57話 皇竜騎士のミカヅチ
周囲を警戒しつつ、樹海の奥へと踏み入っていく。
樹海に生息するハイコボルトやオーガのような大型の魔物ですら、古竜であるルーナやガラードを警戒してか、現れる気配はない。
とはいえ薄暗い樹海の中は、皆と一緒とはいえやはり気味が悪かった。
『レイド。どちらへ向かっているのですか?』
「俺がよく修行で使っていた場所だよ。少し開けた土地でさ。その場所は、樹海の中でも魔物が全く寄り付かない」
修行中は樹海の中を歩き回って魔物を狩り倒し、休憩する際や鍛錬を行う時はその場所をよく使っていたものだ。
「それに俺が使ってた神竜帝国式・竜騎士戦闘術ってあるだろ? あれもその場所でこっそり鍛錬を積んでものにしたんだ」
「どうしてレイド殿は、わざわざこんな樹海の奥で修行を? 空竜たちの世話をする傍ら、堂々と修行をすればよかったではありませんか」
不思議そうに首を傾げたメラリアに、俺は苦笑した。
「それがな。昔仕事の後、竜舎近くで一度やったらとある貴族達に『仕事を放っていいご身分だな、えぇ?』って詰め寄られてさ。仕事をサボってるもんだと勘違いされたから、それ以降はおおっぴらに修行もできなくって」
「レイド殿も大変だったのですな……」
メラリアは大きく肩を落とす。
すると彼女が背負っている神竜皇剣リ・エデンがカチャリと鳴った。
一応魔族と会敵する可能性も考慮して、メラリアが猫精族の長に申し出て、持ち出してきたのだ。
しかもアイル曰く「皇竜騎士の末裔であるレイドなら使いこなせる。血筋の力だな」と言っていたのも後押しになったのだが……。
「そういえばその剣、泉から取り出してしばらくしたら大分魔力が落ち着いたな」
「聖剣も魔剣も、大抵は有事以外、魔力の消耗を控えるために眠るもの故に。……まあ、有事の際にその力を引き出せるか否かは使用者の技量と、剣に認められるかが重要だが」
アイルは忌々しげにリ・エデンを眺めながらぼやいた。
これから封印中の魔王の側まで行こうと言うのに、魔王を追い詰めた聖剣を持っていくのがよほど気に食わないと見える。
そうやって雑談を交えながら、目印の岩や傷ついた大樹の付近を曲がりつつ移動するうち、目的地に到着した。
目の前に現れた修行場は、中央に泉があり、小さな公園のようにも見える。
さらに樹海内では日当たりのよい青空を仰げる貴重な場所でもあり、まるで鬱蒼とした樹海を抜けたかのような錯覚を一瞬覚えさせてくる。
『ほほう、結構広いな。樹海にこんな解放空間あったのかよ』
感心したようにガラードは言った。
「ひとまず封印を探して樹海をうろつくなら、ここを拠点にしよう。魔物に出くわさずに休める場所は必要だ」
『……レイド、あの魔石はなんですか?』
ルーナが見つめる先にあるのは、泉の中央にある、空色の魔石でできたモノリスだ。
「あれはこの修行場を守る結界の起点だ。あのモノリスのお陰でここに魔物は近寄らない。代々のドラゴンテイマーが守ってきた、大切なものなんだ」
結界、それは魔力による障壁である。
術式によって阻む対象を固定できるが、この場所を包む結界は魔物に対して強い力を発揮している。
……とは言え例外もあるのか、俺が一緒だからか、ルーナたち古竜はすんなりこの場所に入り込めていた。
俺は膝まで泉の中へ入り、淡い燐光を放つモノリスへ近寄る。
たまには拭ってやろうかとハンカチを取り出してモノリスに触れると、何やらモノリスが点滅を始めた。
『独特な符丁の点滅ですね。どんな意味が?』
「いや、こんな光り方したの初めてだぞ……?」
思わず首を傾げると、背後のメラリアが「きゃっ」と小さく声をあげた。
「どうした?」
「レイド殿、守護剣が……!」
モノリスの点滅に呼応するように、守護剣が輝きを放っている。
何が起こっているのかと身構えると、触れているモノリスから声がした。
【ほう。リ・エデンを持ち現れたということは、時が来たか】
「誰だ……?」
聞き返せば、モノリスから浮かび上がった燐光が人の形を成してゆく。
夜色の髪とは対照的な灼熱色の瞳に目を惹かれる、凛々しい出で立ちの、東洋風のキモノをまとった男。
その男の顔立ちはどことなく、父や自分に似ている気がした。
ともかくそんな男がモノリスの上に、浮かぶようにして現れていた。
【俺の名はミカヅチ。その昔、皇竜騎士と呼ばれた者なり。今は魂のみとなりて、このモノリスを通して現世を眺める者よ】
「い、い、い……皇竜騎士!? 嘘だろう貴様、魂だけで現世に残っていたのか!?」
モノリスから現れた男を見て、誰よりも先にアイルが騒ぎ出した。
彼を指して戦慄いている。
そんなアイルを見つめ、ミカヅチと名乗った男は苦笑した。
【久しいなアイル。お前は永く封印されていたようで、出で立ちが昔と変わらぬ】
「封印中に変わってたまるかっ! というか貴様、今更何用だ!? まさか時を超え、妾を辱しめに……!?」
【お前の妄想癖は相変わらずか】
くっくっと肩を震わせて笑うミカヅチ。
けれどその輪郭が一瞬、大きくぶれて半透明になった。
やはりアイルの言う通りに、この人は魂のみの幽霊らしい。
【……いかんな、あまり時間がない。簡潔に話を進める必要がありそうだ】
「皇竜騎士ミカヅチ、あなたにお聞きしたいことがあります。俺はレイド、神竜帝国でドラゴンテイマーをやっていました。……あなたは、俺のご先祖様なんですか?」
相手が幽霊でも構うものかと問いかけると、ミカヅチはいかにも、と頷いた。
【伝承がヴァーゼルの奴によって途切れていたのは、お前の何代か前の御霊に聞いたので把握している。レイド、お前がそう尋ねてくるのも無理はない。だから今、全てを語る。心して聞くがよい、相棒の古竜もだ】
俺やルーナが顔を見合わせ頷くと、ミカヅチは語り出した。
【まず我ら一族は古来より、魔王を滅することを信条としていた。理由は一つ、あの魔王は人間と魔族の混血で、我が一族の遠い血縁にあたるからだ。一族の恥は一族で滅する、そのつもりであったのだが……。知っての通り、俺は結局、仕事をし損ねた。奴を封印するのが精一杯だった】
「ではどうして一族は、神竜帝国のドラゴンテイマーに?」
【単純な話、我らが元々竜使いの一族であったからだ。……俺の死後、ヴァーゼルによって一族の血が絶えかけた直前、偶然にも竜使いとしての腕を神竜帝国に買われた者がいた。その者は若くして神竜帝国に移り住んだゆえに、一族の使命には無関心であったが魔族共の襲撃からは逃れた。それが功を奏し、我が血族は神竜帝国に使えるドラゴンテイマーという形で後世に残ったのだ】
「そんなことが……」
【まあ、これも運命というものであろうか。ともかく一族はその後、ドラゴンテイマーとなり生き延びた。さらに神竜帝国に移り住んだその者は、一族が大切にしていたこの泉だけは忘れなかった。よって代々、この重要な泉に一族を通わせるに至ったのだ。様子見も兼ねてな】
「つまりこの泉、単なる修行場ではなかったと?」
モノリスからミカヅチの魂が出た時点で単なる修行場では片付かないが、それでも聞き返さずにはいられなかった。
彼は然り、と返事をした。
【この泉は魔王を封じる異空間に最も近いのだ。このモノリスは結界を作り、子孫に我が意思を伝える架け橋にして、封印空間への入り口よ】
「……異空間?」
【驚いたか、無理もなし。だが俺が異空間に封印した魔王と対面するには、この泉を通る必要がある。よってこの泉は魔王を滅する一族の使命の要。……もっと言えばこの泉以外、この樹海全体にも一種の結界を張ってあってな。道を知る一族の者以外が泉には寄れぬよう、迷いの効果を仕込んである】
「つまり実質的に、一族以外の者は封印中の魔王に近寄ることも不可能と」
そうか、それで魔王軍の四天王でさえ封印中の魔王を発見できなかった訳だ。
横にいるアイルをちらりと眺めれば、ぽかんと口を開けている。
【しかし魔王封印に関する情報は、一族がヴァーゼルに襲われたことで失伝したはずだった。なのにレイドよ。お前は魔王を滅する聖剣、神竜皇剣リ・エデンと共にここまでたどり着いた。まさに運命よな】
そう言った刹那、ミカヅチの体がまた揺らいだ。
魂だけで現れるのも、もう限界が近いのか。
「最後にひとつ。俺は封印が解けかかっている魔王をどうすれば? また封印するのか、もしくは倒しきる方法があるのか」
【レイドよ、その神竜皇剣を使い魔王を滅せ。俺が存命していた当時、その剣に蓄えてあった魔力は四天王共の相手で尽き、魔王は俺の全魔力と引き換えに封じるのが精一杯だった。だが今やその剣は永い年月を経て魔力を回復し、魔滅の祝福も内蔵魔力を消費すれば十分機能するはず】
リ・エデンの魔滅の祝福については、猫精族の泉から回収した際アイルから聞いている。
魔族を滅するべく竜神から贈られた祝福で、魔力を代償にして魔族の力を粉微塵に砕く、魔族殺しの権能であると。
【何より我が封印が弱まっている今、魔王は復活する好機だが、逆に封印越しに近寄り滅する好機でもある。……どうだ、やってくれるか?】
ミカヅチの言葉に、俺は首肯を返した。
魔王さえいなくなれば、その魔力に当てられた魔物が各地で暴れ回ることもなく、竜の国一帯も穏やかになる。
そして俺やミルフィ、メラリアの一族を狙ったヴァーゼルの目論見が魔王復活にあるなら、その狙いを挫くこともできる。
「魔王を倒せば、ゴタゴタした問題にもある程度はカタがつきますから。正直、今すぐにでもケリをつけて安心したいくらいですよ」
「……ほう。どうして中々、威勢がいい」
その声が聞こえた次の瞬間、上空から何かが、俺とモノリスの間に割り込んできた。
さらにパリン! とモノリスにヒビが入り、結界が消失したのを肌で感じた。
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