橋本美咲4
全身が硬直した。ショック死はこうして起きてしまうのだろう。恐る恐る後ろを振り返る。
「私の試合見て叫んでたの君でしょ?」
よく通る声をしている。ゆるふわ茶髪パーマの子が真後ろに立っていた。
「そそそ、そうですが。すみません、邪魔しちゃいましたか?」
恐れ慄きながら答えた。俺はこれから拉致監禁されて殺されてしまうのだろう。
「ふふ、2階からでも聞こえるほど大きい声出てたのに、今はずいぶん小心者って感じね」
優しい笑顔をしている。なんとか死は免れることができそうだ。
そんなに大声だったのか。2階のギャラリー席だけで収まっていたと思いきや、思い出して尚更恥ずかしくなってきた。
「こんな至近距離で怒鳴られたもので、驚いてしまいまして」
そして真後ろに居たことに全然気付かなかったことに。
「ごめんごめん、そんなつもりじゃなかったのに。私の声、大きいとはよく言われるけど。別に普通に話してるつもりなんだけどね」
しかし意外である。試合が終わってそそくさと退散していた鬼はこんな現代風の可愛らしい子だったとは。もっと大和撫子的な純日本人なのかと勝手に思っていた。
「というか試合って、華麗な面を決めてた試合ですよね!?」
「そうでございます。見てくれてたみたいで、ありがとう。やっぱり観客がいるっていつもより達成感があるものね」
竹刀を持つように両手を構える。
「ホントすごいと思いましたよ。人ってあんなに早く動けるんだな、って」
才能だなんだに嫉妬していた自分が恥ずかしかった。実際、感動した。
「あ、あぁぁ。」
彼女は恍惚とした表情をしている。
「本当に!? 私ってスゴい!?」
さらに声が大きくなっている。
「すごいと思いましたよ。本当に。なんでですか?」
「い、いや、なんでもないの。なんだかもっとやる気出して頑張れると思ってさ」
なんとなく気まずそうな、引きつった表情をしていた。
まずい、何か鬼にNGワードを放ってしまったのだろうかと戦慄した。
「そうだ、私は橋本美咲ちゃん。剣道歴半年の初心者です。ほぼ毎日ここで練習してるから、暇なときは応援しにきてね!」
鬼の名は美咲ちゃん。結月ちゃんから聞いていた話からもっとヤバい人物なのかと思っていたが、とても快活な今時の女子大生って感じである。
鬼なんて変な噂が広まって彼女も災難だな。
「あっ、俺は日比谷悠真です。ただの帰宅部なんで、たまには応援しにきますよ!」
「いやいや、たまにはじゃなくて毎日来てよね!」
「わ、分かりました。来ます!なるべく来れるようにします!」
「約束だかんね!悠真くん!」
なんだかむずがゆい気持ちになった。