EX レイドと帰郷
渓谷の間から差し込む夕日に目を細めながら、ふぅと一息。
体が鈍らないようにと久しぶりに竜騎士戦闘術の練習をしていたが、なかなかの運動になった。
しかし今の一息は、練習の疲労によるものではなく、ここ数日考えていたものがまとまったことによるものだった。
俺は木陰で丸まって休んでいる古竜の姿のルーナへ近づき、その傍らに座り込んで言った。
「ルーナ。俺さ、久しぶりに神竜帝国に戻ってみようと思うんだ」
『遂にあの皇帝にお礼参りですか?』
全く穏便じゃない発言をかましたルーナに、俺は一瞬固まった。
そんな俺の様子を見てか、ルーナは首を持ち上げて笑った。
『冗談です。しかしなぜ今更、神竜帝国レーザリアへ? 何か必要になったのでしょうか?』
「強いて言うなら、少し懐かしくなったからかな。前は……もう二度と戻れないし、戻らないって思っていたけどな。追放された件とか、魔王の件とか解決して安心したからか、また帰りたくなったんだ。と言っても一目見られれば満足なんだけどな」
俺が生まれ育ったドライセン家の屋敷は、綺麗さっぱり取り壊されているか、はたまた別の誰かが住んでいるのだろう。
それでも一目、懐かしい街並みをまた見たかった。
これが里心というやつなのだろうか。
『ふむ……。あの皇帝の支配下とは言え、神竜帝国はレイドの生まれ育った土地に変わりありませんからね。レイドが一旦戻りたいと言うなら、それも仕方ないでしょう』
ルーナは『ふむふむ』と前脚で顎を撫で、考え込む仕草をする。
『……では出発は明後日でよいですか?』
明日ではなく明後日、と言うところが気になったが、それ以上に気になった点が。
「ルーナも来るのか?」
『当然です。あの皇帝がレイドに何かしようとしたなら、即座に飛んで撤退する必要がありますから。相棒の身は私が守りますので』
そう言い、ルーナは鼻先を俺の胸元へこすりつけてきた。
古竜の姿ながら、愛嬌のある仕草だと思った。
(一緒に来てくれると言うなら、断る理由もないしな)
そんな訳で、俺はルーナと一緒に明後日、神竜帝国へ戻ることになった。
……けれど俺はこの時、知らなかった。
ルーナが『明後日』と言った意味を……。
***
神竜帝国へ戻ると決めていた当日。
俺はルーナの背に乗って、神竜帝国へ向かっていた。
青空の中、ルーナは翼をはためかせて快調に飛ばしてゆく。
しかし妙だと、俺はルーナに声を掛ける。
「ルーナ。そろそろウォーレンス大樹海だろう? 今は雲の上だから地表が見えないけど、そろそろ速度を落としたらどうだ?」
『問題ありません。このまま神竜帝国まで飛ばしますので』
「……んっ? おいおい、いきなり古竜が現れたら神竜帝国の住民も皆びっくりするって。何より俺、あまり目立ちたくもないんだけど……」
あの皇帝が何をしてくるか、分かったもんじゃないし。
『ふふふ……大丈夫です。昨日のうちに準備は済ませておきましたから』
「昨日のうちに?」
『着けば分かりますよ』
なんだ、ルーナは一体昨日何をしていたんだ。
そう言えばルーナは昨日、あまり姿が見えなかったが……。
まあ、ルーナなら下手な真似はしないだろう。
俺は相棒を信じながら、そのまま神竜帝国へと直接向かうことにした。
そうして神竜帝国の中央、俺の実家のある帝国第一区の上空でルーナは滞空する。
雲を通過した時にはもう、懐かしい景色が視界いっぱいに広がっていた。
「神竜帝国、戻ってきたんだな……。ルウおじさんのパン屋も繁盛してるみたいだし、ライトさんの武器屋も相変わらず冒険者が並んでるなぁ」
幼い頃からの知り合いの家や店を上空から眺めつつ、そう独り言ちる。
(言えば今更だけど、街の人は誰もこっちを見てないな)
普通竜が上空に現れたら誰か気づきそうなものだが。
するとルーナが言った。
『昨日、竜の国の若手……ガラードやその友人たちに頼んでおいたのですよ。上空に巨大な透明化の結界を張っておくようにと。だから地上からは私たちの姿は見えませんし、好きなだけ故郷を眺められますよ』
「ルーナ……」
ルーナが『昨日のうちに準備は済ませておきましたから』と言った意味はこういうことだったのか。
久しぶりに故郷に戻るってことで、ルーナたちも気をきかせてくれたらしい。
「ありがとうな、相棒」
『これくらいはやりますよ』
俺はルーナの背を撫でながら、久しぶりの故郷を気が済むまで眺めていた。




