秋は日暮れて 5
小一時間ゲームに興じ、時計の針が14時を指した頃、一旦ゲームを中断し、遅めの昼食を取ることにした。
すごくどうでもいいことだが、ことゲームプレイに関しては彼女は容赦なく、問答無用で他プレイヤーの妨害するカードを発動させまくっていた。コンピューターだけならまだしも、対人戦においてはリアルファイトに発展しかねない危険なプレイスタイルだ。寛大な心を持っている僕だから大目に見てやったが、着々と資産を築く少女に嫉妬しなかったといえば嘘になる。
まあ、ゲームの中とはいえ、とても楽しそうに生を謳歌しているので、許してあげることにした。
「誰か亡くなったんですか?」
ふと机の上の会葬返礼品を指差して、少女が聞いてきた。遺族から渡された礼状に気づいたらしい。
「ああ、昨日の友達の通夜があってね。……そうだ」
袋を開けて、中身を取り出す。
お腹が減ったので、葬式まんじゅうでも出てくれば御の字だと思ったのだが、残念ながらタオルだった。がっくりと肩を落とす。
昼飯を食べるために駅前に行くことにした。
柔らかな秋の陽射しを浴びながら、町に出る。
平日の昼下がりだ。
いつもなら舞い散る落ち葉の音でさえ聞こえてきそうな静寂に包まれているはずなのに、シャッター商店街は珍しく人で賑わっていた。
地方都市の衰退を忘れさせるような賑やかな声。
「かわいい……」
ミオリがポツリと呟いた。
近くの幼稚園の園児たちが仮装をして、商店街の人たちに「トリックオアトリート!」と練り歩いていた。
「そうか今日ハロウィンか」
お菓子袋をパンパンにしてはにかむ子供達。
小さなドラキュラや魔女は明るい未来を信じてやまないようだった。
僕らも「イタズラ」と引き合いに甘味にありつければ最高だったが、生憎年齢がそれを許さなかった。
行く年の端にため息をついても仕方ない。
レストランとかに行ければベストだが、あいにくお金が無かった。
安くてうまいと評判な立ち食いそばに立ち寄る。季節がめぐろうが変わらない味と言うのはいいものだ。
演歌とも民謡ともいえない微妙なBGMに耳をすませながら、背広のサラリーマンに混じってそばをすする。雰囲気は最悪だが、安上がりだ。
女の子の手前、いつもならかけそばのところを、見栄をはって天ぷらをつけてあげた。
「始めて食べました」
食べ終わって、お腹を静かにさすりながら、少女は満足そうに頷いた。
「他にどこかよりたいとこある?」
お店を出て、町をふらつきながら訊ねる。
「別にありません」
「遠慮しないで言いなよ」
「そういうコタロウさんはないんですか?」
「コタロウは本名じゃないって言ったろ、みおり」
「みおりも本名じゃありません」
不貞腐れたように頬を膨らませる少女に吹き出してしまった。
葉をすっかり落として裸になった街路樹の下で彼女はふと思い付いたように続けた。
「……そうだ。……水族館に行きたいです」
予想外な提案に面食らって、思わず「なんで?」と訊ねていた。
「……魚が好きなんです。魚って、ぜったい前に進むじゃないですか」
財布の中味を想像する。残高二千円で、交通費も含めて、水族館に行けるはずがなかった。
とはいえ、一度言い出した手前、なにもしないで引き下がるのも寝覚めが悪い。
「んー、そうだ。僕も行ったことないんだけど……」
なので、近くのアクアリウムショップに行くことにした。
たくさん並ぶ観賞魚の水槽を、瞳をキラキラさせながら少女は眺めていた。
ブクブクと音をたてるエアーポンプの音が絶妙な癒し効果を与えているらしい。鱗を輝かせる南米原産の名前も聞いたことない魚を食い入るようにミオリは見つめていた。
水槽を人差し指でコツンと叩く。彼女の視線の先には小さなエビかいて、衝撃を感じてピョンと後ろにジャンプしていた。
ふと、どこかで似たような景色を見たことがあるような気がした。
とるに足りない既視感だ。
深く考える必要はないとわかっていても、喉に魚の骨が引っ掛かった時と同じモヤモヤが僕の脳に霞をかけた。
なんだろう。
いつか、こんなことがあったような気がする。
少なくとも僕がこの店に来るのは初めてなので、あり得ないとはっきり断言できるのだけど。
アクアリウムショップを離れたのは小一時間してからだ。
お店を出てから、彼女は饒舌に魚の話をしてくれた。
「マグロは常に泳ぎ続けるんです」
知っていたが、あまりにも楽しそうに話すので、僕は黙って話を聞いていた。
「一般的な魚類は口をパクパクさせて酸素を取り込むんですが、マグロはエラが固くてそれができないから、常に泳ぎ続けることで、開いた口からエラへ海水を流し込み、酸素を取り込んでいるんです」
「休まず泳ぐなんて疲れる生き方だね」
「生きるために前に進むって素敵じゃないですか」
少し嬉しそうにミオリは言った。
そのままスーパーに寄って、カップラーメンを二つ、かごにいれて会計した。
激安スーパーと言われるだけあって大分安く買うことができた。
連れだって、家を帰る。
北風が冷たく吹いて、思わず身をすくめてしまった。
暗夜行路でも、薄く光が射している、そんな気がした。
ふと僕らが進む道の先に強面の男が二人いるのに気がついた。
あきらかに待ち伏せされているが、進路を変えるのも不自然なのでそのまま歩いていたら、案の定、「すみません」と声をかけられた。
「はい?」
警戒心をとどめることが出来ず、返事をする。
「警察だけど」
胃酸が逆流する。
「なんで呼び止めたかわかるよね?」
と、高圧的に言われた。
「いえ、……検討もつきません」
嘘をついた。悪あがきだとわかっていた。頭がくらくらする。
「昨日の0時頃なにしてた?」
「そうっすね……」
横目でミオリを見ると青ざめていた。彼女の旅は終わりを告げたのだ。
「男にナイフで脅されて、抵抗したんでしょ。目撃者もいるよ」
茶髪の女性のことだろう。心臓の上の辺りが熱くなる。
「キミに刺された人、亡くなったよ」
警官は事も無げにそう言った。
「……え?」
いま、この人、
僕を指して、僕のことを殺人の容疑者として、扱っているのか?
「ちがうッ!」
横にいたミオリが叫んだ。
「ヨシイを殺したのは私ですっ! コタロウさんは関係ありません!」
予想外な発言だったのだろう、警官は目を見開いて驚いた顔のまま、すぐにミオリと僕を引き剥がした。
「放して! 話を聞いて!」
背後からもつけられていたらしい。いつの間にか幾人かの警官に囲われていた。
そのうちの一人の女性警官が抵抗する少女を押さえ、「もう大丈夫だから安心して」と優しく語りかけている。
「なにがしたいんだ、お前は」
警官は心からの愚痴を溢すように舌打ちしてから、両手を前に出すように言ってきた。
言われた通りすると、警官はテレビでしか聞いたことないような罪状を読み上げて、僕の両手に重たい鉄の輪をかけた。重かった。
あまりにも非現実的な光景に思わず笑いが込み上げてきた。不審人物を扱うように荒々しく手錠を警官が引っ張る。
「違うの! やめてッ!」
ミオリの声がこだました。