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09●ヒルダの右手と左手の法則……それと『雪の女王』


9●ヒルダの右手と左手の法則……それと『雪の女王』



 さて、エンドマーク寸前の、最後の最後の場面で、ヒルダはホルスと手をつなぎ、歓び一杯に走ります。

 二人が手をつなぐのは、多分、湖畔の廃村で二人が出会ったとき以来ですね。

 映像の表現を見ると……

 湖畔の廃村を出るときに、ヒルダは“左手”でホルスと手をつないでいるよう(?)ですが、画が小さいので、どのような手のつなぎ方か、ちょっと確認できませんね。

 それから、物語のエンディングまで、ヒルダはホルスと仲良く手をつなぐことはありません。

 お互いに不愛想な距離を保ったまま、思えば色気のない関係を、よくぞ最後まで続けたものです……。 


 そしてエンディングの場面では、左手、右手、そして左手へと、明らかに、つなぐ手を持ち替えて走っています。

 

 そんな細かいことを気に掛けて、意味があるのか? ……とお思いでしょう?


 しかし、ヒルダの右手と左手、あるいは右側と左側は、作品の中で、かなりきっちりと使い分けられています。

 ヒルダの右手は、もっぱら竪琴をつまびく動作に使われます。美しい音色を奏でます。

 そして左手は、武器を持つために使われています。ホルスの斧、懐刀、剣がそうです。

 ヒルダの心の中の人間と悪魔、すなわち善と悪を観客にわかりやすく代弁するバイプレイヤーとして、人間側にリスのチロ、悪魔側にフクロウのトトが当てられています。

 原則的に、チロはヒルダの右手側に、トトはヒルダの左手側に立ちます。


 つまり……

 ヒルダの右手側は善であり人間、左手側は悪であり悪魔を化体しているのです。

 湖畔の廃村で出会ったとき、ヒルダは悪魔の側の左手を、ホルスに差し出して、駆けだしています。なんだか意味深ですね。


 一方、右手で奏でる竪琴も、見ようによっては悪魔の武器かもしれませんが、村人を洗脳する魔法効果があるのは、ヒルダの歌声であって、竪琴のメロディではありませんね。


 ただし、ホルスを迷いの森に落とすとき、ヒルダは最初、左手に構えていた懐刀を、“両手”で握り、振り下ろしています(RAE41頁)。

 これは、ホルスへの悪意と善意が拮抗し合って、苦悩する状態を表わしていると思います。

 悪の刃の切っ先は鈍り、ホルスをその場で完全に殺すことはしなかった……ということではないでしょうか。


 また、グルンワルドが作り出した幻のホルスに襲われるとき(RAE42頁)や、ホルスとの剣戟の場面(RAE43頁)では、両手で剣を握るときがあります。

 しかしいずれも、相手はホルスであり、このときすでにヒルダは、ホルスを殺せとせまるグルンワルドの命令を、「いやです!」(RAE42頁)とキッパリ拒否しているのですから、ホルスに対する殺意は基本的にありません。やはり、悪意と善意が拮抗した状態と考えていいでしょう。


 “命の珠”をフレップに与え、雪狼に打たれる場面(RAE47頁)では、左手から右手に剣を持ち替えています。命の珠を放棄した後ですので、ヒルダは悪魔性を脱ぎ捨てて人間になろうとしており、矛盾するものではありません。


 偶然の産物かもしれませんが、ヒルダの“右手と左手の法則”は、興味深いです。

 こうすることで、ヒルダという一人の人物の中に、人間性と悪魔性が同居し、せめぎ合っていることが、視覚的に伝わるからです。

 これはやはり“大人向け”の繊細で緻密な演出といえるでしょう。


 そして最後に、ヒルダはホルスと手をつなぎ、幸せそうに走ります。

 このとき、ヒルダは自らの死を克服し、一人の人間に戻っています。

 右手と左手が、せめぎ合うことは、もうありません。

 左手、右手、そして左手へと、つなぐ手を自由に持ち替えて走っています。

 人間と悪魔に“引き裂かれて”苦しむ自分に決着をつけ、心の調和を取り戻したヒルダの人間性が伝わってきます。

 細かなことながら、文句なしの演出です。


 そこで付け加えたいのは、ヒルダが、“他者に依存せず、自立する少女”であることです。

 ホルスと手をつなぐのは、すなわちヒルダの意志であり、意地でもあります。

 画面上は、ホルスがヒルダの手を引いているようですが……

 しかしこのとき、ヒルダが自分の強い意志で、ホルスをガッツリとゲットすることに成功した……とみることもできるでしょう。


 ホルスはこの時、ヒルダに身柄を“確保”されたのです。

 ホルスは知らぬがホトケですが、ヒルダはどちらかと言えば肉食系でしょうし、かなり嫉妬深いと思われますし、信じた人の裏切りは敏感に警戒しますし、いったんつかんだ幸せは何があっても絶対に離さないタイプの人間であるようです。


 嗚呼ああ、ホルス少年の未来に、さいわいあれ……



    *


 閑話休題ですが、『ホルス……』の劇場公開からさかのぼること11年、1957年に当時のソビエト連邦で制作されたアニメ作品『雪の女王』という傑作があります。

 “アナ雪”とは関係がありません、念のため。


 アンデルセン童話を原作とした一時間程度の作品ですが、『ホルス……』の制作に打ち込むスタッフたちにとって、“聳え立つ”(2013 キネマ旬報セレクション 高畑勲 60頁)ほど遠大な目標のひとつでした。


 はるか北の極寒の国から、世界の冬を支配する“雪の女王”。

 彼女は南の街の美少年カイを拉致して、氷の城に閉じ込めます。

 カイの幼馴染で、彼を心から愛する少女ゲルダは、単身、カイの救出に旅立ちます。

 このあたり、ファンタジーの王道ですね。勇者ゲルダです。

 艱難辛苦の末、最後はカイ君の救出に成功するゲルダ、めでたしの結末です。


 特筆したいのは、ゲルダのキャラクター。

 おしとやかな外見とは裏腹な、自分で考え、決定して行動する、アクティブ少女であること。

 そして長い道中で、ゲルダを助けてくれる人々、これがほぼ全員、女性ばかり。

 そのほか、ヤックル似のトナカイみたいな“シカさん”とか、動物たちが協力します。

 男の活躍が乏しく、女性たちがパワフルなところ、なるほどソ連っぽいというべきやら……


 自ら行動して問題解決にあたるところ、ゲルダとヒルダは似ているようです。

 そして雪の女王は洒落抜きのクールビューティで、なんだかドSな感じも魅力ですが……

 その外見と言い、氷の宮殿といい、これまたグルンワルドな雰囲気。

 彼女とグルンワルドが並んだら、いい感じになりそうです。

 ただし、凄みは“雪の女王”の方が、数段、上手うわてかも。

 話中でひときわ目立つのが、山賊の女ボスと、山賊の娘。いいキャラです。

 ラピュタのドーラと、若い頃の写真のドーラを連想してしまいます。

 ラストで、雪の女王が消えて、春が訪れるのも、どこか『ホルス……』に似ています。


 どことなく、『ホルス……』の鏡面作品のようで……


 影響がゼロとはいえないでしょう。

 『雪の女王』を踏まえて、これを土台の一部として『ホルス……』が組み立てられたと考えても、しっくりと理解できます。

 『ホルス……』の隠れた原点のひとつかもしれませんね。





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