思考4 考え始めると訳わからなくなるアレ
【細胞の部屋】
宇宙の始まり。
凄まじいエネルギーの奔流がぶつかり合い、目まぐるしく渦巻き衝突と爆発を繰り返しながら急速に拡張している。
「きゃぁ~~~~~っ」
「うわわわわわわ」
「目が回るーっ!」
「あははは生命の神秘が大爆発ぅーっ!!」
「ぅぇぇ吐きそう」
「落ち着け、我々に肉体はない!」
遠闇『ケロケロケロケロ…』
「せんせー遠闇君がー!」
「アバター置いてこーい!」
「白の部屋に戻せ戻せ!」
「こりゃとても落ち着けん……総員撤収ーっ!!」
「きゃぁ~~~~~っ」
「うひゃーっ」
…バタン…
【白の部屋】
白い部屋にドアがひとつある。適度に広い。
グロッキーなカエル一匹と姿なきブレインズがいる。
「あービックリしたぁ……」
「そりゃあ宇宙の誕生となればもう何もかもしっちゃかめっちゃかだよねぇ」
「おーい遠闇ちゃん大丈夫?」
『ケロケロケロ…』
「こりゃダメだしばらく放っておこう」
「しかし凄かったねー」
「宇宙爆誕!! って感じがしたね!」
「出来立てほやほや」
「だけど、この後我々の知るものに近い宇宙へとなっていくんでしょう?」
「あー粒子がぶつかってエネルギーが質量でー」
「天体が混ざってかたまって捏ねて寝かしたら銀河になってー」
「中火で湯がいて水をきったらお好きな味で召し上がれー」
「もう何が何やら」
「我々ブレインズは学者じゃないからして細かい理屈などは気にしなくてもいいのだ!」
「全知全能の神ではないからな。宇宙の事象から物質・生命までにおける全てを設定することは出来んのだ」
「しばらく経ったらおもむろに様子を見に行って『わあすごい、ちょっと見ない間にこんなに様変わりしてるぅ』とか言ってお茶を濁しておけば大丈夫!」
「そういう事象の辻褄を研究するのはその世界に住まう学者の仕事だもんね!」
「まだ存在すらしていない相手に押し付けたよ」
「何億年先の話になるんでしょうねそれは」
「ざっと100億年もすれば知的生命体なんかも生まれてくるさ」
「さて、あっちの宇宙の中が落ち着くまで私たちはもう少し設定でも詰めてようか」
「あ、ちょっと待って」
「どしたん?」
「今は遠闇が使い物にならないからさ、一時的に代わりの進行役を立てておかない?」
「そうだね、一応立てておこうか」
「賛成」
宵闇|《それならこんな感じでどうかな?》
「おお、ありがとう宵闇くん」
「宵闇くんもついでに専用アバター作っちゃいなよ」
《えーと、それなら僕はカピバラにするよ》
「なしてカピバラ?」
《近くにいた外のブレインズが“一番最初に思いついた動物”で連想したものがこれだったので》
「決め方が緩い」
「それをいうなら遠闇のアマガエルも深く考えずに設定したし」
「それをいうなら我々がここにいるのもなんか色々適当に丸投げされた結果だし」
「【せかるよ】はゆる~く、らく~にがお似合いだね」
《それじゃあ宇宙の設定に話を戻そうか》
「あっはい」
「早くも遠闇ちゃんより有能な気配がする」
「同じブレインズの筈なのに」
説1:“宇宙は生命体の細胞の中のひとつである。一つの宇宙の隣にはまた他の宇宙が連なって存在している”
説2:“宇宙は生命の細胞のひとつで、その外には別の宇宙があり、更に外には更に大きい別の宇宙があり、それが繰り返した最後の宇宙は最初の宇宙の生命の細胞の中にある”
《今出ている設定はこんな感じだったね。説2は説1の昇華版てことでいいのかな》
「説2の設定だと途中で矛盾が起きていることになるんだよな」
「一番大きい宇宙の外側が一番小さい宇宙に包まれている、ってところだね」
「そうすると時間もおかしなことになるしな」
「自分はねぇ、だまし絵の“ペンローズの階段”のようにそれぞれの宇宙が細胞を通して繋がり続けているようなイメージだよ!」
【画像:繋がり続ける宇宙】
「例えば宇宙の内側から外側に壁を越えようとした時には時間と空間の概念が変わっているのじゃないかな」
「というと?」
「ほら、“外側の宇宙に行くほど大きい”ってだけだと、それは今の物理学でも充分に説明することのできる三次元的な関係でしょう?」
「マトリョーシカみたいな入れ子人形のような状態だね」
「宇宙が入れ子人形のような単純な構造で説明できてしまうのは宇宙の沽券に拘わると思うんだ!」
「判るような判らないような」
「一説によれば現世界でも宇宙の外側の空間は四次元とかそれ以上の次元だって説があるみたい」
「他には、『ブラックホールの中では時間も空間も圧縮されるからその中には別の宇宙が存在している可能性がある』なんて説もあるぞ」
「何せ相手は“宇宙”なんて規格外のものだし、ひたすら三次元的な広がりを見せる関係よりも互いが繋がり合って永久に終わりがないという方が謎めいていて浪漫があるかも」
「私ループって好きよ」
「輪廻!」
「メビウス!」
「ウロボロス!」
「特に深い意味はない!」
「でも、実際のところ時間のねじれっていうのはどういう事なんだろうね?」
「さっきのブラックホールの例でいくと、そもそもブラックホールの中と外では平等な時間が流れている訳じゃない。同じ瞬間に生まれた人間が同じような時間感覚で成長したとしても、中と外では時間のズレによって大きな年齢差が生まれるみたいだ。その時ブラックホールの中と外で異なる時間と空間の概念が働いていることになる」
「ウラシマ効果っていうんだっけ?」
「えーと、内側の宇宙の100億年が外側の宇宙の1秒相当だった場合、外側の宇宙の100億年は内側の宇宙時間だと……えー……100億年×100億年?」
《外のブレインズの情報では、『簡単に言えば100億に60(秒)×60(分)×24(時間)×365(日)×100億(年)を掛けた数』になるらしいよ》
「全然ちがった……」
「数字に極端に弱いのも我々の特徴なんだ」
「未だかつてここまでポンコツな意識集合体がこの世に存在しただろうか……」
「ふつう意識集合体ってもっとこう、システムちっくでサイバーな感じだよねぇ……算数問題で躓いたりしないよねぇ……」
「我々は電子由来じゃないんだから仕方ない」
「開き直るがよろし」
「浦島太郎も一世紀や二世紀でショック受けて総白髪になってる場合じゃないな」
「総白髪の後に総抜け毛になる?」
「浦島太郎かわいそう」
「これ以上太郎を苦しめないであげて」
「じゃあ総白髪の後に総抜け毛となった太郎は穏やかな心を持ちながら激しい怒りに目覚めて逆立つ金髪が生えてきたことにしよう」
「太郎つよそう」
「宇宙の帝王倒しそう」
「まあとにかく内側の宇宙と外側の宇宙の“時間と空間の流れ”は違う。なればこそ“最後の宇宙は最初の宇宙の生命の細胞の中にある”ということもあるのかもしれない」
「んむむ……難しいな……」
「大変なことに気がついたんだが、宇宙がループしてるとして、それってそのループのどこか一ヶ所で細胞が消滅したらその瞬間繋がるすべての宇宙が消えてしまうことになるのでは」
「確かにな!」
「それはこわい」
「蚊を潰した瞬間宇宙が終わる」
「自分の宇宙は無事でも、その蚊の全ての細胞にある宇宙と、その中に生きる全ての生命とその細胞にある宇宙と、その中に生きる全ての(以下繰り返し)が全部消える……みたいな話になるぞ」
「消える宇宙の数ねずみ算ってレベルじゃねーな」
「天文学的数字に天文学的数字を自乗しないとおっつかない」
「さすがにいくら自由に設定していいとはいってもこれは気が引けるなぁ」
「ループシステムの設定そのものはこれまでの話を基にしてできなくはないけど、正直僕たちの手には余る気がする」
「これは宇宙細胞説難しくなってきちゃった……?」
『細胞は譲れないよ!!』
「わ、出た」
《復活したんだね遠闇君》
『うん。よく考えたらアバター作り直せばいいことに気がついた』
「おぉ、作り直したんだ。今度はどんなアバターにしたんだい?」
『アマガエル!』
「変化なかった」
『そんなことより、自分に考えがあるから聞いてくれる?』
「これは、また次回に持ち越しか?」
「今回で終われなかったかー……やっぱり宇宙は色々スケールでかくてヤバイ」
《このままだと先に進まないから宇宙の話は絶対に次話で終わらせてもらうけど、いいかな遠闇君?》
『オッケーバッチコーイ!』
「不安しかない」
「ごめんね、そういう訳でもう少しだけお付き合いください」
つづく