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新生青葉将棋道場誕生秘話

「え!? なんでしょうか……」


「……すまない。その、話てぇんだ。あなたと」


「私とですか。どういう話でしょうか?」


 なんとなく島崎さんのことなんだろうなぁ。


「付いてこ……来てください。」


 私と氷見六段は少し歩いてホテルのロビーにある3人掛けのソファーの

両端に座った。のはいいが氷見六段は深く考え込んでいるようで黙ったままで何も言わない。


「えっと、私に話とはなんでしょうか?」


 恐る恐る黙りこんでいる氷見六段に問いかける。


「あ?」


 ガンを飛ばされ思わずビクりと姿勢を正す。

氷見六段は威嚇した意識はないかもだが、目つきが悪すぎるので正直恐い。


「島崎さんがなんであなたの道場で働くことになったのかが知りたい。」


 と氷見六段は言った。


 やっぱり島崎さん関連か。

しかし、本当、島崎さんはいろんな人に気にされているなぁ。


「なぜ、青葉将棋道場の席主をすることになったかですか。

それはですね。私の知る限りでは……」


 隠すようなことではないと思うので

私は新生青葉将棋道場の成り立ちを話した。


 去年の始めに将棋道場を経営しているおじいちゃんが大腿骨を骨折して、エレベーターのない雑居ビルの中にある


 青葉将棋道場に行けなくなってしまった。


一時は道場を閉めることになったけど、私はお父さんとお母さんに頼み込んで3か月間だけ後継者探しの猶予をもらった。

 

 会計、帳簿の作り方はおじいちゃんにテレビ電話で聞いて覚えた。

常連さんも優しい人ばかりで、いろいろと助けてくれるのですぐに慣れた。

鍵をかけて帰ろうとしたとき着信音が鳴り電話に出る。おじいちゃんからだ。


「もしもし。おじいちゃんどうしたの?」


「道場の手伝いいつもありがとう。いやな、今日ついに後継者が見つかったんだよ!」


「ほんとに!! やったー!!」


「それで明日、彼に経営や今後についての話し合いでうちに来るんだ。是非

蜜柑にも参加してもらいたい。」


「あ、うん。分かったよ。いつから行けばいい?」


「話し合いは午後3時の予定だよ。」


「じゃあ、3時前におじいちゃんのうちに行くね。」


 電話を切る。やっと後継者が現れたのか!! よかったー!!

どんな人だろう楽しみだなぁ。


 祝日月曜日の午後2時45分おじいちゃんの家の前に来てインターフォンを鳴らす。


「蜜柑いらっしゃい。忙しいところありがとうね。」


「お久しぶり。おばあちゃん。」


 玄関で靴を脱いで揃えようと下を向くと知らない男性の靴がある。

後継者さんはもう来ているみたいだ。


「おじいちゃんたち客間にいるわ。」


「わかった。」


 客間の引き戸を開ける。


「こんにちは。」


「こんにちは。」


「おー来てくれた。来てくれた。」


 30代前半くらいの眼鏡をかけた真面目そうな男性が座っていた。

おじいちゃんと男性が対面で座っているので私はお誕生日席に座った。


「この子が今、道場を切り盛りしてくれている孫の蜜柑です。」


「初めまして、青葉蜜柑です。よろしくお願いします。」


 おずおずと自己紹介をした。


「彼は島崎杏介君。元奨励会三段で元々、青葉将棋道場で指していたんだ。」


 奨励会三段ということはプロの一歩手前。そんな強い人がこの道場に通ってたんだ。


「初めまして、僕は島崎杏介です。どうぞよろしくお願い致します。私が小学校5年生で引っ越しするまで青葉さんと青葉将棋道場にはお世話になっていました。」


 自己紹介が終わったあとは今後の話し合い。


「今後のことだが、島崎君に道場をまかせたい。蜜柑はいろいろ補佐してやってくれ。」


「うん。わかったよ」


「じゃあ。今から懇親会を兼ねて寿司を取るよ。新生青葉将棋道場の記念に特上を頼もう!」


 そこから、おばあちゃんも呼んで特上寿司を食べながら懇親会が始まった。


「島崎君は将棋界でも人格者と有名だったから。青葉将棋道場も安泰だよ。」


「おじいちゃん。お酒飲みすぎはダメだよ。あとで介抱するおばあちゃんの身にならなきゃ。」


 上機嫌にお酒を飲むおじいちゃんを諫める。


「蜜柑ありがとう。でも今日くらいはいいわ。」


「ばあちゃんも今日はいいと言っている。今日は飲む!」


「もう。」


 ふと、島崎さんの方を見ると遠慮気味にお寿司を食べていた。

その姿に私はふと思った。

この人、箸の持ち方と食べ方すごく綺麗だな。


「どうかしましたか?」


 島崎さんが困ったように私に言った。


「いや、島崎さんの箸の持ち方と食べ方すごく綺麗だなって。」


「え!? あ、ありがとうございます。」


 島崎さんは控えめに微笑んだ。

それから少し話すことができた。


「島崎さんは居飛車党ですか? 振り飛車党ですか。」


「僕は振り飛車党です。攻めっ気が強いタイプ。でも、受けるのも好きです。」


「私は、居飛車党で相掛かりの激しい戦いと矢倉のじっくりとした将棋も好きです。」


 島崎さんは29歳で奨励会を26歳で退会したあと、将棋とは全く関係ない一般企業に就職したがいろいろあって退職したそうだ。

退職後はなんの展望も希望もなく、毎日を自堕落的にすごしていたところに

お世話になった引っ越し先の将棋道場の席主さんとばったり再会して青葉将棋道場の危機を知ったらしい。


「青葉将棋道場の席主を依頼されたとき、断ろうと思ったんです。僕に道場経営なんてできないって。


でも、引っ越し先の席主さんと青葉さんに1週間近く話し合いをして決意ができました。」


「なんだか、おじいちゃんがすみません。」


「いえいえ。頼りにされたことはとても嬉しかったです。青葉さんには勇気づけて下さって感謝でいっぱいです。」


 奨励会の過酷さは昔、道場にある本で読んだことがある。特に三段までいってプロになれなかったときは人生が終わったようにも思えるらしい。


 島崎さんも辛い思いをしてきたんだろうな。


「私も、とても頼りにしています。青葉将棋道場がなくなったら、どうしようと不安だったんですけど島崎さんがいれば百人力だって今の話を聞いて思いました!」


 私は素直に今の想いを島崎さんに伝えた。

すると少し驚いた顔をして


「ありがとうございます。ご期待に添えるように精一杯勤めていきます。これからご指導ご鞭撻のほどよろしくお願い致します。」


「こちらこそよろしくお願いします。でも、そんなに気負わなくてもいいと思います。一緒に頑張りましょう!!」


 島崎さんの話を聞いたら、新生青葉将棋道場は素晴らしい道場になる。はっきりそう思えた。



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