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07●結末の十字路に立って……“子供向け”からの決別


7●結末の十字路に立って……“子供向け”からの決別


 『ホルス……』が公開された1968年、すなわち昭和43年当時の“子供向け漫画映画”は、なんといっても、子供の夢と希望をかなえるのが最優先でした。

 21世紀の現在とは違って、そもそもアニメなんか、大人が観るものではありません。

 だから、ハッピーなネズミ君が君臨する巨大テーマパークにみるまでもなく……

 お伽噺の結末は、“それからみんな幸せに暮らしましたとさ”の、メデタシメデタシ路線、これ一択のみ。

 最後は全員揃ってハッピーエンドを迎えるのが、漫画映画の常道であり、そうでなければ、当時は社会的に許容されなかったことでしょう。

 シェイクスピアばりの悲劇を持ち込もうなどとしたら、経営サイドから「何してんねん、アホちゃうか」と一蹴されて終わったはずです。


 なにしろ“子供向け”です。

 絶対にハッピーエンドありきで、みんなで楽しく輪になって踊る大団円に向かってのみ収束していく、予定調和のお伽噺。

 見た目が綺麗で、楽しければ、いい……それ以外は、はっきり言って、期待されていなかったのです。


 しかし、『ホルス……』を、大人の鑑賞に耐える高度な作品に仕上げようと志す、高畑勲監督はじめ制作スタッフは、おそらく何十回も脚本を吟味して、自問したことでしょう。

 “それでいいのか?”……と。

 当時、だれひとり疑問に思わない、この金太郎飴的なハッピーエンドの“お約束”こそ、かれらの前に、天の岩戸の如く立ちはだかった、大問題だったのではないでしょうか。


 ヒルダの、この物語は、いかに終わるべきなのか?


 物語の作り手は、胸を掻きむしる思いで、呻吟しんぎんしたことでしょう。


 本当に伝えたい結末が、ありきたりな、お約束ハッピーエンドであったはずがありません。

 あれほど苦しんで苦しみ抜いて、ついに、“人としての死”を選ぶに至ったヒルダです。

 一方、『ホルス……』はすでに物語の前半で、当時の“子供向け漫画映画”にあるまじき“掟破り”をしています。

 人の死のかたちを重厚に描いたことです。

 第一に、ホルスの父の死と葬送。

 第二に、村人モラスの葬送。

 そして雪原に斃れるヒルダは、この物語の“第三の死”となるのです。


 人の生と死の、根源に通じる“なにか”に、この物語はすでに関わっている……


 そんな、運命的な自覚に押し流されるように、物語はラストシーンへ突入していくのです。

 どう考えても、“子供向け”ハッピーエンドになるはずがありません。


 そして、実際に出来上がった映像は……


 村へ帰って来たヒルダ。

 喜ぶホルスと仲間たちに迎えられ、明るい日差しを受けて……

 ヒルダはみんなと一緒に駆けていきます。

 人類は絶対正義であり、絶対悪のグルンワルドを滅ぼしました。

 ヒルダの心の中の悪魔も追い払いました。

 彼女は晴れて人間に生まれ変わったのです。

 めでたし、めでたし……

 と、典型的なお子様向けのハッピーエンドになりました。

 文句なしに、当時の観客の期待に応えたのです。


 そういうことです。


 ……ってか、これじゃまるで“めでたし詐欺”じゃないか、と拍子抜けする方がおられるかもしれません。

 さにあらず。


 なにぶん当時の事情が事情です。

 誰もが喜ぶハッピーエンドにしなければ、作品は完成させてもらえなかったでしょう。

 あくまで推測ですが、制作スタッフは、“子供向け”の仮面をかぶってゲリラ戦に転じたのではないかと思うのです……。

 つまり、見た目はハッピーエンドの映像にしながら、その場面を解釈する角度を変えれば、異なった物語が水面下に透けて見える……そんな、神業かみわざ的な手法です。


 これが意図的に造られた結末なのか、偶然の産物なのか、議論はあることでしょう。

 しかし、それよりも、実際に、三種類もの結末が重ねあわさって見えてくるという事実に対して、率直に、心から驚きたい……と思います。


 物語の道を歩いてきた貴方は、今、“結末の十字路”に立っています。

 この先の道は、まっすぐ前か、左か右か、この三方向に分かれます。

 それが『太陽の王子ホルスの大冒険』のグランド・フィナーレ。


 空前絶後の結末……とは、このことです。




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