橋本美咲3
ちらほら下校する雰囲気の学生とすれ違う。皆楽しげな顔をしながら、これからどこへ向かうのだろうか。
「ちょっ、ちょっと! 早いよ!」
結月ちゃんの歩みは早かった。とにかく鬼の剣道部をいち早く俺に見せたいらしい。校内を脇見も振らずに進んでゆく。
「悠真くん。人生はあっという間よ。ぼやっとしていると時間は残酷に過ぎ去っていってしまうのよ!」
しかし度を超えたせっかちである。多分そこまで武道場に到着するまでの時間は変わらない。
「わ、分かった、分かりました! そうだよね。鬼が活躍してるところ見逃しちゃうかもしれないですもんね」
結月ちゃんに好かれたいという一心で合わせている。が、なんだか疲れるものである。
というよりもっと結月ちゃんと2人の時間をゆっくりと過ごしたいのである。
そして周囲から女にリードされている男に思われているんじゃないかと情けなくなっている。
武道場に近づくにつれ、キェー、だのイャーだのと妙な叫び声が大きくなってきていた。
中学の頃のあまり良くない懐かしい思い出が蘇る。
「さぁ、到着だね! この人たちの気迫はいつもハンパないね!」
結月ちゃんの目はキラキラしている。こんなに好きなら自分もやればいいのに。
「結月さんは剣道やらないんだ?」
「私はね、見てるほうが好きなの」
なるほどそういうタイプの人間ですか。
入り口には『土足厳禁!履き物はお脱ぎ下さい!』と、張り紙がある。俺たちは靴を脱ぎ中へ入る。
しかし武道場は異様な熱気がこもっている。こんな中で防具着込んでくたばらないものなのだろうか?
奇声と共に竹刀の弾ける音が響き渡っている。
「あれよ、あれ!」
結月ちゃんが何かを見つけたようだ。俺もそちらに目を向けた。すぐに分かった。
鬼がいた。異常な速さだと思った。
あの空間だけが妙に静まり返っている感じがした。結月ちゃんの目線の先を見たとき、2人の部員は激しい打ち合いをしていた。
しばらくそれが続いた後、2人の部員は間合いを取り、睨み合っているように硬直していた。と思った瞬間、
「メェェェェェェーン!」
華麗である。一瞬の目にも止まらぬ動きであった。
「スゲェ!」
予想以上に大声を出してしまったようだ。周囲の目線が痛い。
結月ちゃんはほらすごいでしょ?って顔でこちらを見ている。
「ありがとうございましたっ!」
鬼の試合は終わったようだ。お互い礼をして下がっていた。
試合をしていた二人は隅に寄ってフィードバックしているようだ。
「さすがね。美咲ちゃんには敵わないなぁ。今度の大会、期待してるよ」
「いえ。先輩のご指導の賜物でございます。今日もありがとうございましたっ」
「それと、本日用事がありまして、練習上がらせていただきますっ」
「ーってば! 私の話聞いてる⁉︎」
「うぇっ、すみません」
「悠真くん、めっちゃ集中してんじゃん。ねっ! 楽しいでしょ?」
磨かれた技。そういうものを見ていると自然と集中してしまうものである。
「どうする?まだ見てく?」
「そうします」
時計は18時30分を指していた。
「そっか! 私、これからバイトだから帰るね。鬼を見せられてよかったよ!」
なんだ帰っちゃうのか。楽しいスポーツ観戦デートも終わってしまう。
「こういうの見てると、背筋がビシッとなるね!いい刺激をありがとう」
結月ちゃんは満円の笑みを浮かべてバイバイして行った。
中学の頃を思い出しながら懐かしい気分に浸っていた。当時授業で剣道をやっていた時は皆やたらと力任せに叩き合っていた記憶がある。
こんなにしなやかなで正確な動きはしていなかった気がする。
防具が無いところを強打されて悶絶して以来、剣道は二度とやりたくないと思ったものではあったが。
技を部分ごとに何度も打ち合っていたり、試合の派手さと違って地味な練習が続いている。こういう努力が実力に結びついているんだろうな。
しかしこの人たちはなんでここまで熱中してるんだろうか。そういうモチベーションが俺には足りてないんだろうな。
「君っ!」