思考26 生物学者もとても偉大〈Aチーム〉
【細胞の部屋】
広大な宇宙に太陽が輝いている。
電気ポットの上に張り付いたカエルが一匹と姿なきブレインズがいる。
「前回までのあらすじ」
「毎度迷走する宇宙の話もいよいよ大詰め」
遠闇『ふっかーつ!』
「お、中から出てきた」
「遠闇ちゃん外出て大丈夫なの?」
『サングラスしたからこれでもう平気さ!』
「グラサンガエル誕生の瞬間である」
「それで、いい具合の設定を思いついたって?」
『うん。これまで出てきた話を元にうまい具合に収まる設定を思いついたよ。要は地球とは違った特徴を持つ天体や生物が望ましいって事でしょ?』
「まあそうなるな」
『とりあえず重力から脚の本数を考える道は無しにしよう。なんか面倒くさいし』
「なんか過去2話における難題が気軽にポイ捨てされたような気がするんだけど」
『いや、なんかあんまり重力が弱い設定はブレインズに填まってないみたいだからさ。それなら別の方向から考えようかと思って』
「そ、それは確かに……」
「どうにも重力が弱い方向だと、こう、飛ぶときのイメージが湧きづらくって……」
「躍動感や力強さを感じないんだよね」
「うん、それが思考の結果だというならまぁしょうがないかな」
「世界づくりは我々の“つくりたい”が最優先される訳だし、填まらなかったならこだわっても仕方がないよね」
「じゃあ重力の線は捨てるんだね?」
「それじゃあどうするのー?」
『要は脚の数が多いことについて、他の説得力を持たせられる設定があればいいわけだよ。オイラが唱える説はこれさ!』
・特徴その1:激しい気流
「つまり風で飛ぼうってワケ?」
「確かに風は飛ぶために必須だとは考えてるけど……」
『そこだよブレインズ諸君。君たちは“飛ぶ方法”と“脚の本数を決める要因”を別々に考えていたけど、それをどちらも星の気候と結びつければ話はもっとシンプルになると思わないかね? ――つまり、こういう事さ』
“エースエーフ星全域は頻繁に激しい気流が吹き荒れる。その猛威に耐える為に発達したのが岩肌にしがみつくための頑丈な手足である。
生物は時に突風に薙ぎ払われ竜巻にさらわれる中で、次第に風に乗り移動する術を覚え飛行性を高めていくようになった。これがこの星における飛行生物誕生の起源である。”
「ふむ、なるほど。一見理にかなっているようには思う」
「脚の数が多いのは激しい気流に耐える為の進化なのね?」
「飛行能力獲得の経緯も自然だ」
「はっ!? それなら吹きさらしから耐えるために体毛の獲得もありそうじゃない!?」
「モフモフ!!!」
「モサモサ!!!」
「フワフワ!!!」
「はいはいステイステイ。そうして体毛や皮膚の膜が飛行に向いた形に進化していったということか」
「ん~と、アタシはまだちょっと気になるところがあるかな?」
「なになに?」
「気流が激しくて動物がたくさんの脚でしがみつかなきゃいけなくなったのは判ったけど、そのもっと祖先の生き物はどうやってその数の脚を獲得するに至ったの?」
『わからん! なんやかんやそうなった!』
「“画期的な案”とは何だったのか」
「“説得力のある設定”とは何だったのか」
「生物の起源が海だとするなら海流も同様に激しい場所が多くてたくさんの脚、あるいは鰭が必要となったという考え方もできる」
「でもこの星に海があるのかも決まってないし、この星の生物の起源が海由来かどうかも決まってないし、そもそもこの星の生物の組成が何で構成されてるかもよく判らないんだよねー」
「何で出来てるんだろうなあいつら?」
「特に理由はないけど無機物系を推したい。酸化に変わる化学反応を起こせれば炭素生物でなくとも生命活動は成り立つはずだ」
「急にSFちっくな話になるなそれ」
「ま、その辺は機会があればまた考えよっか」
「そうそう、生物が何で出来てるかなんてそのうち未来の学者が研究して大発見してくれるさ」
「なんでもかんでも丸投げされる未来の学者くんかわいそう……」
「種誕生以前から既に未来の学者くんに対するブレインズの期待値が大きい……」
『じゃあ海由来なら激しい海流で安定して遊泳するため、陸由来なら強風に耐えるために多本数の鰭ないし脚が発達したってかんじで!』
「おっけー」
「りょうかーい」
「足の本数が厳しい環境由来だとすると、重力は地球と同等でも問題ないか?」
「大きく変える必要はなさそうだね」
「じゃあ天体のサイズも地球と同じくらい?」
『うんにゃ! 大きさは地球よりもおっきい!』
「なんで!?」
『何故ならおっきいは浪漫だから!!!』
・特徴その2:地球よりも大きい
「いきなり理由が雑だな!」
『理由は雑だけどちゃんとメリットはあるよ!』
“エースエーフ星の自転速度は地球よりも倍以上遅い。しかしその巨大な天体内部を巡る流体運動により星には強力な磁場が発生し、宇宙線等の外界の脅威から地表を守っている。”
『その名も磁場ガーーードッ!!』
「うん。ダイナモ理論な」
『あともしかしたら地表の遠心力で天体の引力を相殺していい感じの重力になってるかもって思ったけどやっぱりこっちは考えない!』
「どうして?」
『だってオイラ万有引力の計算出来ないもん。どうせ北極や南極じゃ遠心力の影響受けないんだし、遠心力あってもそんな何kgも変わらないでしょ。たぶん』
「私は反論するほどの計算力を持たない」
「俺もだ」
「わしもだ」
「じゃあそういうことで」
「異議なーし」
「しかしまだ一つ疑問が残る。そんなに広くてゆっくりと自転する天体で激しい気流が起きたりするのか?」
『んっふっふ……よくぞ聞いてくれたね……それを解決する次の策がこれさ!』
・特徴その3:公転は約60日周期
「ん? これ間違えてない?」
『間違えてない!』
「自転の一昼夜60時間周期と間違えてるんじゃなくて?」
「だってハスッポイモンの成長速度でいくと冬だけで数百日ないといけないんだよ? それとも設定いじるの?」
『だいじょーぶ! 公転は60日周期でかつ一年は数百日周期に出来る!!』
「……ちょっと宵闇ちゃん呼んできた方が良いんじゃない?」
「しらずちゃんの方が良いかもしれない」
『残念な子扱いするなよな!? 諸君、要は発想の転換なのだよ――つまり!』
“エースエーフ星は超巨大な惑星の周りを回る衛星のひとつである。その公転周期はおよそ60日間。そして母星たる惑星はエースエーフ星を引き連れ太陽の周りを周回し、これによってエースエーフ星に季節をもたらしている。”
【画像:公転軌道予想】
「ん?」
「んんん!?」
「まって。ちょっとまって。唐突に出てきた母星ってなんだ!」
「説明! 説明求ム!」
「遠闇氏は納得のいく陳述をせよ!」
『普通に太陽の周りを回ってるだけの惑星だとなんか地球と似ててつまんないかなって思った』
「なんて単純にして明快な動機」
「同じブレインズとしてぐうの音も出ない」
「ただただ同感でしかなかったでござる」
「しかしこれは……どうなんだ? アリなのか?」
「居住可能型衛星の存在は現世界の天文学でも示唆されているが、しかしそれならエースエーフ星も地球より小さいサイズにするべきなんじゃないか?」
『それじゃあ満足な磁場を確保できないじゃないか。エースエーフ星は母星の強力な磁場と自分の磁場が反発し合い引力との奇跡的な釣り合いを取ることで母星近傍を逆向きに周回してるんだぞ』
「磁場ってそんな力があんの!?」
「スゲー!」
『いや知らないけどおそらく磁場もしくは母星を構成する主成分の影響あるいは過去の星の衝突の影響かことによるとまだ解明されてない未知のパワーやらなにやらで引力がなんかいい感じに働いて逆回転してるに違いない……』
「わやわやな説明だな!」
「実態が伴わないにも程がある!!」
「専門家ー! ちょっと専門家呼んできてー!」
「まだいないて」
「大体まだ解明されてない未知のパワーって……」
「そこ謎パワー使ったら何でもアリになっちゃうじゃん!?」
『ふふん、愚問だぞブレインズ! 現世界の宇宙の謎がどれほど解明されているというのか!? 天体同士が磁石的振る舞いをする星がないなどとどうして断言できる!? アホみたいな環境が平気で存在してしまう……それこそが宇宙の神秘なのである!
だからこの天体も曲芸傘まわしがごとく、なんやかんやで母星の周りを逆向きに回転しててもいいのだ!!』
「くっ……そう言われてしまうと絶対にないとは断言できない……!」
「事実“尽数関係”と呼ばれるような綺麗な周期に留まっていない天体というのも少なからず存在する……!」
「金星の自転とか、太陽系の逆行衛星とか、内側と外側が逆回転している惑星系とか、調べたらそこそこ変な挙動の天体出てきちゃったし……!」
「この謎はもう……未来の学者に期待するしかないな!」
「未来の学者くんへの重責が過ぎるよ!?」
「プレッシャーハンパないよ!?」
「ブレインズは未来の学者くんにめっちゃ感謝すべき」
『そうそう、ブレインズの疑問は“この天体で激しい気流が起こる理由”だったね。太陽熱や母星の引力、様々な要素によって引き起こされる複雑怪奇な大気の乱れ……それがこの天体で激しい気流が起こる原因なのさ。この曲芸傘まわしな環境も、すべてはそれを生み出さんがための設定なのだ!』
「ほほぅ」
「なるほどなぁ……そう考えると、うん。悪くないかも」
「遠闇ちゃん。エースエーフ星が衛星なのも逆回転してるのも反対する訳じゃないけど、最後に一つ聞いていいかしら? わざわざ逆回転にするのはどうして?」
「そうとも。その理由なら別に母星に合わせた順回転でも良くないか?」
「うんうん。それなら未来の学者くんの悩みも少しは減ると思うけど?」
『そうすると――西から昇ったおひさまが東へ沈むことになるんだけど』
「よくない。よくないよ」
「全然よくない」
「いいわけないだろ」
「これはよくないのだ」
「そんなことしたら描写をする度に読者が大混乱じゃないか」
「西日が朝日なんだか夕日なんだか訳わかんなくなっちゃうよ」
「そうだね。ここは初期案の逆回転を採用して未来の学者くんに解明を頑張ってもらおう」
「ブレインズは未来の学者くんを全身全霊で労るべき」
「おっ描写出来ることが増えたから、太陽の周りに新たな天体が回り始めたぞ」
「母星の自転公転に対して変態的な逆回転をしている」
「ようやくこの星の設定も固まったんだな……」
「なんだかすごく……長かった……」
『――ちょっと前に夜のスリバチ盆地で月を描写したでしょ? その時はなんとなく二つって言っただけだったんだけど、それで今回思い至ったんだ。地上でこんな光景を、見てみたいなってね』
【SFの部屋】
スリバチ盆地。
天を仰げば薄紅の朝焼けに染まる空、霞む地平に覆いかぶさるように沈みかかる巨大な、巨大な月。
この地に住む者はいつか気がつく時がくるのだろう。
この大地が博き宇宙の片隅に浮かび――巨大な天体の周りを廻る、己こそが衛星であったのだと。
けれど今はまだ、それを知る者はない――。
「ををを……カッケェー!」
「良い、良いよこれは!」
「空に巨大な月……いや母星!」
「空から別の星の表面が見えるよ!?」
「なんかこう、一気に別世界! て感じの光景だな!」
「この絶景は地球では拝めないね……」
「ようやく別の星をつくってる実感が湧いてきたよ……」
「ノリで生まれた月がまさかこんな形になるなんて」
「なんだか感動だなぁ」
「エースエーフ星の設定もいい感じに決まってきたね!」
「いやーまさかこんな形で着地するとはなぁ。見直したよ遠闇」
「これでよ~やく! いよいよ! 次の段階に進めるね!」
「次の段階とは………? そうそれはっ!」
「モフモフ!!!!!」
「モサモサ!!!!!」
「フワフワ!!!!!」
『そろそろAチームパート終了だからそれはまた今度!』
「「「えええええええっ!!!?」」」
つづく
2023/02/23 追記
「後から冷静に考えてみるとエースエーフ星逆回転させなくても太陽昇る向き東からになったんじゃね?」
「太陽が東から昇るためにはあの図は南から見た図ってことになるんじゃね?」
「逆回転議論完全に無意味だったな! すまんな未来の天文学者!」
「まぁでも面白いからこれでいいのだ」
「遠闇君は特殊な訓練を受けています」
「受けてないけどアバターだからグラサンで太陽見ても大丈夫なのです」
「よいこの皆は太陽を見る時は専用の遮光板を使ってね」
「太陽光には目に悪い不可視光も含まれているから、眩しくなくなるからってグラサンを使うと紫外線や赤外線に目をやられるぞ!」
「限りある目を大切にしましょう。一つ目フェチなブレインズからのお願いでした」




