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秋は日暮れて 4


 次の日も少女は変わらずそこにいた。健やかな寝息をたてている。それを見下ろしながら眺めて、自分自身とても幸せな気持ちで目覚めていることに驚いた。

 そんな錯覚を落とすように顔を洗い、歯を磨く。

 朝ごはんを出してあげようと思い、冷蔵庫を開けてみるが、やっぱりなにも無かった。

 ため息をついて、なに食べようか、と考えていたら、衣擦れの音がした。

 目線をそっちにやると、うろんな表情で僕を見つめる女の子と目があった。

「……おはようございます」

 かすれた声で挨拶される。返事を返すと、「朝早いんですね」と声をかけられた。時計を見ると十二時だ。ちっとも早くはない。

「本当は内緒で出ていくつもりだったんですけど、タイミングを逃しました」

 寝癖を手櫛で整えながら彼女ははにかんだ。

「出ていくって言ったって、どこに行くのさ?」

「さあ……どこか、遠く……温泉とかいいですね」

 寝ぼけた声で答えて少女は大きなあくびをした。


 カーテンを開けて、日の光を室内に入れる。

 朝が弱いらしく女の子はぐでんとソファーによりかかったまま再び寝息をたて始めていた。

 テレビをつけて、ニュースをいくつかチェックするが、昨日のことを報道している番組は無かった。ちいさくほっと一息ついたところで、インターホンの音が響いた。

 実家からの荷物だろうか、とドアスコープを覗いてみると制服を着た二名の警官が立っていた。


 心臓が高鳴る。

 汗が吹き出してきた。僕自身はなにもやましいことしていないが。

 浅く深呼吸してから、 ドアを開ける。

「警察ですが、いま少しだけお時間大丈夫ですか?」

 おじさんと若い警官の二人組だった。

 小さく「出かける準備をするんで手短にお願いします」と返事をすると若い方が続けた。


「昨日の夜遅く、暴行事件がありましてその調査をしてます。昨夜のだいたい0時過ぎ、不審な物音を聞いたり言い争いの声を聞いたりしませんでしたか?」

「いえ、とくに。昨日は疲れてて直ぐ寝たので」

 なぜだろう。するりと出任せを言っていた。罪悪感は無かった

「そうですか。昨晩は外出されましたか?」

「昼間は買い物に、……夜は外出してないですね」

「なるほど。……失礼ですがいまおいくつでいらっしゃいますか?」

「今年で十九歳です」

 警官はこれ見よがしに鼻をひくつかせた。タバコの臭いを敏感に察知しているらしい。まあ、現物を見られた訳じゃないので、いくらでも言い訳できる。

「大学生? 今日はおやすみ?」

「はい。でもこれから出かける用事があります」

「ふぅん。ところで頬、すごく痛そうだね。大丈夫?」

「見た目ほどではないですよ」

 年下とわかった瞬間敬語を止めるやつは嫌いだ。

 カマかけているだけだから、なにも焦ることはない、そう自分に言い聞かせるが、なんだか嫌な汗をかいてしまう。

 警官は胸から出した手帳になにやら書き付けて、

「……なるほど、わかりました」

 ぱたんと手帳を閉じ、

「お忙しい中、ご協力ありがとうございました」

 と小さく会釈してから、去っていった。


 頬に手を当てる。さっき鏡を見たとき、殴られた痕が残っているのを見つけたが、そこまで目立つものではなかった。

 目敏いな。

 ドアを閉めて、額に滲んだ汗を拭ったら、ソファーから小さな声をかけられた。

「なんで黙っていたんですか?」

 様子をうかがう猫のような瞳で僕をじっと見ている。

「そう? 結構ベラベラ喋ってたと思うけど」

「そうではなく……」

 少女は困ったように眉間にシワをよせてから、

「私のことですよ」

 と呟いた。

「なんで警察に私のことを話さなかったんですか?」

「さあ、なんでだろうね。僕もよくわからないや」

 少女は無言で僕を見て、

「……もう行きますね」

 少しだけ嬉しそうに微笑んでから、立ち上がり、机の横にあったピンクのバックを手にとって、頭を垂れた。

「色々とありがとうございました」

 顔を上げて、薄く微笑む。

 空気が清澄なものになるのを感じながら、僕は「まって」と彼女を引き留めていた。

「なんですか?」

 きょとんとする少女。

 けして別れを惜しんだわけじゃない。

「まだ警官がうろついてるかも知れないから、もう少し様子を見た方がいいよ」

「確かにそうですね」

 窓の外の青空を眺めながら、困ったように所在なげなため息をついた。

 手持ちぶさたになった少女はバックを床において、困ったようにうつむいた。

「それじゃあ、もう少しだけ、ここにいさせてください」

「ああ、かまわないよ」

 なるたけ元気よく返事をして、少女の隣にどかりと座る。

「さてと、ゲームでもしようぜ」

「ゲーム?」

「友達が持ち込んでさ」

 テレビ台の下の一世代前のゲーム機を取り出す。杉江が勝手に置いてったものだが、葬式のときに彼の家族に返し忘れたのだ。

 久々に電源を入れ、ソフトを差し込んだ。ゲーム機本体のロゴが不気味なエフェクト音ともにテレビ画面いっぱいに映し出される。

「どうせ暇だし、一緒にやろうよ」

「……そうですね」

 スゴロクのようなゲームだ。スタートボタンを押し、プレイヤー人数に数字の2を入力する。

 少女はプレイヤー名に『みおり』と入力していた。

「それって本名?」

「……」

 答えてくれなかったが、横目で見ると少しだけ頬が赤くなっていた。図星らしい。無意識のうちに入力したのだろう。

「こ、コタロウというのは本名なんですか?」

 悔しまぎれに僕のプレイヤーを読み上げる。

「そんなわけないじゃん」

「じゃ、じゃあ、みおりも本名じゃないです」

 少女は勝ち誇ったように「ふふ」と笑った。誤魔化されるわけがない。

 ゲーム画面が起動し、僕らの冒険が始まった。


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