく膨らませ、むくれていた。

 これほど可愛くても、竜王やルーナの反応とアイルの話からして、この子は正真正銘の神族だ。

 怒らせればどんなバチが当たるか分かったものではない。

 そうして十秒ほど本気かつ全力で悩んだところで……。


「よし、決まったぞ。君の名前は……。……名前、は……」


「……レイド? どうしたの?」


 ベッドに座りつつ、身長差もある分、下からこちらを覗き込んでくる少女。

 少女は「早く名前を教えてほしい」と顔に書いてあるようだが、こちらはすぐに応じられるような状況ではなかった。

 ……分かったのだ、この子の本当の名前が。

 本気で少女の名前を考えてから、その名を告げようとした瞬間、別の名前が脳裏に浮かび上がってきた。

 そしてこの名前こそがこの子の本当の名であるとも理解した。

 ──これもミカヅチの記憶から来ているものなのか? やっぱりミカヅチはこの子を知っていたのか。

 ミカヅチ個人としての記憶の断片、そこから導かれるようにして思い浮かんだその名を、俺はゆっくりと口にした。


「カルミア。……カルミアだ」


「カルミア、へぇ。いい響きじゃない! 気に入ったわ!」


 少女ことカルミアは明るい笑みとなった。

 ルーナも『良い名前だと思います』と言い、アイルも「そこそこだな」と腕を組む。


『それではカルミア。あなたを竜の国に住む皆へ紹介したく思います。一緒に来てくれますか?』


「勿論! それにこんなに良い天気なんだもの。ずっと部屋の中にいるのは勿体ないわ」


 カルミアは窓の外に広がる蒼穹を見つめてから、ルーナと共に部屋から出ようとする。

 二人をぼんやりと眺めながら、俺はミカヅチについて思考を巡らせる。


 ──ミカヅチ、あの子は何者なんですか。あの夢との繋がりは。竜の国に来た理由は。何より記憶を失っているというのは、何を意味しているのでしょう。


 別段、あの子が現れたこと、それ自体は決して悪くはないと思う。

 カルミアは明るく、きっと悪神ではない。

 寧ろ世界を明るく、花のように彩ってくれる性格の神であると感じられる。

 ……けれど何故だろう。

 あの子が現れたのは何かの始まりであるような、決してこれだけでは終わらないような。

 ミカヅチの記憶が何かを伝えてきているのか、そんな気がしてならなかった。

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