暗がりの舞台にアンコールを 1
「……」
着信音が響いていた。
「あ?」
声がかすれてうまく出せない。
腕を伸ばして枕元のスマホを掴むが、脳に霞がかかったようにボーとしてしまいうまく操作できなかった。
「……」
初期設定の着信音は、余韻を残すようにぴたりと止んだ。
見慣れているはずの天井の木目がいつもより黒く見えた。
「いまのは」
夢。
にしては、リアルな。
上半身を起き上がらせると、毛布がパタンと膝に落ちた。
図書館の少女が気になりすぎて、夢の中ですら彼女を思い浮かべてしまった、ということだろうか。あまりにもピュアすぎる自分の感性に吐きそうになる。
朝一のため息をついてから、スマホの画面を再度見やる。
「……え」
杉江からの着信だった。
まず僕が気づかなければならなかったのはスマホの一番上に表示されている時間と日時だ。
記載されていた数字は三日前のもので、そして杉江からの着信は、より正確にいうなれば、彼の兄からの訃報連絡だった。
再び僕は混乱しながら、抜けるような青空を見て、クエスチョンマークを飛ばした。
訳のわからぬまま銀行に行き、定期預金を解約して香典を用意する。
折り返して、教えてもらったが、通夜は翌日の17時からを予定しているらしい。
「……」
西友で黒いネクタイを購入し、袋をぶら下げたまま、市営図書館に向かった。
杉江の葬式に出るのは、記憶だと二回目だ。
あまりにもリアルすぎる。
なんだってまた杉江の死を味わなければならないのだろう、と考えながら生前の彼の言葉をふと思い出していた。
「もし俺が死んだら」
例え話にしては笑えないもので、彼は二ヶ月後にバイク事故で、実際に亡くなるのだが。
「来てくれる奴らは信頼している数少ない友人達だと自負している」
白い歯を見せて彼は笑い、「もっとも墓なんてくだらないもんだと思うけどな」と付け足した。
感傷的な気分のまま、図書館に入り、古書の香りに包まれたまま、窓際のソファー席に向かった。
空調が静かに稼働し、乾いた空気を吐き出している。
少女はいつものようにそこにいた。
頬に青あざを作って、相も変わらず睡眠をとっていた。
「青あざ……あるんだな」
眠っている彼女に聞こえないように僕はひとりごちた。
僕はミオリが見える席に陣どって、棚から抜き取った動物図鑑を眺めなが、少女が目を覚ますのを待つことにした。
カラーページを捲るとパリパリと音をたてた。
十八時になって、図書館にドヴォルザークの『家路』が流れ始める。
少子はパチリと目を覚ますと、目元を軽くほぐしてから、立ち上がった。緩慢な動作で、ゆっくりと図書館をあとにする。
暖房が効いた図書館から、寒風吹き荒れる夕闇への変化は眠気覚ましには少し厳しいくらいだ。
少女はため息を白く染め、曇り空を流れ星でも探すように見上げた。
「ミオリ」
背後から声をかける。
肩をびくりと震わせ少女は振り向いた。
「あ……」
小さく喉を震わせ、僕から目をそらして、少女はうつむいた。
「君の名前はミオリだね」
「……っ、なんで」
僕の問いかけに戸惑ったように目を泳がせる。
「これからおかしなことを言うけど黙って聞いていてほしい」
「……」
「僕は明日君と知り合うんだ」
「……嘘ですよね」
「いや、嘘じゃない。実際に僕は君と」
「なんで、覚えて……」
僕が言葉を紡ごうとするより先に、被せるように彼女は呟いた。
「え?」
いま、何て言った。
「なんで記憶があるんですか?」
予想外な反応だ。
てっきり狂人扱いされると思っていたのに。