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◆探検1◆ 擬態、軟体、キノコみたい?カサセオイ観察隊!


【SFの部屋】


 夜のスリバチ盆地。

 カエルはでこぼこで妙に弾力のある足場を四つ足でひょこひょこと移動していく。


 この辺りと目星をつけて薄青から桃色に彩られた一画に近づいてみると、網目状のキノコが何層にも重なり少しづつ大きくなっており、表面や根元には成長しかけの小さな仲間のキノコや中くらいの仲間のキノコが身を寄せ合っている。

 キノコといってもカエル一匹からしたら充分に立派な建造物だ。すぐにでも飛びついてジャングルジムよろしく遊びたい……もとい、詳しい生態を調べてみたいところではあるが、今日のお目当ては他にある。


 しばらくキノコの群生コロニーを注意深く眺めていると、いくつかの子キノコが表面をゆっくりと移動していることに気がつくだろう。そこで更に近づいてみると、果たしてそこにお目当てのものを見つけることができた。



遠闇『カサセオイ君第一号発見!』



 周囲に溶け込むように薄紫色の網目柄の殻を背負ったカサセオイがそこに居た。本物のキノコと違って殻には隙間などないのだが、面白いことに柄の印影と少しの凹凸がだまし絵の如く本物さながらの質感を見せている。

 カサセオイは、とても変わり身上手な生き物なのだ。

 体は軟体で頭の辺りにぷっくりとした一対の触角が生えており、鮮やかな青色に白の斑点と数本のラインが浮かんでいる。腹をゆっくりと波打たせながらキノコの網目状の淵を這い進んでいく。


 嬉々として近寄るカエルを気にも留めずにキノコの表面をざりざりと削り取るカサセオイは全長15cmほどで、今のカエルからしてみれば自身の3倍ほどの大きさだ。



『このカサセオイ君を考えたのは誰かな?』

「僕たちさ!」

「その名もアオイロカサセオイだ!」

「まんまだ!」

「判りやすくてよい」



 カエルが目の前に回り込んでもカサセオイが止まる気配はない。

 カサセオイは触角の後ろに点のような小さな目がついているが、そもそも明暗を感じるくらいしかできず、よって自分より小さい物体が周りをうろちょろしていても気が付かないのだ。

 黄緑色の障害物に先端がぶつかるとカサセオイはようやく歩みを止めた。ちょうどいいとばかりにカエルは吸盤付きの4本指でペタペタと触れてみる。



「カサセオイの体表は乾燥避けとスムーズに殻に引っ込むために粘着質な水分を分泌しているよ」

「どう? 遠闇くん。ねちょねちょ?」

「ヌメヌメ?」

『んー……たしかに少し濡れてるけどそんなに粘っこい感じはしないよ。思ったより清潔的。オイラのぴちぴちボディには負けるけどね!』

「自販機とかに張り付いてるアマガエルって意外と乾いててピトピトしてるんだよね」

「あの吸い付き感がとってもキュート」

「あ、行っちゃった」



 触れられるのを嫌がって離れていくアオイロカサセオイ。通ったあとの道がわずかに濡れている。



『よーし気を取り直して次を見に行こう!』

「遠闇ちゃんあっちあっち、あそこにアタシらが考えたコがいるよ!」

『あっちってどっち!?』

「地面がオレンジとか赤とか白とか茶色でまだらになってるところ!」



 ブレインズに促されながら向かったところは先ほどとは違い、多種のキノコがひしめき合って視覚的ににぎやかだ。



「ここには色んな種類のカサセオイもいるぞ」



 その言葉通りキノコの中でモソモソと動く白いイボイボの塊を見つけて、すかさずカエルが飛びついた。



『二匹目ゲーーーット!! ……もきゅ』

「あっ」

「うわぁっ」



 衝撃に驚いたカサセオイが殻の中に引っ込んだことでバランスを崩しひっくり返った殻にカエルが押しつぶされる。日頃ゆっくりとキノコの上を這いまわる姿からは想像もできない素早さだ。外を出歩いている時よりも家に引き籠ることに全力を注ぐ……何かを彷彿とさせる生き様である。


 そうこうしているうちにカエルはなんとかイボイボの隙間から這い出してきた。



『あーべっくらこいた』

「こっちのセリフだわ」

「なんだろうこの、一瞬目を離すとどこに走り出すか判ったもんじゃない危なっかしさ……」

「まあ丁度いいから今度は殻に引っ込んだ様子を観察しようじゃないか」

「この子の名前はシロツノカサセオイだよ」

「隠れちまったが体表も白くてフリルのような二重のひだひだがチャームポイントだ」



 カタツムリかウミウシかといった風情のカサセオイだが、その殻の入り口には分厚い蓋がついている。それが今はカッチリと閉じてほとんど指の掛かる隙間もない。



『ぐぬぬぬ…………開かぬ』

「当たり前です」

「カエルごときの力で開いちゃったら問題でしょーが」



 カサセオイたちの殻は家であり盾だ。敵が来た時にこうして閉じ籠る他にも、昼間の最も重気体が薄くなる時間帯を殻を閉じて低呼吸の極限状態でやりすごす。殻に閉じ籠り息をひそめてしまえば見事に周囲の景色に溶け込んでぱっと見にはその存在に気が付かないだろう。



「そこにも一匹黒と茶色の松ボックリみたいな殻を持った奴がおるぞい」

「頭に2つとお尻に1つ、オレンジのフサフサがついたキハナクロボックリカサセオイだよ」

「ボックリて」

「だんだんネーミングが楽しくなってきた感ある」

「この周辺にはところどころ長刀茸みたいな形のキノコが生えてるな。この触角とお尻のフサフサはそれの擬態なのか」



 こうして見てみると、カサセオイには派手な色の種類が多いことがわかる。中には全身地味な松茸色なんてものもいるものの、派手色も地味色もどちらも多様なキノコの中では一律目立たない存在だ。



「どうかな遠闇ちゃん。これが地味派手論争の答えだよ」

『なるほど。キノコ型の殻が擬態なのに対して派手な体色が邪魔になるかと思ったけど、体色や触角の形も擬態の一種だったわけだ』

「木を隠すなら森の中」

「シマウマを隠すならサバンナの中」

「派手色カサセオイを隠すならカラフルキノコの森の中ってことさ!」

「うまいこと収まったもんだ」

「ホントホント」

『ひょぅっ!?』



 突然カエルのお尻にヒヤリとしたものが当たった。振り返るといつの間にか側に来ていた20cmほどの薄桃色のカサセオイが、少し頭を持ち上げて目の前の道を探るように左右に動かしている。

 問題は、頭を振る度にカエルのお尻や背中に濡れた蒟蒻でもって撫でられるような感触が走ることだ。



『あひゅっ……あっ、ちょ、ぬ、ぬるぬるすりゅ……っ!』



 慌てて逃げようとするが、4倍もの大きさのカサセオイは小さなカエルを避けて移動する気はないらしい。そのまま小石に乗り上げるような気安さで上にのしかかってきた。



『にょわああ背中がざりざりいってるぅぅぅっ』


「カサセオイは地面と接する先端部に卸金のような形の口を持っていてキノコの表面を削り取りながら移動するんだ」

「それにしてもおっきいなぁ。殻が大人の握りこぶしくらいあるわ」

「周りのキノコはそれよりもっとずっと大きいってんだから凄いよね」

「こっちも凄いことになってる」


『あっあっソコはらめぇぇっ! ソコ柔らかい( ヨワイ )のぉぉっ……あふぅ』



 カサセオイの通った後には波打つように這う腹足になされるがままにねぶられ地面でペッタンコになったカエルが残された。



『……うぅ……オイラのぴちぴちポディがぬろぬろのテカテカにされた……』


「ちなみに通った後に残る分泌液は仲間を呼び寄せるフェロモンの効果があるぞ」

「フェロモンの道を辿ることで貴重な仲間と出会って交配出来る機会を増やす狙いがあるんだ」


『解説どーも……』


「そして殻の中で卵が孵ると親指の爪くらいの殻を持った子どもたちが出てくる」

「丁度あそこに一匹小さいのがいるね」



 ブレインズの言葉を聞いてペッタンコのままやさぐれていたカエルがガバチョと起き上がる。



『ぐふ……ぐふふ……ぐふふふふ……』

「遠闇がおかしくなった」

「粘液でヌラヌラにされて変な嗜好に目覚めちゃったのかな?」

「先程は眼福で御座った」

「オイ誰だカエルと軟体動物のヌルヌルプレイなんてマニアックな嗜好持ってる奴は」


『シャラップシャラーーーップ!! たかだかちょっと派手なカタツムリの分際で捕食者たるカエルに造反しようなどとはぬぇぇい小賢しい! この上はオイラにもぐもぐされて腹の中で己が立場を自覚するがよいわーーーっ!』


「ああーっ! いたいけな子カサセオイになんて事をーっ!?」

「この遠闇! カエル! 両生類!」

『ぐふぁははは、所詮この世は弱肉強食よォーーーっ』



 騒ぎ立てるブレインズを尻目に小さなカサセオイに飛び掛かると目にも止まらぬ速さでカエルの舌が獲物を捕らえる。そのまま小カサセオイは瞬くうちに捕食者の口の中へ吸い込まれていき……それっきりカエルの動きが固まった。



「……ど、どうしたの遠闇ちゃん?」


『……かりゃにベロはひゃまれた……』



 この日一匹のカエルの両生類としての沽券が地に落ちたりなんかしたものの、話の進行上特に大きな問題はない。



つづく

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