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◆探検2◆ すくい上げ移載機持って来て


【幻想の部屋】


 バースデー洞窟縦穴。

 カピバラの目前には碧い洞窟湖が広がり、その水面は天井から降り注ぐ光によってざらつく岩肌になめらかな波紋を揺らしている。

 天井にぽっかりと空いた穴の向こうには遠く綿のような雲が浮かぶ。そんな綿から舞い落ちる綿帽子のように入り口付近をフワフワと飛んでいるのは羽虫だろうか。


 次に湿った地面を見れば苔が至る所に絨毯を広げており、その苔上に不思議なものが転がっているのを目にするだろう。まるで透明なビニール袋に水を入れて口を縛ったような潰れた饅頭型のそれは、実はゾールというれっきとした生き物なのだ。

 3cmから大きいものでは30cm程の大きさのそれはよく見るとゆっくりゆっくりと苔の上を移動している。カピバラは足元にいる3cm程の大きさのゾールをじっと観察してみる。


 10分後、ゾールは5mm移動した。カピバラはそれを見ている。


 20分後、ゾールは10mm移動した。カピバラはそれを見ている。


 30分後、ゾールは15mm移動した。カピバラはそれを見ている。



「いや、静止画かッ!!」

「野菜もぐもぐしてたと思ったら何故か唐突に時が止まるカピバラあるあるか!」

宵闇|《ちゃんとゾール君が時速3cmで動いているよ》

「遅いよ!! 時速47cmのカタツムリを遥かに凌ぐよ!!」

「それをひたすら眺め続ける宵闇君も気が長すぎるよ!!」

「動きがないからムチムー君がいる辺りまで移動してー!」



 やいのやいのと騒ぐブレインズに急かされてカピバラが少し歩くと、壁際の葉陰に体長20cm程もあるムチムーを発見した。

 丁度自身の半分のサイズのゾールをつるりんと吸い込んで食事している。



「こんなにでっかいのか」

「イモムシ苦手な人は悲鳴をあげるレベルだね!」

「ムチムー君てイモムシなの?」

「ムチムーはムチムーだよ」



 そうして歩いてみると何匹ものムチムーやゾールを見つけることが出来た。


 ゾールの動きはひどく緩慢だ。カピバラがそっと前脚でゾールをつついてみるとゼラチンのようにぷるんと震える。ゾールはこうして苔の上を移動しながら食事を摂る。このゼラチン質の体表で苔で生活している微生物や小さな虫を取り込み体内でゆっくりと消化していくのだ。



《苔は食べないのかな》

「こう見えて肉食だからね。間違って取り込んじゃった苔や土は一つにまとめて体外に排出されるよ」



 一匹のムチムーが苔の絨毯に近づいてきた。

 短い八本肢をえっちらおっちら動かして、ゾールをもぐもぐしに来たようだ。こちらもあまり速い動きとは言えないがスピードでいえばゾールとは比べるべくもないだろう。苔の上に到達したムチムーはしばしその場に立ち止まって小刻みに震え、苔の上を歩いてはまた少し立ち止まって小刻みに震える動きを繰り返している。



《これは何をしているんだい?》

「鳴き袋から音を出して雷の精霊クンショウモの力で微細な電流を発生させているよ」

「体表で電気の流れを感知してゾール君がいる方向を特定しているんだ。ムチムーは近眼だからね」



 ムチムーはその食事もユニークだ。

 雷精霊の力で自分より小さい手頃なゾールを見つけたムチムーはいそいそと獲物へと近づいていく。ゾールはムチムーを見て逃げ出すなんてこともないからそれはもう悠々と食事ができることだろう。


 ムチムーはまずゾールに添わせるように膜のような口を広げて覆っていく。三分の一ほどを包み込むと、今度はまるで掃除機がゼリーを吸い込むように器用にまるごとゾールを吸い上げてしまう。まるっこいイモムシ型の体型がより一層丸みを増したら、最後にギュッと身体を縮めて、お尻付近の一対の突起から余分な水分を排出するのだ。



「どうだいこのユニークな食事方法は? 繊細なゾール君を壊さずに吸い込む様はもはや職人芸とすら言えんかね?」

「ゾール君は下手に持ち上げるとすぐ壊れちゃうからな」


《そうなんだ》



 かぷっ



《本当だ、すぐに形が崩れちゃって食べるのは難しいね》


「いやそれよりアタシは宵闇ちゃんの行動にビックリしたよ!?」

「ナチュラルにゾールぱくつきにいったね今!?」

《遠闇君がキノコの食レポをしたって聞いたから、僕もやってみようかなって》

「あんな遠闇(ブレインズの適当代表)の真似しなくても」

「ああっうちの子が(いい加減さに定評)(のある両生類)と付き合ったせいでおかしくなっちゃったわ、ヨヨヨヨ……」

《確かに生態を調べる上で実際にもぐもぐしてみた時の様子も貴重な描写かなと思って》

「やっぱりうちの子めっちゃ真面目だった」



 形の壊れたゾールからは水分が染み出しすっかりペチャンコになってしまった。しかし、この最弱の生物が真価を発揮するのはここからだ。



「なんとなんと、ゾール君はこの状態から復活するんだぞ!」

《それはすごいね》

「でも今観察するには時間が掛かりすぎない?」

「そんなこともあろうかとこちらに完成したものを用意しました!」

「3分クッキングかな?」



 元々20cmサイズだったゾールは、いまや5cmサイズの15匹のゾールに分裂し、それぞれが核を持ち動いている。



「プラナリアみたいだね」

「不死身ッ、圧倒的不死身……!」

「ゲームで言うところの“斬ると増殖する厄介な敵”みたいな?」

「勇者ピーンチ!」

「でもこの状態まで復活するのに22時間かかるよ」

「それ待てる勇者ってもはや丸一日ただゾールの増殖観察してるだけのゾール愛好家だよね」


 そんな話をしているとカピバラの前をしゃなりしゃなりと赤い影が横切る。



「あっ、ヒラタムカデ君だ」



 体長50㎝の細長いヒラタムカデが滑らかに足を動かして洞窟内を闊歩している。

 触覚で地面を探りながら、外から迷い込んできた昆虫などの獲物を探しているようだ。



「よぅし、それじゃあ次はヒラタムカデの観察を――……」



 その時、洞窟内に風が吹き抜けた。

 その瞬間地面に転がる小石達が縦横無尽に飛び跳ね出した!



「来た来た来た来た!」

「バースデー洞窟名物あばれ石!」

「地鳴りとところにより石が飛来するでしょう♪」

「全方位ご注意クダサーイ♪」



 何十、何百もの石塊が互いにガチッと噛み合い、又は反発しあって予測不能な方向へ飛んでいく。ひと摘まみほどの小石が幾度も壁を跳ね返りスピードを増しながら弾丸のように吹っ飛んでいく。


 ヒラタムカデは慌てて地面に潜った。

 ムチムーは石にぶつかってポヨンと転がる。

 ゾールはペシャッと潰れてしまう。



「あぶなーい!!」



 カピバラが一歩左にずれて石礫を回避する。



「前からも!!」



 カピバラは更に後に3歩ずれて石礫を回避する。



「何事もなく避けてる!!」

「宵闇君の最強化が止まらないよ……!!」



 間もなく風がやみ、周囲は静けさを取り戻した。



「…gichchch…」



 一匹のヒラタムカデが地面の穴からひょこっと顔を出し、触角を揺らして周囲を探っている。



《丁度いいから生き物たちの回避行動をみていこうか》



 こうした時ヒラタムカデは身体の薄さが役に立つ。大小の石が飛び交う中でも地面すれすれを素早く移動が可能だ。また頑丈な外郭は少々石がかすった程度ではびくともしない。



「硬い岩の地面に穴を空けたのは地精霊の共鳴現象だ」

「でた、地の精霊アメーバさん!」

共鳴(なきごえ)により脆くなった地面を掘り、外郭が変形した側板を動かし穴に潜り込む」

「それで石の雨から逃れるって寸法さ!」

「まあヒラタ君が地面を削るお陰で脆くなるわ飛び交う小石が増えるわの悪循環なんだけどね!」

「お前のせいか!」

「まあまあ、砂利ばっかりにならないのもヒラタ君が適度に地面を固めてくれるからだから」



 一方のムチムーはというと、ヒラタムカデと異なり素早い動きは出来ない。時には地面、時には壁に張り付きその場にじっと留まることでひたすら時が過ぎ去るのを待っていた。



「ムチムー君の身体はゴムみたいに弾力があるから少々の小石の飛来は皮膚が弾き返すんだ」

「つよい皮膚だね!」

「それでも運が悪いと潰れちゃうんだけどね……」

「そこは自然の厳しさよなぁ」



 そして今このムチムーにもう一つの驚異が迫りつつあった。 外界からの侵入者、天敵フィンドリザードである。ムチムーもヒラタムカデも丸呑みごっくんしてしまう恐ろしい生物だ。



「宵闇ちゃん、これはムチムーのもう一つの回避行動が見られるかもしれないよ」

《それじゃあ邪魔しないように離れて観察してみようか》



 見守るブレインズたちを尻目にどこかから現れたフィンドリザードは周囲を見渡しながら洞窟内を闊歩していく。


 やがてその進行方向に一匹のムチムーを見つけ、その足を止めた。一方のムチムーも共鳴による探知で敵の存在に気が付いたのか、動きを止める。


 ムチムーの大きさはフィンドリザードの頭よりも若干大きいが、このくらいの大きさの獲物をフィンドリザードはなんなく呑み込んでしまう。

 絶体絶命だ。


 両者動きを止めてじっと相手の出方を窺う。

 緊張の数秒、ムチムーが身じろぎする。次の瞬間フィンドリザードが猛烈な勢いで突進を始めた。方向転換を始めていたムチムーをひと飲みにせんと短い牙の並んだ恐ろしい口が迫る。


 カピバラは次の一瞬にはこのムチムーは哀れにもトカゲの口の中に飲み込まれるのだろうと考えた。ところが、そうはならなかったのである。


 後ろを向いたムチムーのお尻から勢いよく液体が噴射された!


 それは間近に迫ったフィンドリザードの目に直撃し、不意を突かれたフィンドリザードは慌ててその場から退散していったのだった。



「おおー!」

《やったね》

「一同ムチムーの健闘に拍手ー!」

「両手ないけどな!」

「いやーいいものを見た!」



 逞しく洞窟で生き抜く生き物たちの姿に喝采を上げる宵闇と仲良しBチームはこうしてバースデー洞窟の探検を終えたのであった。



《……そういえば、ゾール君の回避行動についてはどうなってるのかな?》

「ゾールは普通に潰れるだけだぞ」

「普通に潰れて壊れる」

「だってゾールだもんな?」

「これだからゾールってやつは……」



つづく


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