ゲーム開始
暗い。
とにかく暗い。
光の一片もない。
そんな空間に1人の男が佇んでいた。
男は衣服以外何も身に着けておらず、まるで自らがいる場所が何処か分かっていないかのようにキョトンとしていた。
だが、暫くすると自然と朗らかな笑みを浮かべた。
自らがどういう状況に置かれているかを完璧に理解したわけではない。
男が知っているのは自らが死んだという情報のみ。
しかし死んだというのにも関わらず意識があるという事はここからまた何かが始まる前兆だと感じとったのだ。
それが新たな生であれ地獄に落ちるという事であれこれまでとは異なる場所へと行く事になるのだと男は思ったのだ。
「さて、私は死んだ。それは間違いないです。自らが死ぬ瞬間すら分からないほど耄碌した覚えはございません。という事はここはさしづめ死者の世界とでも言うべき場所なのでしょうが……何もないとは退屈ですね。」
「死後の世界、それはあながち間違いではない。実際に君は死んでいるのだから。ただどちらかと言うならば生まれ変わる場所と言った方が正しいだろうか。ああ自分はいわゆる神、という存在だ。ただ一般的に神と言われている存在とは違うがね。」
答えを求めるわけでもなく呟いた男の独り言に答えが返ってきた。
答えたのは黒い衣を纏った明らかに異様な人間、いや神。
何ら違和感を感じさせることなく突然男の右後ろへと現れたのだ。
それはまるでこの空間を支配する闇そのものが動いたかのよう自然だった。
だが、それに気付いた男も軽くため息を漏らしただけでそれ以上の動揺はしなかった。
まるで神が来るのを待っていたかのように。
そして再び笑みを浮かべると覚悟を決めるかの如く唾を呑み込んで神のいる方向へと振り向く。
「それでその神とやらが私に何の用ですか?死んだ者全員と話しているわけではないのでしょう?」
「まあその通りだが……私が神でないにしても何かしらの超常的存在であるという事は分かっているはず。それに君は馬鹿ではないというのに何故私に最大限の敬意を払おうとしないのか?」
ただただ闇が辺り一帯に纏わりつき2人以外に動く物がない中、男は苦笑を漏らした。
あたかも神に対して挑戦するかの如く不遜で、それでいていたって冷静な眼差しのまま。
だがそれを神は咎めようともしない。
ただただ黒い眼で見つめるだけだ。
そこには何の感情もない。
「……失礼。質問に答えるとしましょう。単純にそちらの方が面白そうだからですよ。自称神様。」
「それは重畳。というかそうでなくては折角選んだ意味がないからな。」
再びこの空間に静寂が訪れる。
男は穏やかな笑みを浮かべたまま好奇心を目に浮かべるが質問しようとする気配すら見せず、そして神もまた男の様子を窺うかの如く自然体で構えている。
そこにはお互いに敵意は無い。
男にあるのは純粋な興味。
ただ、神がどのような反応を取るかを楽しんでいるだけだ。
逆に神は男に対して何の感情も向けない。
それは男という人間がどういう人間かを理解しているからこそだ。
しばらく我慢比べのような状況が続いたが先に折れたのは神だった。
やはり男の様子に何の感情も抱いていないかの如く落ち着いた物腰で言葉が紡ぎだされる。
「さて、時間が惜しいので君を選んだ理由を説明しよう。君には私たちが行っているゲームに参加してもらう。ルールは単純、君の他にもいる転生者を殺すことだけだ。今から君が行く世界は元の世界とは違い、我々の力、いわば加護のような物が生きている人間全員に付与されている。その加護は殺した人数分力が加算されるという物だ。分かりやすく言うといわゆる経験値のような物を得られるという事だな。ちなみに転生者は皆前世で殺した分も加算される。ざっとではあるが説明すべき所は終わったな。何か質問は?」
他の転生者と殺し合えと言われても男は笑みを浮かべたままで何ら特徴的な反応は示さない。
だが先程までと同じ笑みを浮かべているにもかかわらず、何故かそこから感じられる雰囲気は明らかに別人のように感じられる。
まるで、外見は同じ羊でも中身が羊から狼に変わったかのような変化だ。
そこには正に天と地ほどの差があった。
「質問です。他の転生者を殺さなければどうなりますか?そして何故私を選んだので?」
「別に殺さなくても何もない。私がすることは君を転生させること、それだけだ。そして何故君を選んだか。それは君が一番分かっているはずだ。君が最もこのゲームに適した人間だから。それ以外の何物でもない。それにだ、ただの殺戮者を選んでも面白みなどありはしないだろう?」
「………なるほど。それは嬉しいですね。」
またもや静寂が流れた後、男は落ち着いた様子のまま口を開いた。
だがその声色は前までと同様に落ち着いてはいるのだが何処か楽しんでいるようにも感じられる。
そして眼には好奇心の炎が燃え上がっていた。
まるで神の発した言葉が望み通りの言葉であったかのように。
そしてそのままお互い何も言葉を発することがなく数秒が過ぎた。
男は相変わらず笑みを浮かべ、反対に神は何の表情も見せない。
「さて、他に質問はないようだな。では地獄へ、いや、君にとっては天国か?とにかく我々の世界へようこそ。私としては君が勝つことを望んでいるが、それよりも君が一体何を成すかに興味がある。精々頑張ってくれ給え。」
神の右手から辺りを包む闇よりもさらに暗い何かが男に纏わりつくとその姿は一瞬で掻き消えた。
そこにはもはや男という存在がいた痕跡など一片もなくただの闇だけが広がっている。
「行ったか。さて君は私に何を見せてくれる?虐殺、略奪、洗脳、革命、侵略、そして破壊。何でもするといい。ただ失望だけはさせるな。それがあり得ないことだとは分かっているが。ああ、しかし私があげたプレゼントを素直に受け取るのだろうか。」
かくして12人の転生者の1人が異世界へと降り立った。
彼が何を成すのか、彼がどのような結末を迎えるかは神ですらまだ知る由もない。
だが、神の手から放たれた矢は最早止まることはない。
ただひたすらに前へ前へと進み続ける。
例えその先に身の破滅が待ち構えていようとも、例えその先に何もないとしても自らを妨げる万物へとぶつかり、そして其の全てをもってさらに前へと進む。