青葉さんが女流棋士になったら青葉将棋道場もより盛り上がる
「高井田くん教室に来てくれましたね!」
「僕が思ってた通り筋がいい。プロ棋士だって夢じゃないよ。」
商店街祭りの懸賞オセロ対局に無類の負けず嫌いを披露した、高井田将翔くんが教室に来てくれた。
将棋にも興味を持ったみたいで教室が終わった後も1人、道場に置いてある将棋の本を読んでいるくらい熱心だ。
「それにしても今日は誰も来ないね。」
「まぁ、お盆休みですからね。みなさん家族とすごしたり、お墓参りに行ってるんじゃないですかね。」
誰も来ないので島崎さんにゆるーく将棋を教わっていた。
「すごいよ。2枚落ちでここまで追い詰めるなんて」
「いやー私の猛攻を軽くいいなされちゃいましたけど。」
「お世辞じゃなく強いよ。本当に。」
「そんなに褒められると嬉しいですね! やる気アップです。」
「青葉さんは女流棋士になろうと考えたことはないの?」
「常連さんからも言われたことあるんですけど。お母さんは私が将棋にのめり込むあまりよく思ってないからなー。」
「え!! そうなの?」
「だから、道場や地元の小さな大会には出たことありますが遠征するような大きな大会には出たことないんですよ。
そんなに強いんですか私って? 平均的に見て。」
「何をもって平均とするかだけど、実力は研修会のD2、いやD1くらいあっても不思議じゃないよ。
青葉さんの年齢でなら女流棋士になれる可能性は十分にある。
正直びっくりだよ。青葉さんほど棋力の人が大きな大会にも出ずにいるなんて。」
この道場では四段だが同じ人との対局が多いので対策してたら勝てちゃうだけだと思っていたから少し自信がついた。
ガラリと道場能引き戸が開く。
お客さんだ。
現れたのは私より少し年上、多分高校生くらいの女の子だった。
「相沢さん!?」
島崎さんがびっくりした様子で椅子から立ち上がる。
「……お久しぶりです。島崎さん」
「お久しぶりだね。本当に奨励会辞めて以来だから2年半ぶりかな。」
「でも、なぜここに? 家からは2時間以上かかるよね?」
「っ……島崎さんが道場を始めたと聞いて、お世話になりましたから
一度はあいさつに伺いたいなと思ったんです。」
「そうか。ありがとう。」
「彼女は相沢さん僕の妹弟子なんだ。」
島崎さんは私に紹介するように言った。
「私は青葉蜜柑と言います。青葉将棋道場の先代の孫で島崎さんの補佐をしています。よろしくお願いいたしますね。」
「……相沢玲那と言います。」
「相沢さんは女流棋士を目指して研修会で修行しているんだ。」
「ということは、プロを目指されているんですね!」
「C1に昇級したんだね。少し前に研修会の成績を見たよ。」
「……最近、調子が悪くて次、負けたら降級なってしまうんです。それで、恐くて前の例会を休んでしまいました。」
相沢さんは下を向いて肩を震わせながら口にした。声も震えていて泣いているのでは不安になる。
「……今日はお客さんもいなし指導しようか?昔みたいに。」
「いいんですか!?」
「構わないよ。ただ、青葉さんと2面指しだけど。」
こうして私と相沢さんは島崎さんに指導してもらうことになった。
「ここまで、攻め込んだのにどうして受けに回ったの? それで逆に攻め込まれて詰まされた。つまりその受けは意味がないんだ。」
島崎さんの見たことのない真剣表情と厳しい言葉に驚きを隠せないでいた。
「青葉さんは」
「はい!」
思わず背筋が伸びる。
「終盤の鋭さは流石だね。馬切りの踏み込みはハッとさせられたよ。」
私にはいつもの島崎さんだ……。
それから3局指導してもらった後、休憩時間をとることになり相沢さんが電話をかけに道場を出た。
いつもと違う緊張感ある雰囲気がふるんでほっとする。
「どうしたの? 疲れた?」
「いや……私と相沢さんとで指導の仕方が全然違うなぁと思いまして。」
「彼女は本気で女流棋士を目指しているんだ。生半可な指導はできないよ。」
「島崎さんこそずっと指導でお疲れですよね? コーヒー淹れますよ。」
「ありがとう。お言葉に甘えるよ。」
給湯室でコーヒーを淹れながら私は相沢さんと対局してみたいなぁと思っていた。
道場には同年代の女の子はほとんど来ないし指したい。
以前、友達を将棋の道場に誘ったがハマるには至らなかった。
でも、プロを目指している人が私と指してくれるかなぁ。失礼に当たらないか。
1人で考えるのもアレだし島崎さんに聞いてみよう!
「島崎さん。コーヒーお持ちしましたよ。」
島崎さんが座っている前にコーヒーを置く。
「ありがとう。」
「あの、私、相沢さんと指してみたいんですがどうですかね?」
「いいじゃないかな。指してみたら。」
「了承してくれますかね。」
「全然大丈夫だよ。少し内気だけど将棋が大好きで優しいいい子だから。」
「では、戻ってきたら手合わせのお願いしてみます!」
決意を胸に相沢さんが戻るのを待つ。
数分後、道場に戻ってきた。
「あの……相沢さん良かったらお手合わせ願えませんか?」
「……えっと、いいですよ。」
相沢さんは少し驚いたようだが了承してくれた。良かった。
「ありがとうございます。」
「手合いはどうしましょうかね。島崎さん手合いは
私と相沢さんと両方の棋力を大体知っている島崎さん聞いた。
「うーん。平手で挑戦してみたらどうかな。いいかな? 相沢さん。」
「時間は20分切れたら30秒でいいかな。」
「……棋力は何段ですか?」
「えっと、四段です。」
「……年齢は?」
「中学1年生です。相沢さんは?」
「高校2年生です」
「相沢さんが振り歩先で振らせていただきますね。」
駒を並べ終えて私が振り駒をする。
「歩が3枚でと金が2枚。私が先手で相沢さんが後手ですね。」
『お願いします。』
初手は飛車先の歩をつく8四歩。居飛車党宣言だ。
角道を止めた。振り飛車かな。
相沢さんが飛車を4筋に振った。
四間飛車か……なら急戦で、山田定跡で行く。
一気に攻め潰す!!
良し! 向こうの大駒を抑え込んでこっちは成りこめた。
相沢さんが先に秒読みになって勝てるかも。と思ったのだけど……
「負けました。」
途中までかなり優勢だったけど中終盤に素晴らしい手の連続で逆転されてしまった。
プロを目指ししている人はこんなにも強いんだ。
でも、負けちゃったけど楽しかったな~。
「相沢さんは強いですね!! 成銀捨ての受けには惚れぼれしましたよ。」
「……あ、ありがとうございます。」
「こんばんは。」
ガラリと扉が開き常連の中田さんが入っていた。
「あ!中田さんこんばんは。」
「あれ? 今日は人いないね。おや、蜜柑ちゃん以外のお嬢さんがいるのは珍しいね。」
「この方は島崎さんの妹弟子の相沢さんです。」
「……こんばんは。」
「こんばんは
「中田さんは私がお相手するので。中田さん!早速ですが対局しましょう。」
「蜜柑ちゃんには最近負け越してるからお手柔らかに頼むよ。」
それはでいない相談ですよ。中田さんは強いですから。
「今日は1局半しか指せなかったから今度は早く来るよ。」
閉店の時間になり中田さんが帰って行った。
「……指導ありがとうございました。お金いくらでしょうか。」
相沢さんが島崎さんに頭を下げて言う。
「入場料は1000円だよ。」
「え……あんなに指導して頂いたのに1000円だけでは。」
「いいよ。今回は指導料を決めてないし。次から貰うことにするよ。」
「……何から何までありがとうございました。私、絶対にプロの女流棋士になります。だからまたよろしくお願いいたします。」
「もし、勉強が辛いと感じたり、行き詰ったときはいつでも道場に来てほしい。
とはいえ物理的な距離があるから新しい連絡先を渡しておくよ。」
「是非、是非!! 私もいつでも大歓迎ですよ。」
「あの……もしよかったら連絡先交換して頂けませんか?」
「え!! 私ですか!! もちろんいいですよ!!」
まさか、相沢さんから連絡先を聞かれるなんて思いもよらなかった。
「……失礼かもしれませんが、実を言うと最初は少し緩めてたのです。でも、想像をはるかに超えて強かった。だから最後は絶対に勝ちたいと思いました。」
「いやいや、プロ志望の相沢さんにそこまで言ってもらえるなんて嬉しいです。」
「いえ、中学1年生のときの私より青葉さんの方が確実に強いです。だからこそもっと貴方と指したい。」
真剣な眼差しで私を見る。
私はどう返せばいいか分からなくあって取り敢えず相沢さんとメッセアプリとネット将棋のIDを交換し友達登録をした。
「相沢さん、あまり遅くなるとご両親が心配するよ。」
「……では、さようなら。また近いうちに伺いますね。今日は本当に楽しかったです。」
相沢さんはそう言って少し微笑んで道場の扉を閉めた。
閉店後の片づけの最中も考え込む。
「ん? どうしたの。」
「私って真剣に将棋をしたことないのかなぁと。負けるのは恐いとも将棋が厳しいとか辛いとも思ったことがないですから。」
「将棋を辛いと思わないのはいいことだと思うよ。僕も子どもの頃は将棋の辛いだなんて思わなかった。
楽しいことだとね。でも、年齢を重ねていくうちに辛くなっていった。こんなに勉強しても努力しても報われない。そう、感じるようになってしまったんだ僕は。」
趣味で指すのとプロを目指して指すのでは違うからね。
と島崎さんは付け加える。
「青葉さんのようなタイプの人がプロになったら面白いと思うな。
それに、女流棋士になったら青葉将棋道場もより盛り上がる。」
「プロまでは考えられない。ですが、一度大きな大会に出ます。」
今まで良くも悪くも狭い世界で将棋をやってきたら正直不安もあるけど新たな出会いもあると思うと楽しみだ。