◆探検3◆ もっふー!もふもふもっふー!
【SFの部屋】
スリバチ盆地の外、スリコギ高山帯。
日光に照らされた荒涼とした地面をクマとカピバラ、そしてカピバラの頭上に鎮座したちいさなカエルが進んでいく。
周囲は斜面と平地が混ざり合い、吹き抜ける寒々とした風が二匹の毛皮を波打たせる。遠くに見えるスリコギ山山頂付近には雪化粧がされているが、もう少し低いこの周辺は雪もほとんどなく土の地面が露出していた。
しかし、不思議なことに二匹が歩く度に足元でシャリシャリと氷雪が砕けるような小気味良い音が鳴っている。
音の正体は、地面に点々と生えた植物を踏みしめるために起こるものだ。
宵闇|《これは高山植物なのかな》
「そうだよー!」
「ヒョウコウソウっていうんだ」
「葉っぱの外側の細胞を凍らせて猛風に耐える植物だぜ!」
《凍らせちゃうの?》
「うむ。豪雪・強風地帯では、樹木は雪を被ることで風を避け、気化による表面温度の低下や水分の蒸散を防いでいるという。同じようにこの植物も自ら風除けを作り出し寒さと風から身を守っている訳だ」
《吹雪よりもかまくらの中の方が温かいようなものかな》
「そうだな。表面の古い細胞が凍って、かまくらやビニールハウスのように保温性を持ったと考えてもらいたい」
《面白いね》
カピバラは新雪に足跡を付ける時のようにどこか楽しそうにサクサクと周囲を歩いて踏み鳴らす。
砕けた氷の粒が風に乗りキラキラと空に舞い上がった。
「むっふっふ! 特に植物に詳しくない我々に代わって!」
「植物が好きな外のブレインズに協力して考えてもらったのだ!」
「ありがとう植物好きなブレインズー!」
遠闇『宵闇君もいることだし、あの辺のまだ凍ってない奴もぐもぐしてみたら?』
《うん。いいよ》
そんな頭上のカエルの言葉に促されて、うっすらと青みがかった水晶のように透き通る葉を持ったヒョウコウソウをムシャムシャと頬張る。
「どう、お味の方は?」
《青ネギのトロっとしたところみたいな食感がする。おいしいね》
「凍結しにくいように植物内の水分は粘性なんだな」
「わーい美味しいんだってさ!」
「ありがとう植物好きなブレインズー!」
そんなヒョウコウソウの原っぱから眼下に臨むややなだらかな平地に何か茶色い動物が群れをなしている。
四枚の翼を持つ大型動物の、マサカノドラコンである。
彼らは十~数十頭の群れを作りながら餌場を求めて移動する。餌を探していない時はああして身を寄せ合ってゆったりと寝そべっているのだ。
クマたちが近づいていくとマサカノドラコンが首を持ち上げて三匹の方を注視しはじめた。いつでも立ち上がれる状態に態勢を起こし、警戒しているようだ。
しらず〔私たちが近づいたせいで警戒態勢に入ったようだな〕
《僕たちというより、どうもしらずだけを警戒してるみたいだけど》
『オイラに至っては完璧にアウトオブ眼中だぞ!』
「小さすぎるからな!」
更にクマが十歩程近づくと、手前の数頭が立ち上がり前翼を広げた。
「…kkkakakakaka…!」
「警戒声だね」
「これ以上近づくと逃げられちゃいそう」
「でも宵闇クンの方は近づいてっても大丈夫そうだね」
〔仕方ない、私も宵闇と同じくらいの大きさになるか〕
カピバラサイズの子グマになってしばらく物陰に潜むと、やがてマサカノドラコンは警戒心を解いた。今度はかなり側まで近づいても気にも留めていない。
どうやら自分より小さい動物への警戒心は薄いようだ。尻尾をパタパタと動かし欠伸までする無警戒っぷりだ。
「かわいい」
「かわいい」
「互いに舐め合って毛繕いしてるよ」
〔グルーミングという奴だな。ふむ、鼻先から胴体までの体長は3m前後といったところだな。それなりに大きい〕
《顔立ちは細いし、長毛に覆われてるから水に濡れたら結構縮みそうだけどね……うわぁ?》
「あっ宵闇が勢い余って舐められた!」
『あはは、毛繕い中の動物ってたまに勢い余って側にあるもの舐めたりするよねぇ……にょわー!?』
「あっ無防備に頭の上で見物してた遠闇が食べられた!」
…ぺっ。
「そしてすぐに吐き捨てられた!」
『どうせ食うなら最後までおいしく食べろし!?』
「うわぁ唾液ねっちょり」
『探検パートの度にカエルがねちょるノルマとか無いんだかんな!?』
山肌をなめるように横殴りの風が吹いている。
毛繕いを終えたマサカノドラコンたちが翼を広げ、軽く助走を付けるように地を蹴ると驚くほどふわりとその身体が浮き上がった。
「hyuーーーy、hyuーーーy」
「hyuy! hyury!」
「どうやら獲物を求めて盆地に飛んでくみたいだね」
「この星は一日が長いから、マサカノドラコンは昼夜関係なく一日を通して狩りをする周日行性だ」
「狩りをしては寝て、起きては狩りをしてるんだな」
「俺たちも移動しようぜ!」
スリコギ山を越えてスリバチ盆地に足を向ければ、昼のそこは夜とはまた違った風景が広がっている。
彩り豊かな菌類の林は夜なら動くキノコの姿が見られるが、今は殻を閉じて寝てしまっているのか動きはない。
動くキノコは、名をカサセオイという。マサカノドラコンの好物であるヤツアシテンモクが獲物にしている軟体動物だ。
一頭のマサカノドラコンがスリバチ盆地の内部に着地した。
「マサカノドラコンは空気を吸い込んで息を止めながら数分間活動が出来ます」
「昼間は重気体が薄まっているとはいえ危険なことには変わりないからね。そのような習性が身についたのでしょう」
「喉をぷっくり膨らませて大変可愛らしいですね」
《とはいえこの時間はヤツアシテンモクが見あたらないけど、どうするのかな》
『うーんどうかな。オイラたちも前話まで夜間の狩りしか想定していなかったからなぁ?』
昼間ヤツアシテンモクはキノコとキノコの隙間に隠れて滅多に出てこない。ドラコン自慢の聴力も脚力も相手が動かず隠れてしまっていては出番がないというものだ。
「キノコを掘り返せるような身体的特徴が無いものな」
「角とかあればね。しかし角を生やすと飛行に差し支えそうだしなぁ」
「豚みたいに鼻先が尖ってる訳でもないし」
「どーするんだろ?」
キョロキョロと辺りを見渡しながら時々地面を脚でつついていたマサカノドラコンが足を止めた。と思えば、足元で何度か転がしていたものをくわえ上げる。
『ん? あれは……』
「キノコかな? いや……」
「カサセオイのようだね」
「あっ! あれはアタシたちが考えたムラサキキャベツカサセオイ!」
『なんじゃそら』
「ムラサキキャベツみたいなキノコに擬態したカサセオイです!」
口にムラサキキャベツカサセオイをくわえて歩いていたかと思うと、キノコが折り重なったことで出来た暗がりの前にそれを転がした。
待つこと十数秒。
隙間から棒のような脚が探るように這い出てカサセオイの殻をつつき、やがて脚の持ち主が暗がりから顔を出して殻に抱きつく。
その瞬間を狙って見事ヤツアシテンモクを捕らえたマサカノドラコンは翼を広げ悠々と飛び去っていった。
「つ……つ……釣りだぁーーーっ!?」
「お、おびき出した! テンモクを餌でおびき出して捕った!?」
「なんてこったブレインズより頭良いぞあの動物!?」
マサカノドラコンのまさかの頭脳プレーにおののきながらも、ブレインズの観察は終了していくのだった。
つづく




