思考25 天文学者はとても偉大〈Aチーム〉
【SFの部屋】
スリバチ盆地の夜は未だ明けない。
霞がかる空の切れ間から二つの月が地表を照らし、巨大な蓮を思わせる植物の威容を浮かび上がらせている。
遠闇『前回までのあらすじ』
遠闇『この星の動物を考えるための脚の本数を決定するための重力等の物理法則を考えるためにエースエーフ星がどんな天体か考えるよ』
「紆余曲折が過ぎる」
「会議の議題を決めるための会議のための決起集会開くための打ち合わせ的なウザったさ」
「日本の悪しき風習だな」
「ただキュートな動物を生み出したいが為にまさか天体の詳細から考え始めようとは誰も思うまい」
「しかしだよ、宇宙に浮かぶ天体について思考を巡らせるという事は、つまりこれから話し合うのは……」
「万有引力……!」
「相対性理論……!」
「だからここにはそれを理解できるブレインズはいないんだって!」
「宇宙の時の二の舞になるぞ!」
「あれ考えた時どれだけのブレインズの頭がパンクしたと思ってるんだ!」
「頭ないけどなー!」
『大丈夫、ここは現世界とは異なる宇宙! 雰囲気で考えればいいんだ! 雰囲気で考えれば理論は後からついてくる』
「そんな無茶苦茶な!」
『だって君たち――
”重力とは、質量によって生じる時空の歪みが他の物体を引き寄せる作用である”
とか聞いてどう思う!? 時空の歪みとかどんなラノベだよって思うでしょ!?
虚数とか量子スピンとか、物理学なんて事象の理由を突き詰めれば最終的に「なんか知らんがそういうモノ」としか言えなくなるものなのである!!
』
「うーん。最後の小さい声が若干気になるけど、我々にはどう足掻いてもこれはチンプンカンプンな分野だし……」
「とにかく一度遠闇の話を聞いてみるかぁ」
キーンコーンカーンコーン
『アテンションプリーズスチューデン!』
「なんだなんだ」
「なんかはじまったぞ」
「ちょっと男子ぃー。先生の声が聞こえないじゃん静かにしてよね」
「そーよそーよ」
「ブレインズに喋るなってそれ僕らのアイデンティティが根底から揺らぐぞ」
「お喋りするしか能がない存在なんだから」
「脳もなけりゃ影も形もないんだぞ、お喋りをやめた時点で私たちの存在意義は失われる」
「あっはっはっは、なんだかSF小説なら中々どーして重いテーマになりそうな業背負ってるんだなー」
「当事者は暢気なもんである」
「は~い皆~カエルティーチャーがしょげてるからそろそろ注目してあげようね~」
「相変わらずの無駄話」
「この作品は100%の無駄話で構成されている」
「この物語は100%の紆余曲折で出来ている」
『ウオッホン、まず整理をしよう。現状我々の目指す世界は? はいそこのブレインズ君』
「ドラゴンが飛べる環境をもった世界です」
『そのとーり。そのために我々がまず最初にこのエースエーフ星につくったものと言えば? はいそこのブレインズさん』
「重気体と軽気体、密度と重さの違う二重の空気を設定しました」
『その理由も言えるかな? はいそこのブレインズちゃん』
「元々の発想の発端は“有害な気体から逃れた結果飛行能力を獲得”って仮説から、“盆地内部のみ有害な重気体に包まれている”っていう方向に軌道修正されました」
『ザッツライト! とどのつまり、二重の空気の設定は、最終的にドラゴンが飛ぶための設定じゃなくなった訳だよ。我々はまだこの星でドラゴンが飛ぶに足る有力な根拠を示せてはいないのさ』
「なんと」
「そ、そうだったのか……」
「てっきりその辺りは初期段階でクリアしてるものと思い込んでいた」
「なんでそんな一番重要な設定を後回しにしていたんや僕ら」
「確かSFの部屋に何をつくるかの初っ端の段階で一瞬話題に出ていた筈では……?」
「ちょっと回想してみようぜ」
~思考6・リプレイ中~
「地球でみられる物理的な動きって重力以外にも惑星の大きさやら気圧やら色んな要素によって絶妙なバランスで成り立ってるから、これの設定決めるのは中々難しいんでない?」
「じゃあこれは一旦置いておこう」
「面倒なものは全部置いておきましょうねぇ」
「いつかきっと詳しい人が教えてくれるさ!」
「他力本願極まる」
「頓挫濃厚定期」
~リプレイおわり~
「ぅおい思考6のブレインズよぉッ!!」
「サラッと棚上げしてくれちゃってからに!!」
「それ!! いっちゃん重要なとこ!!! じゃん!!!」
「後回しにしても結局考えなきゃいけないのは同じブレインズなんだからな!?」
「これはもはや惨敗確実では」
『そろそろいい加減盆地の外の環境も考えていかないと、重気性生物の天敵への対抗策も考えられないし。動物を詳細に設定していくうえでこの先は外の世界にも目を向けないとだよね』
「そっかぁ……それじゃあやっぱりどうしてもこのテーマは避けられないものなんだね」
「ねぇね、どうせならあそこで話そうよ。話題的にはピッタリでしょ?」
「おっ、いよいよあそこを使う時が来たか」
「いいね、面白そう」
「よーし、それじゃあ早速移動だー!」
【細胞の部屋】
広大な宇宙。
深い闇に目の醒めるような銀河が広がっている。
宇宙を漂うそれなりのサイズのカエルが一匹と姿なきブレインズがいる。
「20話ぶりの宇宙だ!」
「つくった直後に遊びに行ってエネルギーの爆発に巻き込まれて逃げ帰って以来すっかり存在を忘れていた細胞の部屋の宇宙だ!」
「遠闇が酔ってアバターなのにケロケロしていた宇宙だ!」
「わあすごい、ちょっと見ない間にこんなに様変わりしてるぅ!」
『すっかり落ち着いたみたいだね。よし、それじゃ早速始めようか。……なんか空中漂ってるの居住まい悪いし足場でもつくろーっと』
……ヒタ
「宇宙を漂う電気ポットにしがみつく小洒落たクッションサイズのカエルという珍光景」
「なんで電気ポット?」
『外のブレインズに“適当に思いつく名詞答えてみて”って言って最初に出てきたのがこれだったから』
「相変わらず決め方が緩いな」
「それ絶対目の前にあったから答えただけだよな」
「つくったばっかの宇宙に粗大ゴミ投棄するなよ?」
『しないわい! とにかくこれでやりやすくなったし、始めていくぞい!』
「おー!」
「はーい!」
『じゃあとりあえず太陽があるのは確定だから太陽用意しよう!』
カエルの眼下に眩く輝く恒星が現れる。
『びゃっ』
「どうした遠闇?」
『……眩しすぎて目が潰れた』
「太陽を直に見ると大変危険なので絶対にやめましょう」
「ブレインズとの約束だぞ!」
「もっと早く注意してあげなよ」
「はーい、アバターなの忘れてうかつな事する遠闇ちゃんが悪いと思いまーす」
「いいかげん話を進めないと時間が来ちゃうぞ」
「遠闇ちゃんが行動不能になったし我々だけで進めていっちゃいましょうか」
「ちなみにこの太陽についての詳細はどうする?」
「明るくて大きい巨星? それともより光が弱くて質量の軽い矮星?」
「さぁ? その辺は今決めなくても、きっと未来の学者が解明してくれるさ。とりあえず光ってりゃ太陽でしょ」
「頼んだぜ未来の学者くん!」
「だから知的生命体すらまだ生まれていないというのに」
「そういえば以前、地球における月のように常に太陽に同じ面を向けている居住可能型惑星も存在するんじゃないかと考えてみたことがある」
「調べてみたら実際に矮星にそうした惑星がある可能性は高いらしいよ。詳しく知りたい人は“赤色矮星 潮汐固定”で検索してみてちょ」
「ちなみに月面が常に同じ面を地球に向けているのはまさしくこの潮汐固定によるものらしい」
「なんだ、やっぱりちゃんと科学的根拠があったんだな。怪しいとは思っていたんだ、常に同じ面を向けているなんて」
「ええ~、自転速度と公転速度の奇跡的な一致によるものとかじゃないのかぁ、なんかショック……」
「そうか? むしろあらゆる現象にきちんと科学的理由があるなんて浪漫じゃないか?」
「どうやってそんな現象を解明したんだろうね?」
「すごいね」
「このエースエーフ星をつくる時に地球と差別化を図りたくて、実はこの潮汐固定も候補として考えたんだけど……そうすると昼夜も季節もなくなっちゃうんだよねぇ」
「潮汐固定された惑星も浪漫なんだが安定した環境では生物の進化は促進されないのでは……と考え却下されたのだったな」
「まぁ思考6ではその辺丸々ディレクターズカットされたんだけどな!」
「勘違いしないでほしいんだけど、アタシたちだって思考6で何も考えず丸投げした訳じゃないのよ? 色々と考えた上で真面目に匙を投げたのよ」
「よくよく聞いても胸を張れることじゃないな!?」
「それじゃあ改めて、既に決まっている事ってなんだ?」
「たしか、冬だけで数百日あるんだったよね。他の季節は特に決まってない」
「自転周期は一日60時間って決めてあったはずだぜ!」
「つまりは少なくとも、自転も公転も地球より遅いってこと?」
「自転が遅いとなると、遠心力が弱い分重力の影響が強くなるよね?」
「うーん……それは星の引力をどの程度に設定するかによるんじゃないのかしら」
「天体の大きさが地球よりずっと大きければ表面の回転スピードは地球より早くなって、遠心力もより働くしね」
「あ、そっか」
「重力が弱い方が楽に飛べそうだよね」
「まず大前提として、重力の弱い地で飛ぼうとしたらどうなるんだ?」
「わからん! わからんから前はこの部分の答えが出せずに先送りになったのだ!」
『無重力でも揚力はちゃんと働くらしいよ』
「なんか電気ポットの中からカエルが参加してきた」
「遠闇ちゃん避難してるのそれ? サイズきつくてみっちみちだけど」
「小さいサイズに戻れば?」
『……そうする』
「揚力が働くなら重力の弱い星にしちゃえー! ……って、決められちゃえば良いんだけど」
「ここに来て脚の数問題だな」
「俺としては、出来るだけ地球とは違う見た目の生物を考えたいところだ」
「そもそも自転が遅いと大気の流動もない、つまり飛ぶための風が吹かないのではなかろうか?」
「いや、太陽側の地表と裏側の地表の温度差で大気の流動が起きている可能性は捨てきれない」
「ハイハーイ、それに関してだけど……重力が弱い星では、そもそも大気が地表に留まらないのじゃない?」
「えっ」
「まじか」
「そうか……重力が弱い星って基本大気量も少ないよな……? 月とか火星とか」
「脚の数だけじゃなく、そういう意味でも重力が弱いってのは不都合があるか?」
「……ううむ……」
「ここまで思い思いに意見を述べてはみたが……各々どうだろうか?」
「正直重力弱い星での物理法則がよく判らん」
「重力が弱い場所に生まれる生き物の形もイマイチ掴み切れない。グネグネしてんのか?」
「重力が弱いと大気の多くが宇宙外にすっとんでいってしまわないだろーか」
「かといって重力が強いとちゃんと飛べるのかが不安」
「できれば地球とは違う特徴を持った天体にしたいところだけど」
「大きさとかね?」
「このテーマはちゃんと着地できるんだろーか……?」
『あっそっか! できたよブレインズ!』
「なになに?」
「どーしたん?」
『これまでの君たちの話を聞いて、その辺の要素をうまい具合にまとめる画期的な案を思いついたんだよ!』
「おおっ」
「まじか」
「このままだと生物設定に取り掛かれないしいい加減この話題も次話で終わらせたいんだけど、本当に大丈夫そう?」
『オッケーバッチコーイ!』
「期待してるぞ遠闇」
「マジで頼むぞ遠闇」
「電気ポットに閉じ込められてる場合じゃないぞ遠闇」
『いやなんか小さくなった拍子にフタが閉まっちゃって』
「そんな訳で――待て、次号ッ!」
つづく




