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神竜帝国のドラゴンテイマー  作者: 八茶橋らっく
4章 皇竜騎士と剣魔の魔族
58/93

58話 剣魔ヴァーゼル

 ヒビの入ったモノリスは、そのまま破壊が全身に行き渡り、ガラリと崩壊してゆく。


  ──モノリスが砕かれ……いや、斬られたのか? 超硬度の魔石を一瞬で?


 何事かと見れば、目の前に現れていたのは、漆黒の鎧に身を包んだ騎士だった。

 美青年と言って差し支えない顔つきだが、どことなく乾いた雰囲気を漂わせる。

 何より凛々しさよりも禍々しさの優先される印象を受け、視線の先のこちらを射殺すほどの圧力を放っていた。

 赫々の眼光を放つ騎士に、ミカヅチは声を荒らげた。


【貴様、ヴァーゼル!? なぜここに入り込めた! 外にいる古竜たちは……チッ、引き連れてきた魔物と、剣魔の六眷属が足止めしておるのか!】


「久しいな、ミカヅチ。我もただ、数百年という年月を怠惰に生きた訳ではない。単身ならば到達も可能なり」


「こいつが、ヴァーゼル……!」


 そこに在るだけで周りのものを畏怖させるほどの闘気と魔力。

 アイルには悪いが、同じ魔王軍四天王でもあまりに次元が違う。

 感じる魔力の濃さも、数倍とかそういうレベルではない。


「よもや異空間に魔王様が封印されていようとは。見つからぬ訳だ、なあミカヅチ」


【レイド、気をつけるがいい。こいつは元人間にして、俺と共に神竜帝国式の剣技や拳術を生み出しし益荒男よ!】


「神竜帝国式の、開祖……!!」


 それで眷属たちも神竜帝国式の技を扱えたのかと、ようやく合点がいった。


「惚けた面構えだ、貴様がミカヅチの末裔とはな」


 言うや否や、ヴァーゼルは鞘を掴み、剣の柄に手をかけた。


「神竜帝国式・竜騎士戦剣術──竜爪速降リュウソウソクコウ!」


 ヴァーゼルが繰り出したのは、上空から狙いを定めた飛竜が地上へ急降下するかのような、高速の振り下ろし。

 空を裂く轟音が迫り、たまらず俺も戦闘術を繰り出した。


「神竜帝国式・竜騎士戦闘術──竜翼輪舞リュウヨクリンブ!」


 大きな翼を描くような回し蹴りで剣の柄を狙い、ヴァーゼルを迎撃する。

 しかし膂力では圧倒的にあちら側が上、さらに刃に触れていないのに体の各所が切り裂かれた。


「くっ……!! 受け止めたはずなのに!?」


【ほとばしる魔力に斬られたか。奴の剣、魔族の力に侵されているがあれも【聖剣】ゆえに。……神竜皇剣リ・エデンと対になるよう作られし、元魔族殺しの剣──神竜帝剣リ・シャングリラ!】


「いくら【聖剣】でも、魔力で斬るなんてデタラメだ……!!」


 魔力はいわば、霧のように漂う生命エネルギーのようなもの。

 詠唱により魔術ごとの魔法陣を展開し、それを通すことで、初めて魔術という形で魔力はこの世に影響を及ぼす。

 ……そのはずが、奴は剣を振っただけで擬似的な攻撃魔術のように魔力を扱った。

 これがデタラメ以外の何者であるのか。


「……ふんっ!」


 ヴァーゼルが剣を振り切った途端、こちらは踏ん張りきれず遠方まで吹っ飛ばされた。

 大樹の幹に背をぶつけて静止したが、肺の中の空気を絞り出されるほどの衝撃が全身を襲った。


 ──まずい。テイマーと剣士の力量差どころじゃない。人間と魔族、生き物としての力が根本から違う……!


 ヴァーゼルはゆらりとこちらへ迫り来る。


「魔王様復活の前座にちょうどよい。ミカヅチの前でお前を屠り、その血、魔王様に捧げようぞ」


「お前、どうして人間から魔族になった! 神竜帝国式の技を編み出したほどの武人が!」


「知れたこと。魔族とならなかったお前の先祖は死んで魂のみ。逆に我は悠久の時を生き、武に磨きをかけた。要は武への意識の高さよ。そしてあの方は、魔王様は我の望みをこの通りに叶えてくれた。武を磨き続け、境地に行き着く望みを!」


『戦闘狂という訳ですか……! レイドに再接近はさせません!』


『姫様、合わせるぜぇ!』


 後方で構えていたルーナとガラードのブレスがヴァーゼルへと放たれる。

 古竜二体分のブレスを受ければ、どんなものでも原型を留めてはいられないのが道理。

 それをヴァーゼルは真正面から迎え撃った。


竜爪旋磨リュウソウセンマ!」


 剣を独特の緩急をつけて振り、竜の爪の形のように滑らかな受け流しをヴァーゼルはこなす。

 ルーナとガラードのブレスは剣一本によって逸らされ、ヴァーゼルの背後へと流れた。

 樹海の一角が消し飛ぶが、奴は無傷で立っている。


『マジかよ!? 俺らのブレスを……!』


「忌々しい古竜どもめ。やはり貴様らも滅ぼすべきだったか、我自ら出向いてな」


『くっ……!』


「ルーナ!」


 ルーナへ突っ込もうとしたヴァーゼルへ、俺は突進して割って入る。

 正直、こいつは想像以上の難敵だ。

 ブレスを逸らす筋力と剣技でルーナの懐に入り込まれたら、一瞬で彼女の胴が割られてしまう。

 古竜をも容易に上回る怪物、これが剣魔ヴァーゼルか。


 ──それなら十八番の封印術で動きを止める! 奴の魔力斬撃も、封印術で魔力を封じてしまえば!


「封印術・縛鎖!」


「ミカヅチと同じ技を使うか、小賢しい!」


 展開した魔法陣より数本の鎖が飛び出すが、ヴァーゼルに全て斬り捨てられる。

 その隙に、俺はアイルに指示を飛ばしていた。


「アイル、燃やせっ!」


「ヴァ、ヴァーゼル! 勘違いするでないぞ。テイムされてるから妾の体が勝手にぃ!?」


 アイルの放った爆炎がヴァーゼルに迫り、その体を燃やしにかかる。

 広範囲の爆炎は逃げ場を与えず、ヴァーゼルを飲み込んだ。

 だが奴は剣の一振りでそれを消火し、こともなげに立っている。


「ああ、勘違いはせぬ。貴様はミカヅチの末裔の軍門に下りし反逆者。この場で斬る」


「分かっておらんではないかーっ!?」


 まさかアイルの炎まであっさりいなすとは、最早防戦一方だ。

 そんな折、メラリアが剣を投げ寄越してくる。


「レイド殿、守護剣を!」


「リ・エデン……!」


 俺が皇竜騎士ミカヅチの末裔だからだろうか、この剣の力は今なら完全に解き放てると確証めいた直感がある。

 しかし俺は神竜帝国式の剣技は使えない、あくまで格闘術だけだ。

 聖剣の格が同じなら、問題になるのは使用者の力量。


 ──やれるのか、俺に。今まで多くの種族を駆逐し、数百年も鍛え上げた、あの化け物を倒せるのか。


 考え続ける俺の不安を悟ったのか、ミカヅチはこちらまでやってきた。


【こうなれば致し方ない。この場で俺の記憶と経験を、魔力と共に譲り渡そう。しかしその力、保って数分のもの。さらに俺は反動で消え去り、これ以上の助言は不可能となろう。……だが、やるのだレイド。明日のため、お前が奴を斬る他ない。その曇った心、今一度正してみせよ】


 ミカヅチの力強い言葉と、凪のように揺るがない視線に射られる。

 俺はそれを受け、一つ深呼吸をし、心の内の雑念を消して透明にする。


 ……今までは先祖のルーツとか仲間の種族や一族の存亡とか、現実味がないほどに大きな話ばかりだった。

 まるで大きな雲を相手にして、掴み所がない気さえしていた。

 けれど……そう、今は違う。

 全ての元凶である相手が目の前に、現実に現れている、決して掴めない相手ではなくなっている。

 何より俺たちを狙い、奴は鋭く殺気を放っている。


 ──それなら、小難しい理由も壮大なお題目も、もう必要なかったんだ。


「奴が俺たちを殺しにくるなら。俺たちは生きるために奴を倒す」


 ──あの化け物を倒す理由なんて、ただそれだけで十分だった。


 雑念さえ消えれば心は落ち着き、後は恐れもなかった。


「……あいつを倒す道理は単純明快。ミカヅチ、力を借り受けます!」


【消えたな、曇りが。では参るぞ、我が最後の末裔よ!】


 ミカヅチは燐光を俺に纏わせ、知識と経験、それに魔力を流入させてきた。

 同時にミカヅチの霊体は、俺の体に入るように消滅していく。

 一瞬か、はたまた数秒か。

 ともかく瞬きの間に力の受け渡しは終了し、俺は数分間という条件付きで、ミカヅチの多くを引き継ぐことに成功していた。

 ……しかし最初に分かったのは、ミカヅチの生前の肉体はヴァーゼルに劣らないほど化け物じみていて、今の俺ではその技全ての再現は不可能という点。


「だとしても、張り合えはする。ルーナと一緒なら、あるいはもっと……!」


 俺は神竜皇剣リ・エデンを引き抜き、陽光のように輝く剣身をもってヴァーゼルと相対する。

 横に飛んできたルーナに乗ると、ヴァーゼルは忌々しげに唸った。


皇竜騎士インペリアルドラグーンの再来……否。復活か!」


「ルーナ……相棒。悪いが最後まで付き合ってくれ。俺たちの意地を、奴に見せつけてやる!」


『御意!』


 ルーナは飛翔し、ヴァーゼルへと突っ込む。

「ヴァーゼルを撃破する」という明確な目標のもと、ルーナと魔力と心が通い結びつくのがスキルを通して伝わってくる。

 テイマーはテイムした対象と目的を一つにすることで、互いに魔力を循環させ、より身体能力を向上させることが可能となる。

 それによって今、ルーナに乗っているこの瞬間のみは、俺は実質的にあのヴァーゼルにも劣らぬ力を保持することに成功していた。

 さらにミカヅチの記憶と共に、彼が扱っていた封印術の情報も把握できた。

 ミカヅチが使い、魔王すら封じた封印術、それは確かに俺も継承している封印奥義の一つだったのだ。

 そのまま神竜皇剣リ・エデンの莫大な魔力を起点として消費し、魔術詠唱を開始する。


皇竜騎士インペリアルドラグーンが押し通る! 封印術・奥義──夜刀神ヤトノカミ!」


「その技、ミカヅチのものと相違なし。受けて立つ! 神竜帝国式・竜騎士戦剣術──鱗光月破リンコウゲッパ!!」


 ヴァーゼルが一振りで放ったのは魔力による、舞い散る鱗のような高速斬撃の嵐。

 それは掠めただけでも体を千切りにされるだろう絶技、一人では奴に接近すらできまい。

 ……だが二人なら、相棒がいれば乗り切れる!


『レイドには指一本、いいえ、剣先すら触れさせはしません!』


 口元に高密度魔力を収束し、ルーナは稲光と共に極大のブレスを正面に放った。

 ルーナの放った渾身のブレスは、ヴァーゼルの斬撃の軌道を全て逸らし、砕いてゆく。

 さらに掠めかけた斬撃の軌道を全て読み切り、ルーナは翼をはためかせて天地を逆さにするように体を反転。

 銀の鱗に身を包んだ竜姫は、遂に剣魔の斬撃嵐を抜け切った。


「小童が。数百、千に届く我が剣戟を……!!」


「たとえ万でも、今の俺たちには届かない。侮ったな、ヴァーゼル!」


 俺はすれ違いざま、ルーナの背の上からヴァーゼルを……否、ヴァーゼルのいる空間をリ・エデンで叩き斬った。


 ──封印奥義、夜刀神、起動。


 その途端、空間そのものから漆黒の鎖が生え、ヴァーゼルの両足と左腕、さらに胴の各所に絡みついて異空間へと引きずり込んでゆく。

 これが魔王を「異空間に封印した」という言葉の意味そのものか。


「馬鹿な……馬鹿な馬鹿な馬鹿な!? あれほど、あれほどの鍛錬を積み、古竜に勝る力を得た我が! 敗れるのか、まだお前に届かぬのか……ミカヅチィィィィィィ!!!」


 その叫びを、咆哮を耳にして悟った。

 ヴァーゼルはただ、ミカヅチに勝ちたかったのだ。

 ミカヅチの記憶と経験を引き継いだ今なら分かる。

 確かにヴァーゼルは人間時代、ミカヅチの剣技には遠く及ばなかった。

 彼は神竜帝国の皇帝を守る騎士であったが、魔王討伐を志した東洋からの流れ者であるミカヅチには、一切敵わなかった。

 神竜帝国最強の騎士とまで謳われたヴァーゼルは、その事実に酷く打ちのめされた。


 だからヴァーゼルは逆にミカヅチに協力し、共に対魔王用として神竜帝国式の各技を生み出しつつ、同じ場所で切磋琢磨することで追いつこうとした。

 神竜帝国式の技名が東洋の響きを持つのは、要はそういうことだったのだ。

 ……けれどそれでも追いつけず、最後は魔王の甘言に従い、剣魔の魔族と化して力と寿命を得る他なかった。

 そうしなければ、ヴァーゼルのプライドが許さなかったのだろう……だとしても。


 ただ目の前に在るこの現状が、何よりも雄弁に全てを物語る。


「まだまだ修行不足だったな、ヴァーゼル!」


「その言葉を! ミカヅチと同じ顔で、同じように言うな、レイドッ! いくら我が魔族と化した背信の騎士であろうとも! いかに貴様らが陽の光を浴び、正しくあろうとも! ああそうかと認める訳には、このまま終われはせんのだぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


 勝負はついたにも関わらず、ヴァーゼルは意地汚く封印術に抵抗していた。

 ミカヅチの記憶にある、高潔な騎士の面影はどこにもない。

 だからこそ、終わりにしてやろう。

 あの世へ向かったミカヅチだって、こんな親友の姿はもう見たくないだろうから。


「背信も、陽の光だって関係ない。ただ俺たちは、お前を倒す。……生きるために!」


「若造が減らず口を、知ったような口を……!」


「神竜帝国式・竜騎士戦闘術──穿竜堅醒センリュウケンセイ!!!」


 俺はルーナから飛び降り、アイルに放ったものと同じ拳技でヴァーセルを封印の異空間へと押し込まんとする。

 独特の構えより、右拳をねじり込むようにして叩き込んだ。

 そうして拳をねじ込んだヴァーゼルの鎧が大きく陥没し、衝撃で退き異空間へ飲まれてゆく。

 それによって奴は最早、首より上しかこちらの世界に残っていなかった。


「悔い改めるんだな、ヴァーゼル。いつかあの世で、殺めた水精霊や猫霊族、それにミカヅチたち俺の先祖に詫びてこい!」


「レイドォォォォォォォ!!!!!」


 ヴァーゼルはその雄叫びを最後に、封印術によって生み出された異空間へと完全に引き摺り込まれた。

 同時に緊張から解放され、体中の力が抜け、大きく息を吐いた。


「奥義、夜刀神……」


 あれは「闇のドラゴンを抑えるためのもの」と父から聞いていたが、極めれば空間ごと対象を封印する大技だったのか。

 ミカヅチの記憶を覗けば、他の封印奥義も極めれば空間を利用して封印する技であることが分かる。


「全く、本当にとんでもないご先祖さまだ……。俺もまだまだ修行不足、か」


 時間切れにより、ミカヅチの経験と力が体から離れてゆく。

 ミカヅチの多くを引き継がなければ、百度戦っても百度敗れていた、それほどまでにヴァーゼルは恐ろしい相手だった。

 それでも時間切れ前にヴァーゼルを倒しきれたと、俺は天に昇ったであろうミカヅチの御霊に心の中で語りかけた。


【全く、大した若人よ】


 最後に笑うミカヅチが、そんなふうに呟いた気がした。


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