嵐と現実
今日から本格的に学校生活が始まるんだ。そう思って、僕は急いで朝の支度をした。そして母が作ってくれた朝ごはんを口に詰め込み、家を出た。
朝の王都は、昼間とはうって変わって静かだ。生活感はあるものの、人がどこにもいない。世界から急に人が消えたような、そんな様子だ。僕は、人のいない王都を照らす陽の光に寂しさを感じながら街を駆け、学校へと向かった。
僕は始業時刻よりかなり早く到着した。はずなのだが、もうほとんどの生徒が教室に集まっていた。みんなも楽しみで仕方がなかったんだろう。
「おはよう、ノアさん」そう言ってニコリと笑う隣の席の彼女に「おはよう」と返して僕は自分の席に座った。朝礼が始まるまでの長い間、クラス内は互いの親睦を深めようと世間話などいろんな事柄について話が飛び交っていた。
朝礼のチャイムが鳴った。担任教師がガラリとドアを開け、結われた緑色の髪を揺らしながら教卓へ向かう。「おはよう、点呼とるぞ」と彼女はそう言って全員の出席を確認し、こう続けた。
「今日は初めの2時間を学校についての説明に使うので忘れないように。場所はこの教室。だから今日の時間割は1,2時間目が学校説明で3,4が剣術。5,6が個性だな。」
この、王国学校は毎日6時間授業がある。
そのうち2時間は座学で、軍略や経済のことなどについて学ぶ。官僚になるための学問だ。
体を動かす授業がこれも2時間。剣術学校ではないが、最低限の剣術は学ぶことになっている。
最後の2時間が「個性」の時間だ。自分の得意分野を伸ばす時間になっている。
まぁ僕が知っている情報はこれくらいだが、1,2時間目にもっと詳しく教えてくれるだろう。
朝礼が終わり、フローレス先生が教室を出ていった。
「ノアさん昨日は眠れましたか?」
スカーレットさんは僕にそう聞いた。僕が「まったく」と苦笑しながら首を横に振ると
彼女は「私もです。ワクワクして寝られませんでした」と言った。
僕は「どんな授業をするんでしょうね」と彼女に言い、ああでもないこうでもないとお互いの想像を言い合った。
そんな楽しい時はあっという間に過ぎ、授業が始まる時間になった。
ドアを開けて小さな男性が入ってきて、教卓の前に立ち、起立している生徒たちを見た。
「諸君、おはよう。礼はしなくていい。私はこの王国学校の校長、ジャスラ・ヘックハルトという者だ。このαクラスへの学校説明は私がさせてもらう。」
どうやらこの小さな男がこの学校の校長らしい。
校長の話によると、今僕達のいるこのα棟にはαクラスが移動教室などで使用する特別教室やαクラスを指導する教員の職員室が全てあるらしい。そして、この学校にはαクラスとβクラスがあるそうで、指導する教員もただの1人も被りがないそうだ。
そして学校の説明が終わると次は授業についての説明だった。先程まで議論をしていた僕と彼女――スカーレットさんは顔を見合わせ、ニヤリと笑った。どちらがより正しいか勝負をしているのだ。
校長は、毎日2時間ある座学では軍略や経済、経営や道徳などと言った「人の上に立つもの」としての資質を育てる授業を日替わりで行い、剣術の授業はそのまま剣術をする。
最後の2時間、「個性」の授業は生徒1人1人の得意分野を伸ばす授業になるのだと言った。自分の技を磨いたり、研究に時間を費やしたりと好きなことをすることができるらしい。
以上がこの学校について説明されたことだ。
「では諸君。学問に励みなさい。我々はあなた方が学ぶために必要とするならばなんでも手助けするつもりでいる。困ったらどんどん相談に来なさい。」
そう言って校長は教室を出た。
教室中が騒がしくなった。教室は個性の時間に自分が何についてするかの話題で持ちきりだ。
「私の予想のほうが近かったですね!」と彼女が勝ち誇ったように言った。僕はどっちもどっちだったと思ったのだが、彼女がその可愛い顔で自慢げに頷いているのを見るともはや勝敗はどうでもよくなった。
「わかったわかった、負けた負けた。ところで個性の時間、スカーレットさんはやっぱり錬金術するの?」僕がそう聞くと、彼女は少し考えていたがすぐに結論は出たようだった。
「そうですね。錬金術をもっともっと磨きます。ノアさんは何をするおつもりで?」
「僕は…才能や特にできることがないから、先生に許可が取れたら王都を歩いて回ってこの王都の、この世界の現状を知りたいかな」
僕がそう言うと、彼女は目を輝かせて僕に近づいてきた。
「いいですね!散策!私大好きなんです!でも…私入学するときに錬金術が特技って書いちゃったから…歩きながら錬金術するって言ったら許可してもらえないでしょうか」
彼女は笑いながら、そんなわけないかと呟いた。僕は目を輝かせた彼女を心底可愛いと思った。
「許可がおりたら一緒に王都を回りましょう」
「はい!あ、次は剣術です早く武術場に行かないと。」
彼女にそう言われ教室を見回すと、教室には僕と彼女以外誰もいなくなっていた。
僕たちは武術場へ急いだ。入学2日目で授業に遅刻なんて洒落にもならない。
「ここが武術場か〜、すごいな〜」そう言う彼女はまだ息を整えるために膝に手をついて、間に合ったねと笑いながら僕を見た。
僕が彼女にニコッと笑い返したとき、チャイムが鳴り響いた。授業開始だ。
先程まで武術場の端にいた顔に傷のある男がツカツカと僕たちの前に出てきた。
「この授業は礼はしなくて良い。これから剣術の授業の説明に入る。ここが諸君らが稽古をする武術場だ。ここで私、アドルフが剣術の授業を行う。剣術の授業は―――。」
そして時間は過ぎ、チャイムが鳴った。授業終了だ。
「ノアさん、次は個性の授業ですね。校長先生に王都散策の許可を貰いに行きましょう」
彼女はそう言うといかにも嬉しそうに、校長室へ僕の手を引っ張って行った。
校長室はα棟とβ棟をつないで存在している。どういうことかというと、校長室には出入り口が2つあり、それぞれがα棟β棟に通じているのだ。
僕たちは校長室へ着き、ノックをすると、どうぞと言われた。
「失礼します、αクラスのアーノルド・ノアと」
「アイナ・スカーレットです」
「この度は早速で申し訳ありませんが個性の授業についてご相談したいことがあり、参りました」
「話してみなさい」
そうして僕たちは、僕に才能がなくただの凡人であること、王都を見て回ることでのメリットを伝えた。
僕たちの話を聞き終えた校長は「わかりました、いいでしょう」と言い、僕らの王都散策を許可してくれた。僕たちは「ありがとうございます。失礼しました。」と言って校長室を出た。
「よかったですね!ノアさん!」そう言って彼女は僕に抱きついてきた。
「あぁ。もしダメって言われたらどうやって暇な時間を潰したらいいのかわかりませんでした。」
「それじゃあ行きましょうか」
そう言って僕らは一度教室に戻り、貴重品をもって学校を出た。
学校を出ると、スカーレットさんはバッグから何か大きな袋を持ち出した。
「…なんですか?それ。」と僕が聞くと彼女は首を傾げてこう言った。
「これですか?歩きながら錬成するのに袋がないと生成したものをポイ捨てしてしまうので…」
「ほんとに歩きながら錬成するんですか!?」
「はい、もちろん。」
この子はなぜ当たり前のようにキョトンとしているのか。歩きながら錬成する人なんて聞いたことない。
「あぁ容量の問題ならご心配なく。いっぱいになってきたら自分で分解するので。」
僕は彼女の発言に「そ、そうですか…」とは言ったがそういう問題ではないのだ。
あまりに彼女が当たり前であるかのような顔をしているので、まぁいいかと僕は思い「それじゃ行きましょうか」と言って、僕たちは市場に向かった。
街には活気が溢れていた。市場には人が溢れ、皆が笑っていた。幸せそうだった。
まるで魔王なんていないかのように。僕たちもまた、魔王なんていないのではないかと心の何処かで思っていた。
結局その日僕らは、市場で買い物をしながら店の人に身の上を説明し、最近のこの国についてを聞いて回った。今はまださほど困ってはいないが、あちこちで魔獣が出てきて行商が襲われ、仕入れができないということだった。
また、商人から面白いことを聞くことができた。
”魔獣が増えるのは嵐の前触れ”
以前もそのまた前の魔王軍の侵攻も毎回軍が来る前に魔獣が一度増えたんだそうだ。
僕たちはこういった重要と思われる情報をノートにメモしながら聞き込みをした。
そして、こんな生活が1ヶ月ほど続いた。
僕はいつも通り学校へ行く。学校生活にもようやく慣れてきた。友達もいっぱいできて毎日が楽しい。
そしていつも通り授業を受けていると用務員さんが駆け込んできた。3時間目の剣術の授業中だった。
「大変です!アドルフ先生!」武術場に慌てて駆け込んできた彼に先生は「どうかしたのか?」と尋ねた。すると彼はこう言った。
「魔王軍です!ニザーユが魔王軍に落とされました!」
ニザーユとはルネサリア王国が誇る商業都市だ。国家財政の収入の半分程度をたった1つの都市で生み出しているすごい都市だと経済の授業で習った。そんな都市が陥落したらしい。
「なに!?それは本当か!」
「はい。他の先生方は皆一足先にニザーユへと向かいました。」
「わかった。私もすぐ向かおう。皆、緊急事態だ。魔王軍によって王国の都市が壊滅させられた。今日はこれで解散とする。各自速やかに家に帰れ。寄り道も、居残りも今日はなしだ。家族や知り合いにもニザーユが落ちたことは言うな。国民が混乱してしまう。」
そういってアドルフ先生はニザーユへと向かった。
ここの教師はこのような国家の緊急時には前線に応援に行かなくてはならない。魔王が世界を攻撃しているというのに私たちは国単位でしか戦わない。だから人手不足なのだ。ゆえに重要都市が陥落したという非常事態に腕の立つ王国学校の教員たちをすることになっている。
「大丈夫かな。」
「大丈夫よきっと。」
こんな会話があちこちから聞こえてくる。
それから用務員さんが生徒に帰宅指示を出し、僕らはみんな大人しく家に帰った。
”魔王は本当にいるんだ。そして人々はこうしている間にも魔王に殺されている。”
みんなは夜、家に帰ったあとにこう思ったはずだ。しかし、本当に実感を持たせるにはまだ弱かった。