59話 封印されし魔王
『レイド、やりましたね』
「ミカヅチのおかげだ。あの人の力がなかったら、勝ち目なんて万に一つもなかった」
『だが、勝ちは勝ちだ。何よりレイド以外じゃ祖先ミカヅチの力は引き継げなかっただろうし、それもレイドの力の一端だぜ』
ルーナやガラードの労いの言葉を受け、俺は少し照れくさい気持ちでいた。
しかし直後、モノリスの真上に黒い渦のような空間の裂け目が現れた。
……さっき夜刀神を使ったからこそ分かる、あれは異空間への入り口。
恐らくこの先に魔王がおり、ミカヅチが消える前に開いてくれた道なのだろう。
「ここから先は、俺とルーナで行く。皆はここで待っていてくれ」
「ううっ、すまぬ魔王様。レイドの奴を止められぬ妾を許していただきたい……」
アイルは裂け目の前で両手を合わせていた。
同情してやりたい部分はあるが、この機会は逃せない。
魔王さえいなくなれば、その魔力に刺激された魔物の動きは沈静化し、魔王復活を目指す魔族たちも大人しくなるだろう。
……と、そう考えていた時。
「……なるほど、ヴァーゼル様は敗れたのね。ミカヅチと話すから邪魔と言われて待機していたけれど、わたしたちも来るべきだったかしら」
「お前は、シル! それに……そうか、剣魔の六眷属とその配下が勢揃いって訳だ」
目の前には、シルにゴラスをはじめとした剣魔の六眷属たちが集結し、背より翼が生えた特徴からして、他の魔族たちもやってきていた。
いずれもアイル並みかそれ以上の大魔力持ちかつ、外の古竜たちを突破してきた精鋭たち。
消耗している今、この数を正面から衝突するのは避けたかった。
「お前らの主人、ヴァーゼルは封印した。もう戦う理由もないはずだ!」
「それならあるわ。封印された主人に変わり、魔王様を復活させると言う使命が!」
……なぜ奴らが魔王復活にこうも固執するのかは謎だ。
だが魔王さえ復活すれば魔族側としては満足という腹なら、余計に復活させる訳にはいかない。
何よりせっかくヴァーゼルを封印したのに、それ以上の大物が出てこられては今度こそ勝ち目がなくなる。
「……レイド、先に行って」
『ここは俺らに任せろ、ちゃんと抑えておいてやる』
「ミルフィ、ガラード……!」
そうは言っても相手が精鋭魔族六人とその配下が相手では、アイルやメラリアを含めてもあまり長くは保たないだろう。
……そんな折、樹海の木々をなぎ倒し、若手の古竜たちが現れた。
全員鱗の一部は剥がれ、爪にもヒビが入っているが、その瞳は強い闘気に輝いている。
『魔族ども、待ちやがれぇぇぇぇぇぇぇ!!!』
『すまねぇガラードの兄貴! 奴らに突破されちまったが、追いついたぞ!』
「古竜どもが、忌々しい……!!」
古竜たちはそのまま魔族に襲いかかり、その場で大乱戦となった。
ブレスを放出し、木々をへし折って地形を変えながら、古竜らしい力強さと身体能力で強引に敵を押し込んでゆく。
眷属六体とその配下に対して、こちらには若手の古竜十体とガラードたち。
戦力差は拮抗している、これなら時間も稼げそうだ。
「すまない皆、すぐに戻る! ルーナ!」
『行きましょう、すぐに加勢に戻るためにも!』
俺はルーナに飛び乗り、そのまま裂け目へ突入した。
異空間内は暗雲が渦巻いており、上下左右の感覚すら怪しくなりそうだった。
それでもルーナは方向感覚を失わず、一直線に飛んだ先……そこに魔王はいた。
一目でそれが魔王と分かるほど、その外見は衝撃的だった。
大山ほどの巨躯に、逆棘だらけの漆黒の総身と四本の腕が、極大の封印術の鎖で繋がれている。
けれどその鎖はひび割れており、封印がもう保たないと示している。
魔王は額からせり出た巨大な一つ目でこちらを睥睨し、乱杭歯を覗かせて唸った。
「……貴様、その血の匂いはミカヅチの末裔。このオレを滅しにきたのか、人間が」
竜にも似た咆哮を上げ、こちらを威嚇する魔王。
大気が振動し、鼓膜が体内の魔力ごと揺らされそうだった。
しかし所詮はハッタリだ、ミカヅチの封印は機能している。
「脅しは無駄だ。その状態じゃ何もできないだろ、封印術を扱う俺には分かるぞ!」
俺は神竜皇剣リ・エデンを、突きの姿勢で構えた。
すると魔王は一つ目を大きく見開き、もがいて鎖を鳴らす。
「貴様、正気か。無限に尽きぬ魔力源たるこのオレを、真の意味で滅するか。オレの力があれば、魔導の深淵を覗くことも、世界の真理を書き換えることも、永遠の生命も己が身に宿せるのだぞ! ……ふむ、では貴様もヴァーゼルのように魔族としてくれよう。さすれば永遠の生をもって、ありとあらゆる望みを叶えられようぞ」
「此の期に及んで命乞いか? 悪いな、魔王さんよ」
俺はすっと息を吸い、喉奥から声を張り上げた。
「俺はしがない竜の世話係。竜の国でのんびり暮らせれば、それ以上は望まない!!」
魔王に向かい突っ込むルーナの背の上で、リ・エデンを魔王の胸部に突き入れた。
そこは奴より感じる魔力が最も濃密な場所、即ち、急所だ。
「ぐ、おおおおおおおお!!!!! ヴァ、ヴァーゼル! 何を、何をしておるか……! 速やかにオレを、解放せよヴァーゼルゥゥゥゥゥゥゥ!!!」
滅された右腕の名を叫びながら、魔王の体が粉々に爆ぜてゆく。
リ・エデンから発する陽光のような光、魔滅の祝福が機能し、奴の体を粉々に砕いていった。
太陽が爆ぜるかのごとき閃光と衝撃。
それと同時、魔王を封印するための異空間も役目を終え──
「──っ!?」
俺とルーナは元いたモノリスの前に戻されていた。
空が青い。
あの空間は、魔王と一緒に消えたのか。
見れば目の前には、ガラードたちの姿があり、やはり元の空間に戻ってきたのだと悟る。
皆ボロボロだったが、どうにか立っている有様であった。
「ガラード、魔族たちは?」
『さてな。レイドが戻ってくる直前、悲鳴をあげて砕け散った。大方、親玉の魔王が消えて、連鎖的に消滅したんじゃないのか?』
「その割には、妾は生きているがの……死に損なったわ」
アイルはやれやれ、と肩をすくめた。
……後から調べて知った話だが、魔王消滅と同時に砕けたのは、どうやら「純粋な魔族」のみであったという。
つまりは「魔王に心の底からの忠誠を誓った者」のみが魔王と共にリ・エデンの超常の権能……魔滅の加護で連鎖的に葬られたのだ。
魔王の魔力は全魔族に通じており、つまり魔族は魔王による魔力供給で圧倒的な力を得ていた存在だった。
魔族が魔王を封印から解き放ちたかった理由はそこにあり、魔滅の加護が連鎖的に効果を発揮した理由も、魔王と魔族の魔力的繋がりにあったのだという。
しかしながら、アイルはどうやら俺たちとの長い生活の中で
「仮に自由になったとして、この者たちを滅していいものか」
「中々愉快な連中だが」
「……意外と、居心地も悪くないの」
と、少しの疑問や安らぎを抱くようになっていたのだとか。
そんな思いがあり、結局魔王側にも俺たち側にも付きづらい中途半端な心持ちとなり……最終的には魔滅の加護の適用外となり助かったと、そういう話であった。
「何はともあれ、全員無事に終わってよかったよ」
『竜の国に大手を振って帰れるというものです』
ルーナは人間の姿となり、ふふっと微笑んでくれた。
その微笑みがある意味、勝利の女神にも思えて、俺は彼女に「ありがとうな」と返した。
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