思考3 宇宙の誕生を設定しよう!
【白の部屋】
白い空間。適度に広い。
カエル一匹と姿なきブレインズがいる。
遠闇『前回までのあらすじ』
遠闇『宇宙から世界をつくりはじめるよ』
「宇宙」
「宇宙て」
「それは無謀すぎるのでは」
「あたまいたい」
「肉体ないけどな」
「これは頓挫確定」
「微生物どころか地上すらない状態からスタートかぁ」
「スタートからゴールまでが鬼畜設定」
「ドラゴン君も二度見するレベル」
「まぁやるんですけどね」
「宇宙ってあれでしょ? 特殊相対性理論が云々」
「誰か詳しい人いる?」
「ノー」
「ほら、ここにいるブレインズは皆アホだから……」
「これは無理ゲーでは」
『落ち着きたまえ諸君。ぶっちゃけ特殊相対性理論に関しては自分も何度調べてもさっぱり理解できない分野だが……今はそれに関しては特に考えなくていい』
「というと?」
『諸君は「世界は平らである」という説を聞いたことはあるかね?』
「えーと、確か……」
世界は平らな盆の上に乗っている。
世界の隅では海が滝のように流れ落ち、一度滝に飲まれれば戻る術はない。
世界が載せられた盆を巨大な3匹のゾウが支え合い、象たちは更に巨大な亀の上に立ち、亀は果てなき乳白色の海を泳ぎ続ける。
「……って感じだった気がする」
「けど詳しく調べてみたらちょっと違ってた。これは何かの別作品の世界観だったかもしれんな」
「とにかく似たような説は世界中にたくさんあったようなので気になる人は“地球平面説”で検索してみてね!」
『他には“天動説”と“地動説”とかはどう?』
「月や太陽や天体が地球の周りを回ってるってやつだね」
「今は地動説が主流」
「確定じゃないの?」
「自分の目で見た訳じゃないから」
「……いつの世も大多数の人は知識人がもたらした情報を鵜呑みにするより他術はないのさ。人一人が人生を捧げて自らの目で解明できることなど万物の極めて一部に過ぎない……」
「……定説が新事実により覆ったとしてそれ以前の定説を信じていた者を物知らずと笑うことが誰に出来ようか……」
「なんかただならぬ私怨を感じるけど」
「君たち前世で異端審問でもされたのか」
「鎌倉幕府成立は1192年なんだい! そう習ったんだい!!」
「『1192つくろう鎌倉幕府』を返せ! 勝手に変えるな!!」
「割とみみっちい理由だった」
「無視して進めよう」
『これらの説はこの世の有りよう、いわば世界観の説明だよね。自分が作りたいのもそういう概念的なもの……その名も、“宇宙細胞説”さ』
「なんじゃいそりゃあ」
・宇宙細胞説 :宇宙とは生命体の細胞の中のひとつである。一つの宇宙の隣にはまた他の宇宙が連なって存在している。
『これが“宇宙細胞説”』
「細胞って顕微鏡とかで見るあの細胞だよね?」
「割と突拍子もない気がするけど理由を聞いても?」
『話せば長くなるんだけど……』
「うんうん」
『昔国語の授業で物語を書くって授業があってね』
「うん!?」
『先生が例として、昔生徒が書いた中でとても感心する作品があったと言って読んでくれたんだ』
「この話は一体どこに着地するんだ……」
“ある日地球は床に落ちた。月も火星も太陽もみんな床に落ちた。宇宙は落下していただけだった。全部落ちてあとには何も残らなかった”
『……大体そんな感じの物語だった。たぶん』
「ほほう」
「机の上からビーズをこぼして床に落ちる位の間に」
「その中で途方もない時間が経ち地球が生まれ生命が生まれ営みが広がっていき」
「また途方もない時間の果てに床に到達して終わりを迎える」
「おもしろい」
「天才か」
『その印象的な宇宙観がずっと記憶に残っていてね』
「ふむふむ」
『じゃあ自分ならどんな宇宙観を考えるかってなって考え出したのが“宇宙細胞説”なのだ!!』
「ふむ!?」
「すると遠闇研究員、つまり、この“宇宙細胞説”はかなり以前からお考えであったと?」
『ただ漠然と「こうだといいな」というのがあったただけなのでこれまではっきりとその詳細をまとめたことはなかったね。でもこの機会にせっかくだからそれをベースにちょっくら宇宙つくってみよーぜ! ……っていう話』
「現世界と違って創作の世界ならどんな説でもそれが正しいと言い張れるもんね」
「現世界と違って科学的な根拠を示す必要もないしね」
「矛盾とか見つかっても『スマン!』で済むしね」
『それが創作世界のいいところ』
「言い訳が終わったらそろそろ先に進もうね」
「さて遠闇どん。改めて聞くが、何故に宇宙が細胞なんだい?」
『何故なら……細胞は万能だから!!』
「ちょっとよく判りませんね」
「仰る意味が判りませんね」
「伝える努力をしてほしいですね」
『例えば宇宙の始まりはビッグバンにより起こったと言われているけど、ではそれが起きるより前、そこには何があったんだろうか?』
「はて」
「よく聞くのは、何もなかった、何もない空間だけがあった、とか」
「別の宇宙があってビッグバンによって今の宇宙に上書きされた、とか」
「宇宙は何度も膨張と伸縮を繰り返して度々ビッグバンを起こしている、とか宇宙は今も膨張中、とか」
「色々言われてるよね」
『でもさ、結局そのビッグバンはどこで起きたの? 宇宙の外側はどうなってるの? 何もないって何? 自分はその“何もない空間”というのがさっぱり理解できないんだよ』
「そもそも何もない空間なんてありうるのだろうか」
「それ気になって調べてみたら、“トリチェリの真空”ってのが出てきたよ」
「試験管に水銀入れてひっくり返すと重さで下がった水銀と試験管の間に真空を作ることができるとか」
「でも何もない安定した空間ならそもそもビッグバンとか起こりようがないのでは」
「気体でも液体でも既存の常識とは異なる別の何かでも、何かしらに満たされていると考える方がイメージしやすいよね」
「近年は何もないと言われていたそこに質量を生み出す可能性を持った新要素が見つかったとかなんとか」
「興味がある人は“ヒッグス粒子”で検索してみよう!」
『宇宙はどこで生まれて終わりは来るのか、そうした疑問を解消するのが……』
『“宇宙細胞説”――宇宙は細胞の中にある、という考え方なのです!』
『細胞は分裂したり他の細胞とくっついたりして増えていくし、エネルギーを得ることで様々に状態変化していく凄まじいポテンシャルを秘めている。宇宙の神秘に匹敵する生命の神秘が細胞の中にはあるのだ!』
「なんだろうこの熱意は」
「でもその説だと、細胞はなんの生物の細胞かっていう疑問が残るけど」
『それはほら……マウスとかそんなんじゃない?』
「ええ……」
「なんでそこだけフワッとしてるの」
「しかも食物連鎖の下の方だし、寿命短いし」
「それを言うなら動物の細胞の寿命なんて短いものだと数十時間だぞ」
「なんだか夢がないなぁ」
『ええっなんで!?』
『細胞が生まれると共に宇宙が誕生して途方もない時間の中で営みがなされて、その終焉もまた細胞の寿命と共に訪れる儚い存在だよ!? 細胞の数だけ宇宙があってその中のすべてにその宇宙だけのドラマがあるんだよ!? 浪漫があるじゃん、浪漫ありあまるじゃん!』
「ね、熱量がすごい……」
「でも生命の一部である以上寿命以外の外的要因で滅亡する可能性があるわけでしょう?」
「絶対普遍のものなどありはしない。今我々がいる宇宙すら、明日には宇宙の外側から破滅を迎えないという保証などないのだから」
「そう言われると……そうなのかな……?」
「うーむ?」
「あ、じゃあ逆にこう考えてみたらどうかな?」
この138億年続く悠久の宇宙は実は大きな生命の細胞の中にある。
大きな生命が生きる場所もまた悠久の時を刻む宇宙の一つで、それも実は更に更に大きな生命の細胞の中にある。
内側から外側を見てもあまりに大きくて時間の流れも違うからそこに何があるのかはわからない。宇宙の外側はそうしていくつもの別の宇宙へと続いていく。
どこかの宇宙において時に誰かが顕微鏡で細胞を覗いてみることもあるけれど、宇宙はあまりにも小さすぎて外側の誰かはそこに宇宙や他の生命があるとは気がつかない。
そうして宇宙が次々と続いていった先にある最後の宇宙は――最初の宇宙の生命の細胞の中に広がっている――。
「――なんてどうです?」
「おお……なんかそれっぽいかも……」
「ただ視点を逆転させただけなのに途端にスケールが大きい話に思えてきた、なんでだろう? 語り口?」
「浪漫感じるわ。浪漫に満ち満ちてるわ」
「でも……そんな気分ひとつで決めちゃう感じで本当にいいのかなぁ? マウスの細胞でしょう?」
「そこんところは再考してもいいかもしんない」
「我々ブレインズが納得できたなら、そういう世界があってもいいんじゃないかな。マウスは再考するとして」
「うんうん。なんてったって私たちの使命は設定づくりを楽しむこと! だもんね! マウスは考え直そう」
『なんで皆してマウスを邪険にするかなぁ!? 確かに適当に口に出しただけだけれどもさ!!』
「それじゃあ皆さん、何はともあれ新しい宇宙の始まりは“宇宙細胞説”で設定していく方向でいいかな?」
「「「「「異議なーし!」」」」」
『――シッ!!』
「カエルがガッツポーズしてる」
「器用だな」
「そんなに嬉しかったんかこの子は」
「それでは新たな世界のために部屋を設けよう。名前は――……」
「【細胞の部屋】とかにしておけばいいんじゃない? なんか細胞に並々ならぬ執念を燃やしてるカエルもいるし」
【白の部屋】
白い部屋。適度に広い。
細胞の部屋へ続くドアがある。
「設置できたよ!」
「空間にドアができてやっと部屋っぽい見た目になったな、ここ」
「この向こうでは今まさに宇宙が始まっているはず」
「早速見に行ってみよう!」
「よし、行こう!」
「しからば【細胞の部屋】いざ開門ー!」
「かいもーん!」
…ガチャリ…
つづく
2020/08/05 追記
「外のブレインズからの情報では、先生が生徒の作文として紹介した宇宙のストーリーは筒井康隆著のショートショートが出典なんだって」
「先生どうして生徒が書いた奴って言ったのかな?」
「筒井先生が先生の生徒だったのでは?」
「わからんなぁ」
「とりあえず私はまたあの素敵な宇宙の話を読むために筒井先生のショートショートを買わねばなるまい」
「情報、ありがとー!」