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05●“太陽の剣”の本質……“緑の森”を焼く、核兵器のメタファー?

 ●“太陽の剣”の本質……核兵器のメタファー?


 悪魔グルンワルドを滅ぼす唯一にして最強の兵器として、重要な役割を担うのが“太陽の剣”です。

 では、太陽の剣は、本質的にどういうものなのでしょうか? 

 剣の姿をしているが、ただの刃物ではない……ことはわかりますね。

 よく切れるだけなら、人間を殺傷できても、冬という気候そのものであるグルンワルドを倒すことはできませんし、グルンワルドもこの剣を恐れる理由はありません。

 しかしグルンワルドは心底からこの剣を恐れ、怯え、そして最後に倒されます。

 では、グルンワルドを倒すとは、どういうことなのでしょうか?


 グルンワルドの本質は“冬将軍”。すなわち強烈な寒気の塊です。

 これに打ち勝つのは、その寒気を相殺してあまりある、巨大な熱量ということになります。

 太陽の剣の本質は、強力な熱。これに尽きます。

 瞬時にして“冬将軍”を溶かし去るほどの、すさまじい熱の塊なのです。


 20世紀の人類は、これをすでに実現しています。

 核兵器、そして原子力。

 『ホルス……』が公開された1960年代、列強国による核実験は毎月のように行なわれ、爆発回数は年間数十回を数えていました。核兵器は21世紀の現在よりもずっと、よくない意味で日常的な存在だったはずです。また原子力発電は、1966年に東海発電所が稼働、“核の平和利用”は世論も寛容で、現在よりも積極的に進められていました。


 そこで、仮説です。

 “太陽の剣”は、作品公開当時に毎月のように繰り返される大国の核実験で、日本国民を不安に陥れていた熱核兵器を暗喩しているのではないだろうか?


 『ホルス……』に描かれた、太陽の剣の製造過程を振り返ってみましょう。

 自律意思を持った岩石の巨人“岩男モーグ”の肩に刺さっていた棘が“太陽の剣”であり、これを抜くことに成功したのがホルス少年でした。

 しかしその刃は錆らしきものに包まれてボロボロ。

 モーグはこれが“太陽の剣”と呼ばれる名剣であり、鍛え直すことができたら再会しようと告げ、ホルスにその錆びた剣を託します。

 その後、ホルスは鍛冶師のガンコ爺さんと試行錯誤を繰り返し、ついに、村人全員の力を合わせて再鍛造に成功します。

 少年ホルスの指導のもと、人類の力を結集して、太陽の剣はその威力を復活するのです。


 この筋書きで、まず注視したいのは、太陽の剣が、岩男モーグの体内からこの世に出現したことです。

 言い換えれば、モーグという岩石の地層から、人類にとって、兵器として極めて有用な鉱石の塊が採掘されたことを意味します。

 ホルスたちの行為は、この鉱石をさらに精製して、“太陽の剣”の本来あるべき姿…強力な熱量を発揮する対悪魔兵器…を製造したことになります。


 この一連の行為は、岩石からウランの粗鉱を掘り出し、加工して、熱核兵器に必要なウラン235を精製する工程をなぞっていると、思われませんか?

 村人全員の知恵と力を集めて太陽の剣を完成させる光景は、第二次大戦中、原爆製造のために全米の英知を結集したマンハッタン計画を彷彿とさせます。

 モーグがホルスに予言した“太陽の王子”という称号は、現代ならば、原爆の開発者を指すことになるでしょう。


 さて、迷いの森でホルスが到達した、“太陽の剣”を鍛え直す方法とは……

 工場制手工業…マニュファクチュア…であると思われます。

 それは、設備を整えた特定の生産現場へ、労働力を集中配備する手法のひとつです。

 これまで“東の村”では家族単位で個別に細々と行ってきた製造作業を、集団で組織化する発想であり、狩猟採集文明の段階でしかなかった村の人々にとって、まさに革命的な労働環境の転換だったことでしょう。


 これは、未来の産業革命に通じる、画期的なブレイクスルー。

 ホルスが「わかったぞ、ガンコ爺さん!」(RAE66頁)と叫んで走り出したのも納得できます。「エウレカ!」と叫んでシラクサの街を走ったアルキメデスを彷彿とさせる、閃きの瞬間と言うべきでしょう。


 さて、錆に包まれていた間も、“太陽の剣”は、自然界を代表する悪魔にとって有害なオーラを発散し続けていました。

 電磁波の一種でありましょう。あえて、“放射線”とは言いませんが……

 そのためヒルダは剣に近づくこともできず、剣の再鍛造に成功した後は、氷の城に追い詰めたグルンワルドを、その輝きだけで圧倒します。

 剣が放つオーラが村人たちの銛の穂先に反射して集中的に浴びせられたことで、グルンワルドが致命的に弱体化し、氷のホールにくずおれ、息絶えていく場面です。

 まるで、致死量の放射線を被曝したかのように……。


 太陽の剣は、やはり、熱核兵器が化体したものと考えていいのではないでしょうか。


 人類が作り出した、究極の大量破壊兵器。

 それはまさに、悪魔をも打ち砕く、悪魔以上に悪魔的な兵器です。

 核兵器は死と恐怖を生む以外になんら役立たない代物ですが、“太陽の剣”も、悪魔グルンワルドを殲滅する以外の、生産的な用途には一切使われませんでした。

 グルンワルドを滅ぼすと同時に、太陽の剣そのものも消滅してしまったのですから……。


 そう考えると、『ホルス……』の表層的な子供向けストーリーでは、人類を救う正義の武器としてホルスの腕に構えられたこの剣に、自然環境を悪魔的に破壊し尽くす死神……核兵器としての、ダークな本質が滲み出てきます。

 そこには、映画公開当時、地球を汚染し続けていた大国の核実験が重なって見えるのです。


 もちろんこれは、“子供向け漫画映画”に描くことのできるエピソードではありません。

 “子供向け”の表層の下に、静かに隠された、“大人向け”の伏線ではないか……そう考えられるのです。


 人類の歴史区分において、石器時代に続く、青銅器時代、鉄器時代といった呼び名が示す通り、人類の文明建設は、岩石から有用な鉱物を抽出して製品に加工する営み……冶金工学……を抜きにしてはありえませんでした。

 人類は岩石を味方につけ、利用することで発展してきました。

 だから、岩男モーグが終始、人類の側について、ホルスに協力した経緯が理解できます。

 “太陽の剣”を製造するプロセスは、冶金工学の発展史をなぞっているのですから。


 『ホルス……』には、冶金工学の歴史の頂点として、二十世紀に至って熱核兵器を手中にした人類が、母なる地球環境を科学力で屈服させ、ついには、居心地の悪かった季節“冬”を撃滅してしまうまでの歴史が集約されているとみることもできるでしょう。


 とすると、物語の終盤で、ホルスが率いる村人軍団は、“冬将軍”のグルンワルドを完全に滅ぼすところまで、行き着いてしまったことになります。

 表層的な“子供向け”のラストシーンでは、暖かい春が訪れて、人々は明るい季節を満喫し、笑顔で閉幕となります。

 しかし大人の鑑賞眼を通してみれば、じつは、めでたし、めでたし……で終わったのではないことが、容易に想像できるでしょう。


 グルンワルドは滅びました。

 “冬将軍”は死んだのです。

 ならば、これからこの世界に訪れるのは……

 夏と秋、そして生暖かいままにやってくる春と夏の繰り返し。

 『ホルス……』のエンドマークの後に残ったのは、“冬無き世界”ということになります。

 これを現代の人々は何と呼ぶのか…。

 地球温暖化。


 そして、グルンワルドという名に“緑の森”という意味合いが含められていたとしたら、“太陽の剣”は、人類文明の敵である悪魔とともに、豊かな大自然も焼き払ったことになるでしょう。


 “太陽の剣”は、映像で見てのとおり、両刃もろはの剣。

 それはまた、人類の文明に勝利と敗北を同時にもたらす、両刃もろはの剣でもあったのです。


 『太陽の王子ホルスの大冒険』は、ある意味、エコロジー・テーマのファンタジーともいえますが、こうなると、フィクションの領域を超え、時代を超えた“警告の書”というべき普遍性を帯びてきます。


 大国が誇る正義の兵器である熱核兵器、その原理を平和利用すれば原子力発電ということになりますが、それは現在、そして未来において、私たち人類を本当に幸福にしてくれるのか?


 半世紀も昔の作品とは思えない、鋭い文明批判が、時を超えて21世紀の私たちに投げかけられている……と思えてなりません。


 グルンワルドに象徴される自然界の正義。

 そして村人たち、人類文明の正義。

 二つの正義が対決し、人類側の正義が勝利しました。

 しかしそれは、人類の未来にとって、本当に“正解”だと言えるのか?


 つまり……


 “正義は果たして、正解たり得るのだろうか?”


 21世紀の私たちに読み取れる、『ホルス……』の“大人向け”メッセージのひとつです。




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