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もう一度、捨てきれない人生を


 不良の武勇伝のオチは大抵、目が覚めたら病院だった、に落ち着くらしい。


 喧嘩で入院という野蛮なエピソードとは、無縁な人生のはずだった。

 僕の運命を狂わせたのは、ひとえに杉江のせいだろう。


「ひょっとして、アイツは自殺だって思ってる?」

 入院三日目、お見舞いに来てくれた杉江のお兄さんは苦笑しながら僕に訊ねた。弟と同じ真っ直ぐな瞳をしていた。


 なにも言えず、苦笑いしたら、「ひでぇなぁ」と冗談めかして破顔した。

「アイツは自死を選ぶような弱いやつじゃないよ」

 自殺は弱いやつの逃げ道なのだろうな。

 そうは思わないが、力強い瞳のまま、杉江とそっくりなエクボを浮かべ、彼は僕の左手を握った。

「だから間違いなく事故だね。肝心なところで、いつもドジを踏むから。昔からそういうとこあんだよなぁ」

「そうなんですか……」

「生前、いつかキミに言わなきゃいけないって、言ってたんだけどさ。実はアイツは小説書いてたんだ」

「小説?」

「いつか文壇に革命を起こしたいって言ってたよ」

 手を放す。

 僕の右手に何かの鍵が残されていた。

「これは?」

「死亡事故が起こってる不吉なバイクかもしれないけど、よかったら、貰ってやってくれないか?」

「……いいんですか?」

「ちゃんと修理したからさ」

 どうやら杉江が乗っていた単車の鍵らしい。

「僕、免許持ってないですよ」

「じゃあ、いつか取ったらキミにあげるよ。……あいつ、キミとツーリングに行きたいってよく言ってたから」

 本人からもよく言われた。

 嫌なことがあったとき、風のように飛ばすのだと。

 そうしてスピードの向こう側に行ってしまったのだが。

「もらってやっても良いって思ったらまた連絡してくれ。名義を移すからさ」とスーツをかっこよく着こなした社会人の杉江の兄貴は、病室を後にした。

 杉江のバイクを貰っても、僕はきっと飛ばさないだろう。

 死にたくないし、なによりゆっくり生きるのも悪くないと思えたからだ。


 十一月になって、すっかり秋は元気を無くしたみたいだ。

 病室の窓から青空を見て僕はため息をついた。

 こんなに空が晴れているのに、散歩にもいけないのは本当に辛い。

 吊られた自分の左手を憎々しげに睨む。

 結局、ミオリとハロウィンを楽しむことはできなかったし、一緒に箱根行くことも出来ていない。

 全部が全部、お預けだ。

 怪我が治るまで。


 入院生活はほんとうに退屈で、

 目まぐるしい日々から解放されたはいいが、日常に戻ったときの不安がつねに付きまとっている。そういう意味では穏やかな気持ちでいられなかった。

 留年はやばいよなぁ、とギブスを撫でる。


 不安は数えきれないし、見通しの悪い将来に希望を抱くことは難しい。


 あの夜だってそうだった。

 ミオリのアパートに勇んで乗り込んだはいいが、何回も失敗をし、ようやく掴んだ成功の代償が、右手の骨なら安いもんだろう。名誉の負傷と思い込もう。


 ヨシイは警察に捕まり、僕は入院生活と並行して事情聴取を受けている。幸いなことに、大きな罪に問われることはないらしい。

 悲鳴を聞いて、暴力を止めようとした善良な一般市民を責めるような司法ではなくて一安心だ。

 ギプスに描かれた下手くそな魚の落書きを撫でる。

「メダカ?」と訊ねたら「マグロです!」と膨れた少女を思い出す。


 前に進むのも悪くない。

 病室のドアがノックされた。

 時計をみると、ちょうど学校終わりの時間だった。



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