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闇夜に紛れて

 (なるほど、先ほど拷問して聞き出した内容とは一致しています。それに先程は引き出しそびれた情報も得ることが出来ました。ただ、全く警戒されていないわけではないと。金髪の人間の価値については教えてくれませんでしたが……ま、当然でしょう。……しかし今日は疲れました。ええ、本当に。)


 空には満月が昇り動物達は寝静まった頃、少年は1人で思考していた。

 岩に腰かけ薄っすらと笑みを浮かべながら今日起こった事を思い返していたのだ。

 たった一日の間に少年は神と出会い、異世界へと転生し、命を奪い、そして明らかに特殊な少女と出会った。

 それは普通に考えれば明らかに濃密すぎる一日だ。

 本来ならば同時に起こるどころか一生に一回あるかないかの出来事しかないのだから。


 そして仮に命を躊躇なく奪えるとしても化け物ではなく人であることには変わりない。

 つまり少年は疲れているのだ。

 まるで徹夜した時と同じぐらいには。


 だがそれでも少年は眠らない。

 何故ならば今晩中に必ずやらなくてはならない事が1つあるからだ。

 しかもその事を誰にも少年がやったと知られてはいけないのだ。

 それゆえに少年は旅の同伴者、つまりシャルロットが寝付くのをずっと待っていた。


 唯一少年にとって幸いなことはシャルロットもまた疲れているという事だ。

 少年に対する警戒心は間違いなくあるが、それとて眠気に勝るほどの物ではない。

 その上、もし少年が何かしようと思えばどれほどシャルロットが警戒していたとしてもそれを防ぐことが出来ない、つまりある種諦めの感情も混ざっているのだ。

 

 暫くしてシャルロットから安らかな寝息が聞こえてきた。

 とても少し前に襲われていたとは思えない安らかな眠りだ。

 まがいなりにも穏やかな時間を過ごせた事で緊張の糸が切れてしまったのだろう。


 そしてそれこそが少年が待ち望んでいた時だった。

 猫のようにしなやかに岩から降りると足音1つ立てずに昼間に通った道へと向かって行く。

 それも非常に穏やかな顔つきで。


 「確かあの村人は彼らの村はここまで来た道を辿っていった方向にあると言っていましたか。早速行くとしましょう。こちらの利になる確率がなく、危険になる確率があるというのならば排除しておかなければ。それに何よりも金は欲しいですし。」


 何やら物騒な事を呟きながら少年は来た道を辿り始めた。

 そこにはやはり狂気は感じられない。

 ただ楽しそうに笑みを浮かべて走っているだけだ。


 「しかしまぁシャルロットと出会えたのは僥倖ですね。これから彼女と共に行動するのであればまず間違いなく面倒事に巻き込まれる事になるでしょう。そしてその中にはきっと私が望むものもあります。そうなれば……実に面白い。」


 楽しむために面倒事に巻き込まれようとする。

 それは到底普通とは言い難い考え方だ。

 だが少年にとってはそれが面白い事なのだから仕方ない。

 ある人間がチェスを面白いと思うように少年にとっては面倒事、そしてそこに含まれる物を面白く思っているのだ。


 「ただそうするとこれからどうするのが正解なんでしょうか。当然、今の私では面倒事から完璧に身を守るという事は不可能。つまり、力を手に入れる必要があります。ある程度は今日で解決するのですが……やはり都市に行くべきでしょうね。このままでは装備が貧弱すぎます。」


 少年には知る由もない事だがこの世界には魔法はないが特殊な金属は存在する。

 そしてそれらの金属は当然高価だがそれに値するだけの性能がある。

 この世界に存在する金属の中でも最高峰のオリハルコンならば武器の使い手の技量が同じでも容易に鉄製の武器を砕いてしまうほどの物だ。


 それ故にこの世界において強者を目指す者は皆武器にお金を使うのだ。

 そうである以上少年が多少強かったとしてもナイフ数本しか持っていないのではあまりにも心許ない。


 「さて、もう大分走りましたが……光、ですか。野宿をしているのでないならば恐らくは村ですね。あの男の言っていた。」


 しばらくして少年の目にはぼんやりとした光が映った。

 光と言っても電気の様に明るい物ではない。

 精々キャンプファイヤー程度の明かりだ。

 だが月明かり以外の明かりがないこの世界において少年の目にはそれはいつもより明るく思われた。


 そして少年は走るのをやめてゆっくりと光の下へと向かい始めた。

 誰にも存在を気付かれてない様に慎重に。

 だが少年が曲がり角を曲がった先にあったのは……木で出来た柵だった。


 ただの村だというのに外周は木で出来た柵に囲まれ、見張り台まである。

 中央には焚火があり辺りを煌々と照らしていた。

 さながら軍隊の野営地か何かの様に少年には思われた。


 だが、この世界においてそれはそこまで珍しい物ではないのだ。

 国家に属していればある程度は危険から守られるというのは事実だ。

 しかし戦争ならばともかく小規模の山賊を相手に早急に対応する事など国家には出来ない。

 それ故に村は村である程度の自衛手段を持ち合わせていなければならないのだ。


 そんな村を見た少年は少し驚いた様な表情をして、そして笑みを浮かべた。

 想定外ではあったが別に侵入できない訳ではないと思ったのだ。


 確かに村としては堅固だと言えるだろう。

 だがそれは決して村の範囲を超えるものでは無い。

 満足な武器もなく木の柵を乗り越えて入る事も可能、それに何より見張りの人数はたったの1人なのだ。


 村側が想定しているのは数十人の盗賊が襲いかかってくる様な事態。

 1人で侵入しようとする者がいるとは考えていない。

 つまり盗賊ならば何人もいるため辺りを適当に見渡していても侵入する際に一人ぐらいは見つかるのだが、少年一人が侵入する場合は全ての場所をある程度しっかりと見張らなければ見つける事は出来ない。

 

 そして村でも自己防衛をしなければならないような世界の村であっても盗賊が攻めて来るという非日常な事態はそう多くはない。

 流石に見張りを放棄するというわけではないのだが、それでも見張る事に注意が向かないのも事実。

 つまりこの村の見張りはザルなのだ。


 その事に少年は気付いたので門の近くで待ち続ける。

 まるでその地に根を下ろしたかのようにただひたすらに機会が到来するのを待つ。

 風が吹いても月が隠れても木の葉が身体に飛んできても、それでもただただ冷静に機会を待ち続ける。

 

 そして月が下り始め時刻が深夜二時を迎えたかという頃、見張りが焚火の火が消えかかっているのに気が付いて下へと降り始めた時、少年は動いた。

 一切の物音を立てずにこっそりと門から入ると直ぐに近くの家の陰へと隠れる。

 そしてナイフを後ろ手に持ち見張りの背後へと回り込んでいった。


 だが見張りは何も気付かなかった。

 それは仕方がない事ではある。

 彼は昨日も見張りをしたのだが今日見張りに就くはずだった者は何故か村に帰って来ず今、日もやる事になってしまったのだ。

 おかげで彼の疲労は限界に達しかけていたのだ。


 「お疲れ様です。代わりましょうか?」

 

 そんな中、地上に降りた彼の背後10メートルぐらいから声が掛けられた。

 一瞬聞き覚えのない声の様な気がして頭にクエスチョンマークが浮かぶが、善意を無視するわけにもいかないと思って彼は後ろへと振り向いた。


 「いや、結構……!」


 それは正に一瞬の出来事だった。

 振り向いた瞬間こそ少年がこの村の人間ではない事に気付かなかったが、直ぐに少年がこの村の人間ではないと認識したのだ。

 しかし彼は声を上げることすら出来なかった。

 彼が気付くよりも先に少年のナイフが首を襲ったのだ。


 ナイフは喉仏をしっかりと貫通し、彼が声を上げようともがいても僅かに呼吸音が漏れ出るのみ。

 その時の彼の絶望は正に計り知れないほどの物だった。

 断末魔の叫びを上げることも許されず、誰にも気付かれることなく死ぬ運命となったのだから。


 彼はせめてもの抵抗をしようと、少年の目に自らの感情を焼き付けようとした。

 意地ですらなく執念のような、何かおぞましさすら感じさせるような物に彼は突き動かされ、そして……少年の顔をはっきりと見つめてしまった。


 そこにはその瞬間まではそれほど格別な感情は浮かんでいなかった。

 だが彼の瞳が少年の瞳を捉えた瞬間、少年は笑みを浮かべた。

 それはどこまでも自然で……それ故に恐ろしい。


 そして彼の顔にははっきりと絶望が浮かび上がり……彼は死んだ。

 誰にもその死を気付かれる事もなく。

 

 少年は見張りの亡骸をしばらく見つめると焚火の火をかき消した。

 辺り一帯にはほとんど完全な闇が訪れ、少年を見ているのは夜空に光り輝く月のみ。

 死は平等に、そしてひっそりと村人たちの下へと辿り着く。

 それには誰も抗えない。

 ただただ銀色のナイフのみが煌めき、無情にも幾多もの命が失われていく。

 夜が明けるのはまだ先の事になりそうだ。

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