prologue
読みに来てくださりありがとうございます。
「おや、既に全員来ていたか。随分と暇なようだな。」
様々な色が混じり合った、目を開いているだけで気分が悪くなりそうな空間へと黒い衣を纏った男は足を踏み入れた。
その空間にいたのは11人の先客。
華奢な少女から筋骨隆々の大男まで体格や容姿も全く異なる上、全員が異なる色の衣を纏っている。
その様子はひたすらに奇妙でまるで子供が散らかした後のようにも感じられる。
だがその一方でどこか神秘的な感じもするどこかおかしな空間だった。
「暇、まあ暇だよね。この世界の住人が一体何百、何千年同じ事を繰り返していると思っているんだい?戦争や反乱、宗教論争や権力争いはまあそれなりに面白いよ。でも今となってはそれも通り一遍で、一度見たことがあるような出来事しか起こらないじゃないか?この前だって、折角吸血鬼の血をこの世界に入れたのにその力を使って楽しませてくれる者なんてほんの数人しかいないんだよ?いくら僕たちでも飽きるに決まっているじゃないか。だからこそ今回のゲームをやるんでしょ?」
男の問い掛けに答えたのは水色の衣を纏った幼い、されどその内にはまるで化け物が潜んでいるかのような眼差しの少年だった。
もしここに普通の人間がいれば「その少年は狂っている」と述べただろう。
しかしここに集うのは人間ですらない超常的な存在のみ。
その発言を咎める者はこの場にいない。
発言を受けた反応は違えどむしろその発言を歓迎しているかのようにすら思える。
そう、彼らは皆退屈しているのだ。
長きを生きた彼らにとっては彼らの世界で人間が繰り広げる歴史という物語は最初こそ面白いものの、やがては飽きてしまう物に過ぎないのだ。
国家は時代とともに移り変わり生活もまた時代とともに移り変わる。
しかし歴史という物語の主役は常に人間だ。
性格は違い能力も環境も違う。
しかし人間である以上いつの時代の人間であっても、多くは一定の枠組みに囚われてしまうのだ。
それ故に歴史という物語もまた一定の枠組みに収まってしまう。
彼らが簡単に結末を読めてしまうほどに。
もちろん彼らの期待に応えてくれるような人間がいないわけではない。
いないわけではないのだがそう言った人間はごく少数、それこそ片手の指で数えるほどしかおらず物語の大枠が変化する事は無い。
それ故に彼らはゲームをする事を決めたのだ。
歴史という物語を彼らですら予測できないほど面白い物へと変えるために。
「……やはりゲームその物をやりたくないという者はいないようだな。ではゲームを始める前にいくつか確認しておくか。まずゲームの趣旨は地球から1人づつ転生させる者を選びこの世界で殺し合いをさせるというもの。ただし文明レベルにそぐわない武器の持ち込みを禁止する。つまりは鉄砲や大砲の事だ。そして転生させた後はゲーム終了まで転生者に干渉してはならない。ルールはその2つだけだ。後は全て転生者のなすがままに任せる。さて、既に誰を転生させるか選んでいるな?」
黒い衣を纏った男が淡々とそう告げると男を除く全員が一様に頷いた。
自信に満ち溢れた表情をする者やうっすらと不気味な笑みを浮かべる者、無表情の者までいるが誰も男の発言について否定しようとはしない。
しかしその事は男にも分かり切っていた事ではあった。
なぜならば彼らの中で最も冷静だとされている男自身もまた、このゲームの始まりを待ちきれなかったからだ。
誰を転生させるかをゲームを思いつくと同時に決めてしまうほどに。
「勿論!物事は何事も早いのが良いからな!我は最強の英雄を選んだぞ。」
男の問いかけに自信たっぷりに答えたのは赤い衣を纏った筋骨隆々の大男だった。
その肉体は筋肉だけで出来ているのかと見まがう程の筋肉に埋め尽くされており、この世に破壊できない物などはないと主張しているかのようだ。
そんな彼が選んだのは古代ギリシャの英雄。
たったの数百人で当時世界最強と謳われた帝国へと挑み、そして数百倍もの相手に壮絶な戦いを繰り広げた最強の英雄だ。
だが彼がその英雄を選んだ理由はそれだけではない。
その英雄が太陽の如き熱き精神を持っているからだ。
「英雄ねえ。そんなものは所詮はただの駒でしょ。私は勿論政治家を選んだよ。それも飛び切り上等な奴を。」
続いて答えたのは青い衣を纏った、顔も青白い病弱そうな男だった。
だがその目はまるで蛇のように鋭く、見てしまえば一生忘れる事はないと思われるほどに不気味だった。
そんな彼が選んだのはフランスの宰相。
中世に存在した王国を大いに発展、そして繁栄させた偉大なる政治家だ。
だが彼がその宰相を選んだ理由はそれだけではない。
その宰相が自らの信念を邪魔する者はたとえ誰であろうと一切の容赦なく始末する氷のような精神を持ち合わせているからだ。
「政治家?確かに彼らは国家に属する者達を駒として扱えるでしょうね。でも人が目先の情報でしか動けない単純な生き物であるという事をお忘れではなくって?人を操るには権力よりも嘘の方が向いているのよ?たった一つの嘘で何百、何千人と殺し合い、一瞬で権力は奪われてしまう。ああ、今からでも待ち切れないわ。」
青い男に反対したのは桃色の衣を纏った、どこか官能的な女だった。
その肢体は男ならば誰もが振り向かざるを得ないほどに滑らかで、話している内容はどこまでも残虐な物であるが何故か引き込まれてしまうような錯覚を覚えてしまう。
そんな彼女が選んだのはペテン師。
国という国を渡り歩きその才能で国家を混乱へと陥れた稀代の詐欺師だ。
だが彼女がその詐欺師を選んだ理由はそれだけではない。
その詐欺師が分不相応な野望を夢見、そしてそれを実現するだけの異常なまでの大胆さがあるからだ。
「……この流れは自分も言わなくちゃいけないやつかな?私は狂信者を送り込むよ。単純だけどその分躊躇がないからね。強いよ。」
続いて答えたのは緑の衣を纏った、どこかパッとしない腹の突き出た中年のように見える男だった。
如何にもそこら辺にいるおじさんであるような雰囲気を醸し出しているが、その口元にはまるで詐欺師のような笑みが広がっている。
そんな彼が選んだのは中世フランスの救国の英雄。
滅亡寸前だった祖国を救うために立ち上がり、そして見事祖国を取り戻した救世主だ。
だが彼がその少女を選んだ理由はそれだけではない。
その英雄が誰一人として追随を許さないほどの狂気的なまでの信仰心を持っているからだ。
「そこは自分の駒が勝つとでも言うべきところでしょう……。ああ、私の駒は他の駒よりも特殊だからネタバレするのはやめておきます。」
緑の男をたしなめたのは茶色の衣を纏い、眼鏡をかけている賢そうな男だった。
それ以外にこれといった特徴はないが自身に満ち溢れた表情をしている。
そんな彼が選んだのはアメリカで最も危険な女性。
存在そのものが罪として自由を奪われたただの一般人だ。
だが彼がその女性を選んだ理由はそれだけではない。
その女性がどこまでも、疑う事が出来ないほどに純粋だからだ。
「皇帝、強い。」
次に答えたのは橙の衣を纏った5歳ほどの外見の少女だった。
少年とは違いあどけなさはなく、言葉数も少なく人形のように無表情。
だが、どこか愛くるしくもあるように感じられる。
そんな少女が選んだのは史上最悪の暴君。
後世にまでその悪名を轟かす、偉大なる国の汚点だ。
だが少女がその皇帝を選んだ理由はそれだけではない。
その皇帝には民衆を従わせるカリスマ性があったからだ。
「言葉足らずにもほどがあるでしょ。考えていることは分かるけどさ……。僕は弓使いを選んだよ。この世界においては強いからね。」
少女に対して呆れた表情を見せたのは先程の水色の少年だった。
あどけなさは感じるが、やはりその中には怪物がいるかのように感じられる。
そんな少年が選んだのは伝説上の義賊。
卓越した弓の腕前をもって権力者へと立ち向かった英雄だ。
だが少年がその義賊を選んだ理由はそれだけではない。
その義賊には社会から追い出された者達を集める才能があったからだ。
「フフフッ。それはあまりにも短絡的過ぎるのでは?私は例の救国の英雄にしましたよ。あの小国の。」
少年に対して嘲笑を浴びせたのは紫の衣を纏った、年齢不詳な男だった。
ただひたすらに楽しそうで、その様子は狂人と紙一重だ。
残念な事に狂人ほど生易しい者ではないのだが。
そんな男が選んだのは小国の英雄。
大国から国を守るために知略の限りを尽くして国を守ろうとした君主だ。
だが男がその英雄を選んだ理由はそれだけではない。
その英雄には国を守るために自らの身体を血で浸す事すら厭わない強靭な精神があったからだ。
「……あいつ選んで良かったのかよ。それだったら少し厳しいか……。ちなみに自分は割と普通の一般人を選んだよ。まあ、あれを一般人と呼べるかどうかはかなり怪しいけれどさ。」
残念そうな声と共にため息をついたのは黄の衣を纏った若者だった。
如何にも苦労人という雰囲気を醸し出しており、このメンバーの中では一番まともに見える。
あくまでこのメンバーの中では、だが。
そんな若者が選んだのは虐殺者。
600万人の命を奪ったとも言われる1人の男だ。
だが若者がその虐殺者を選んだ理由はそれだけではない。
その虐殺者が極めて普通の凡人でしかなかったからだ。
「私は殺人鬼を選びました。一人ぐらいはそういう奴がいても良いと思ってね。あなたは?」
続いて白い衣を纏った女へと問いかけたのは灰色の衣を纏った男だった。
その様子は冷静沈着そのもので微塵も動揺を感じさせない。
だが、その表情の裏には邪悪な笑みが見え隠れしている。
そんな男が選んだのは歴史上最も有名な殺人鬼。
幾多もの命を簡単に、そして劇の如く奪った何者かだ。
だが男がその殺人鬼を選んだ理由はそれだけではない。
その殺人鬼には正体を捉まれることがないという特異性があったからだ。
「私は最高の処刑人を選びました。転生者が死にたくなった時は彼の下に行けば安らかに死ねますよ。」
問い掛けに答えた白い衣を纏った女はまるで彫像のように美しかった。
だがそれは感情のない美しさとでも言うべきだろうか。
確かに美しいのだがそう感じると同時に恐怖さえも感じられてしまう。
そんな女が選んだのは数千人の命を奪った処刑人。
悪しき者も良き者も断罪した国家の剣だ。
だが女がその処刑人を選んだ理由はそれだけではない。
その処刑人がどこまでも優しかったからだ。
「それは怖い。ところで主催者のあなたの駒は何ですか?」
「私か?ふむ、少し答えにくい。彼は……。」
黒衣の男が選んだ者。
それは……
かくして12人の転生者が異世界へと送り込まれる事となった。
彼らが今の盤面を変える事さえ出来ないのか、それとも盤面を新たな色で塗りつぶしてしまうのか、あるいは駒の立ち並んだ盤面その物を叩き潰すのか。
それはまだ誰にも分からない。