惨劇と決意
昨日、ルネサリア王国が誇る商業都市が、魔王軍の侵攻を受けた。そして教師は人員不足により援軍に駆り出され、僕たちは解散となって家に帰された。
学校へ行くとクラス内は昨日のことでもちきりだった
どこかからか流れてきた噂についてみんなそれぞれが議論していた。
「おはようございます。ノア。」
「おはようシノブ。みんなやっぱり昨日のことが気になるみたいだな。あの後どうなったんだろう。」
僕がそう言うと、シノブは真剣な顔になった。
「あの後のこと、ですか。少し耳を貸していただけますか?」
「おう。」
「さる情報筋によると街の人間は皆殺し、教師が到着した時にはもう手遅れだったみたいです。」
「シノブ、お前何でそんなこと…」がわかるんだと聞こうとしたそのときだった。
バーンという音を立ててフローレス先生が入ってきた。
「おはよう。突然で悪いが今日は6時間課外授業だ。ニザーユに行くぞ。魔法、剣術学校のヤツらと合同だ。」
そう言われ、先生に連れられて校外へ出た僕たちは、先生にフライの魔法をかけられてゆっくりとニザーユに向けて飛び立った。
「ニザーユは、全滅だった。老若男女例外なく皆殺しにされていた。」
フローレス先生は昨日のことについて話し始めた。声が震えている。
大きな街まるごと1つが皆殺しとはかなりの惨状だったに違いない。
「手遅れだったんだ。私たちが着いた時にはもう…。」
涙が光っている目の下には深い隈ができていた。相当ショックだったのだろう。
そして彼女は目から溢れた涙を腕で拭った。
「正直、悩んだ。だが、これは将来君たちがどんな大人になろうとも知っておかなければならない、そして常に心に留めておかなければならない事なんだ。どうか目を背けないでくれ。」
僕たちは無言で頷いた。
ニザーユに到着し、僕たちは地上へ降り立った。
惨状だった。男子女子問わず吐いている生徒だらけだ。
あまりの酷さに、惨さに僕たちは思わず目を背けた。
「目を背けるな…!!これが、お前たちが将来絶対に防がなければならないことなんだ。よく見ろ!」
フローレス先生はそう言って涙をこぼしながら目の前の惨状を指差した。
言われて見たこの街の惨状は、僕たちの脳裏に焼き付いた。
一面は血で真っ黒だった。そこにあるのは惨たらしい死体。魔獣に腸を引きずり出されているものも、首がないものもある。子供を守っている格好のまま死んでいる全身火傷の親子の死体もあった。
僕らは全部目に焼き付けながら街を歩いた。
街は、中心部へ行けば行くほど酷かった。
体の中身を引きずり出され、中に鉄くずを詰められている死骸。切り落とされた首に剣が刺さっている死骸。
全身の毛が逆立つのがわかった。
生まれて初めて殺意を抱いた。噛み締めた唇から鉄の味がした。
街を一回りしたときには既にみんなの顔は死んでいた。疲れたのだ。みんな泣き疲れて、吐き疲れて、クタクタだった。
その後僕たちは学校への帰路についたが、帰りに何か一言でも喋った者は一人もいなかった。
教室に戻った僕たちは
「解散。」という先生の言葉の後、誰一人として寄り道をせず、真っ直ぐ家に帰った。
僕は焼き付いた光景が忘れられなくて、ただただ呆然と、ベッドに座っていた。
何も考えられなかった。
気がつくと窓から光が差し込んでいた。夜明けだ。どうやら夜を徹してしまったらしい。
学校に行かなければ。
そして僕は学校についた。クラスにはいつもの活気はなかった。
僕は自分の席に座り、右後ろの少年の机へフラフラと向かった。
「シノブ、お前一体なんなんだ?」
心底疑問だった。僕は続けた。
「ニザーユの惨状も知っていた。教師が着いた時には手遅れだったことも。それに、」
「それに?」
「それにお前は死体を見てなんの反応も示していなかった。」
僕がそう言うと、シノブは一度下を向いたが何か決意を固めたように僕を見た。
「他の人には言わないと約束できますか」
そういう彼に「あぁ」と返事をすると、彼は語り始めた。
「僕は。僕は忍術が得意なんです。まだ未熟ですが、シノビ衆の頭領をしています。」
「シノビ衆?」
なんだそれ?と聞くと、彼はシノビ衆が何かを説明してくれた。
シノブ曰く、シノビ衆というのは昔から王国の影として存在する諜報機関だそうで、昨日は国家の大事だったので部下を忍びに行かせていたらしい。
「シノブは、死体を、見慣れてるのか」
「はい。ですが、あそこまで死者を冒涜している場に出くわしたのは初めてでした。僕は魔王が憎い。無実の者を殺すだけでは飽き足らず、その者達の死を冒涜するなんて。絶対に許さない。」
そう言ったシノブの握りしめられた拳は、怒りで震えていた。
僕はホッとした。シノブは諜報機関の長ということだから殺しもしたことがあるのだろう。魔王がみんなを殺したことを、戦略だから仕方がないと割り切ってしまうのだろうと考えていたのだ。
昔からの諜報機関ならば…と思い、僕は1つお願いをした。
「…1つシノビ衆を動かして探って欲しいことがあるんだがいいか?」
「何について?」
「―――。」
「なるほど、わかった。探らせてみる。」
その後、無言で朝礼は終わり何も無かったかのように授業が始まった。
時間はあっという間に過ぎ、個性の時間となった。スカーレットに今日は散策に行かないと伝えた。そんな気分じゃなかった。
ずっと、学校の中を回ってみんなが何をしているのかを見ていた。
みんなは取り憑かれたように自分の能力を鍛えていた。
個性が終わりみんなが教室に戻ってきたタイミングで僕は言った。
「みんなと、話したいことがある。校舎裏に来てくれないか。」
みんなで校舎裏に移り、僕は話し始めた。
「みんなは昨日さ、ニザーユに行ってどう思った?俺は魔王が憎い。そして他人事のように毎日暮らしてきて、今まで被害があった地域に関心を持たなかった自分が憎い。」
クラスの数人が頷いた。そして僕は続けた。
「こんなことはもう、二度と起こしてはダメだ。僕達の両親と同じくらいの歳の人から小さい子供まで、みんな殺されていた。中には魔王軍に死体で遊ばれてるものもあった。みんなも見ただろ?」
数人の女子の目から涙が零れた。一呼吸置いて、僕はみんなにある事実を伝えた。
「この国は、今回の殺戮を奇襲だったから仕方がなかった、と発表するそうだ。これは確かな筋からの情報だ。他国が魔王軍に情報を売ったという話まで出ている。」
みんながざわつき始めた。
「なんでそんなことがわかるんだ?」
クラスの中の誰かが言った。僕はシノブを見て頷いた。
「僕の家、エンマ家は代々シノビ衆の頭領をしています。」
シノブは僕にしたのと同じようにみんなに身の上を説明した。その上で僕はみんなに問いかけた。
「この情報を聞いて僕は決意した。世界を、ひとつにまとめなければならない。個々の国で戦っていても人員が不足し、今回のようなことが起こってしまう。だから僕とシノブは世界をひとつにまとめられるように各国に働きかけようと思う。この中で僕達の考えに賛成してくれる人はこっちに来てくれ。」
みんなは動かなかった。さすがに来ないよな…と苦笑いしていた僕の目の前に1人、赤い髪の女の子が来た。
「ついて行きます。私は、もうあんな惨劇は繰り返していけないと思う。繰り返さない手があるのに、意地の張り合いでしないなんて言うのは我慢なりません」
そういった彼女の語尾は震えていた。よほど勇気を出してくれたのだろう。
彼女に続いてクラスの4分の3程が次々に協力を申し出てくれた。
残りの4分の1は言いふらしたりはしないが、まだ考えさせてくれとの事だった。
「とりあえずみんな、話を聞いてくれて本当にありがとう、これからよろしく」
そう言って場を締め、僕たちはみんなでワイワイ喋りながら家まで帰った。
その晩のご飯はとても美味しかった。味を感じることができた。
食べ終わり、自室のベッドに寝転ぶと、僕の意識は途切れた。
そういえば昨晩寝ていなかったのだ。