思考5 ビバ細胞万能説!
【白の部屋】
白い部屋にドアがひとつある。適度に広い。
カエル一匹とカピバラ一匹と姿なきブレインズがいる。
「……宇宙マジ半端ないな……」
「……世の中に色んな宇宙観がごまんとあるわけだわ……」
「……なんというかもう宇宙がゲシュタルト崩壊起こした……」
「……誰だよ手始めにかるーく設定しちゃおうとか言ってたの……」
宵闇|《皆のモチベーションがだだ下がってるよ遠闇君》
遠闇『やる気出せブレインズー! っていうか自分がいない間に細胞説が危うく棄却になりかけてるしー!!』
《僕の顔面に貼り付いてペチペチしないで遠闇君》
『君というものがついていながらなんたる体たらくだー!』
《ごめんよ、僕は細胞フェチじゃないからさ……遠闇君も戻ってきたし僕は一旦引っ込むね》
「あ、逃げた」
「逃げたぞ」
「宵闇ちゃんまた次もよろしくねー」
『自分だってフェチじゃないよ!?』
「でもさ、遠闇ちゃんの説も全ての生命の細胞には宇宙があるって考え方でしょ?」
「そうなると連鎖して消える宇宙の数が多すぎて新しい動物生み出す度、生態系を作る度になんだか空しくなってしまうよ」
「迂闊にリンゴもかじれない」
『確かに元々のイメージではあらゆる生命体の細胞に宇宙はあるものだったけど、そうじゃなくても宇宙細胞説は成り立つよ』
「そうかなぁ?」
「自分が思うに無限の宇宙消滅スパイラルはループ設定が一番の要因だと思うんだ。そこをどうにかすればなんとかなりそうじゃない?」
「あとは蚊みたいに潰される危険を孕んだ生物じゃないこと、かな?」
「ああー、そこ大事だよね」
「宇宙の寿命……というか宇宙が細胞そのものの寿命以外で死なないように、唯一無二の最強生物でないと」
「生半可な事じゃ傷もつかないようにな。マウスや蚊じゃ論外だ論外」
「それこそ天変地異でもてんで動じないくらいの強度じゃないと困るよな」
「それってひょっとして……カンブリア紀から現代までを生き残る最強緩歩動物クマムシさんでは……」
「説明しよう!
クマムシとは熱帯・北極南極・深海・高山、果ては温泉の中など地球上のありとあらゆる場所に節操なく広く生息し、食物は動植物由来の体液・苔の露といった時代を先取りした省エネルギー代謝、特筆すべきは極度の乾燥・151度の高温からほぼ絶対零度・高線度の放射線にも耐えうる宇宙環境で生き抜く為のあらゆる耐久性を持ち合わせた地球上の最強生物である!」
「クマムシさんの体内には宇宙が広がっていた……?」
「クマムシさんは別次元から来た宇宙外生命体だった……?」
「いやクマムシさん割とアッサリ死ぬから」
「ちっちゃすぎてよく別の動物に誤飲されるよね」
「いっそのことこの世界とはまったく違う世界の、お~~っきくてつよ~~い生物とかでもいいんじゃない?」
「しかもそれがたった一体きりの存在となればいよいよ特別感あるね」
「神様っぽい」
「じゃあその生物にだけ細胞が連なるようにあらゆる宇宙が内包されていると」
「――その生物の身体は宇宙でできていた――」
「なんだか一気にファンタジック」
「でもそうなると今度はその生物の設定を考えないといけない?」
「んー」
「どんな生物なんだろうね」
「クマムシさん?」
「それはない」
「どんな場所に棲んでるんだろうな」
「宇宙?」
「その先は?」
「うーん」
「……一度確認したいんだけど、我々が考えてるのは“新しい世界における宇宙の概念”だったよね?」
「そうだね」
「そうだっけ」
「頭ぱんく中ー」
「だったらその生物が棲む場所はまた別のテーマとして扱った方がいいんでないかな?」
「その世界ってまた全く違う概念で成り立ってそうだしね」
「言われてみれば」
「細胞が宇宙なんだもんな」
「霞食って生きてそう」
「でも生物の設定はどうする? まだ未定だよ」
「熱にも寒さにも乾燥にも外敵にも天変地異にも細胞ひとつ傷つかない最強生物じゃないとだよ!」
「設定既に出来てんじゃん」
「あれ、ほんとだ」
「でも見た目が全然決まってないよ?」
「クマムシさん?」
「おい誰ださっきからやけにクマムシ推してくるのは」
『まだ未定でもいいんじゃないかな。今回は暫定的に生物の細胞内の一宇宙ってところまで決めておいて、相応しい見た目をこれからゆっくり探して設定していくってのはどう?』
「賛成」
「さんせーい」
「遠闇が進行役っぽいこと言ってる」
「珍しい」
「……じゃあ……これで宇宙の設定完了?」
「かな?」
「ひとまずおしまい?」
『おしまいだよ! 皆お疲れ!』
「イヤー大変だった!」
「時間とか空間とか次元とか難しいこと考えすぎたぜ……」
「ちょっと我々これまで現代科学に思考が寄りすぎてたかもね」
「主に細胞のせいでは」
「言われてみればそうかも」
「いきなり細胞から入ったものね」
「うんうん」
『ちょっとちょっと、ブレインズの諸君は細胞のすごさをわかってないなぁ。細胞はすっごくファンタスティックでファンタジックなんだぞ。現代の魔法物質といっても過言ではない。細胞は万能なんだ!』
「いや、魔法だなんてそんな……」
「細胞は科学でしょう?」
「なにがそんなにすごいのさ?」
『エッヘン、いいかねよ~く聞きたまえ! これから新生物を作っていく上でも非常に重要なことだぞ!』
『細胞は分子からエネルギーを生み出す。熱を生み出す。自ら数を増やして様々な変形を遂げる。足になれば歩けるし羽になれば飛べる。固くも軟らかくも弾力も伸縮も自由自在なんだぞ。
それに蜂の幼虫が成虫になる時何が起きてるか知ってる? あれ幼虫と成虫で全然形違うじゃん、蛹の中で一度ドロドロに溶けて新たな形を作るんだよ!? 凄すぎるでしょ! 溶けて形を変えるなんてフィクションのようなことが現実に起きてるって凄すぎるでしょ!?』
「なにそれ」
「細胞ヤバイな」
「何より遠闇君の情熱がヤバイ」
「よく考えたら骨も亀の甲羅も細胞が作り出してるんだよね」
「ほへぇ……生物は細胞の塊だぁ」
『自分はねぇ……いつか遠い未来に細胞と栄養素が入ったカプセルを投げるとみるみる強固な外郭を持った人造生命体や頑丈な建造物に成長を遂げるみたいな光景が繰り広げられるようになる事を夢見ているんだよ……それを悪用してあらゆることができちゃうよね……ウフフ……ウフフフ……』
「真っ先に悪用しようとするな」
「でもまあ悪用するよねそれは」
「いっそここで出さずに作品のネタに取っておいた方がよかったのでは」
『そんなSFな話を書こうかと思ったけど特に細胞以外の舞台設定が思いつかなかったからやめた』
「既に試行済みだったか」
「細胞以外に情熱が向かなかったか」
「まあここも作品のひとつと言えないこともないしいいんでない?」
「にしても細胞って本当に万能なんだね」
「正直ナメてたぜ」
『でしょ? でしょ? 凄いんだよ細胞は!』
「つまりこの先どんなヘンテコな新生物を作ろうが、すべて『細胞ってそういうもん』で説明可能なわけだ」
「細胞便利」
「細胞万能!」
「細胞万歳!!」
「細胞信者が増えた」
「細胞がゲシュタルト崩壊したんだけど……」
『えーそんなわけでまとめに入るわけですが、“全生命の細胞に宇宙がある”説はなくなり、“宇宙はとある生物の細胞の中にある”ということで設定しますが、よいでしょうかー?』
「「「「「異議なーし!!」」」」」
『――ただ、忘れないでほしい。自らの体の中に、戯れに潰した生命の中に、ともすれば数えきれない宇宙が存在していたかもしれないことを……』
「おいやめろ」
「ご飯食べる度に気まずいだろうが」
「妙な啓発本みたいになるからやめなさい」
『え、ほら……こう言えばみんな細胞を大事にするかなと思って……』
「細胞かよ!」
「この細胞フェチガエルが!」
『フェチじゃないよ!?』
つづく