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本気を出さない戦記  作者: 波奈 貴史
7/8

第7話 空飛ぶ曲芸士

「ここから先が森の境界線よ。ここを越えたら絶対に気は抜けない。

ザザンさんは私から離れないで」


ここまで来てしまった。

俺達はついに、西の古代林に到着してしまった。


未だ飛行中の俺たちの眼下には鬱蒼とした木々がひろがる。

あまりにも木が密集しすぎていて、地面などはまるで伺えない。


「あのさ、降りねえの?」


「こっちの方が水場を探すのが楽だから」


まあ、確かに当然道などなく、むしろ障害物だらけの森の中を歩くよりもこちらの方が断然良い。


「それに、森の中に入るとザザンさんを守るのが大変だから」


俺を守るだって?


「舐めんなよ。ふんっ、逆にお前が守られたりしてな」


雑魚扱いされると少々尺なので言い返しておく。


「分かったよ。じゃあ私はあなたを守らないから、せいぜい死なないようにお互い頑張りましょう」


そう言って、ミーシャはおんぶで俺を支えていた手を離す。


なっ!?こいつ.......。


俺は必死にしがみつく。


おちる!ほんとにおちる!


くっそ、こいつちょっとの間でたくましくなりやがって!


「......協力って大事だよな」


俺がボソリとこぼした瞬間、彼女はニコリと笑った。


「もうっ、全く仕方ない人だね」


彼女は支える手を元に戻した。


......こいつ、マジで覚えとけよ。


「まあでも、空から行くなら余裕だよな?」


というか、俺は鬱蒼とした森の中を四苦八苦しながらくぐり抜けて行くというのを想像していた。

だから、空から行くと聞いた時は今回の探索は何も苦労することなく終わるかもな、などと思ってしまった。


「それはどうかな?まあ、ここを越えてみれば分かるよ」


おい、なんだよその含みのある言い方は。

空からなら楽ちんの冒険じゃねえのかよ。


ミーシャは剣を抜いた。


ん?剣を抜いた?


そのため、俺のケツを支える腕が右手のみとなった。


「おいお前、なんでそんなもん抜いてるんだよ。俺のケツを両手で支えろよ」


などとわめいたのだが、


「じゃあ、行くよ!」


俺の言葉には全く取り合わず、高速飛行を再開した。


体全身で風を切っていくその感覚が俺に疑問を提起した。


「ちょっ?なんでこんな早く飛んで......」


眼下の森が高速で後ろに流れていく。

俺はゆったりと飛んで、安全に水場を見つけるものだと思っていたために心の準備が出来ておらずミーシャにしがみつくのに必死だった。


その理由はすぐに分かった。


シュンッ。ゴオッ。ピュン。ブオン。


俺の元いた場所を高速で通り抜ける物体、もしくはブレスの音が俺の耳を通り抜ける。


驚くべきことに、森の中からこちらに向けて多種多様な攻撃が飛んできているのだ。


俺の背中の後ろを風圧が通り抜けていく。

その風圧のせいか、俺は背筋がひやりと冷える感覚を覚える。


「ちょっ、これやべえって!死ぬ!普通に死ぬ!」


「ちょっと静かにしてて」


ミーシャは器用にも不規則に左右にずれながら、時折直撃しそうな攻撃を左手で持った剣で切り裂いていた。

それだけの集中力を要している中、話しかけられたくはないだろう。


そうして人間離れして、もはや鳥になるという段階すら蹴飛ばすような飛行を続けること5分。



「水場だ、みつけた!」


そう言って、ミーシャは急停止をしたかと思うとジグザグに急降下を始める。


そうすると、魔物からの攻撃がより激しさを増し、こちらに被弾する攻撃が増えてくる。

近づけば近づくほど弾幕の密度がましていく。


しかし、それをミーシャは全て切り捨てる。

その姿は空中でまう蜂のようだった。


.......やっぱりこいつ、結構つえーのな。

軽く人間を超えている。


そして、いよいよ森に突っ込もうか という所。

木々の先端がグングンと近づいて来る中で


──ミーシャは右に急旋回をした。


「んがっ!」


俺は急激に方向転換したために慣性に引っ張られて小さく呻く。

そして、抗議の声を上げようと口を大きく開いたところで──


俺達の元いた場所にシャレにならないでかさの木が、ものすごいスピードで下から突き上げるように現れた。


「ああ!?なんだコイツは」


こんな攻撃に当たれば怪我どころでは済まない。どう考えても体がばらばらになる。


そして気づいた。

この攻撃は間違いなく魔物のものでは無い。


「これは......魔法!!」


ミーシャは余裕なさげに呟く。


下から生えてくる巨木は絶え間なくこちらを破壊せんと向かってくる。

最初は何とか躱せていたのだが、攻撃は徐々にミーシャの動きを捉え始めた。

ミーシャの高速飛行について行き、どう動くかを計算した上での攻撃──これは魔物のやることじゃねえ。


「これはやばいかも.......っ!」


余裕を失ったミーシャは、巨木に剣で応戦することをやめ、魔法障壁(バリアー)を球状にはり始めた。


高速で飛び回りながら、避けきれない攻撃を魔法障壁(バリアー)で受けるという戦法に切り替わる。

いや、戦法とは言えないかもしれな

い。

なぜなら......


「くっ......。反撃出来ない」


反撃どころかこちらは攻撃の出どこ

ろを一切伺えないからだ。

それでもって、防戦一方を強いられ

ている。


「おい、魔力の出どころから相手を特定できねえのか!?」


「無理!だって魔力の源が......」


下から次々に生えてくる殺人の巨木を魔法障壁(バリアー)で防ぎな

がらミーシャはやはりダメというように、首をゆるりとふる。


「森全体なんだもの」


「森全体?何言ってんだお前。意味

わかんねえよ」


「私だって分からない!でも、そうとしか言い様がないの」


確かに、こちらはそこそこ広い範囲を飛んで逃げ回っているが、攻撃は途絶えることなくずっと追いかけてくる。

空を高速で飛んでいる俺たちを、森の中を移動して追い掛けるというのはまあ、無理な話だろう。

だから、 森全体が魔力の源だと言われると納得できないことは無い。

意味はわからないが。


「じゃあどうすんだよ?ずっとこの

まま、魔力を消耗しながら飛び回るのか?」


「言われなくたって分かってる。このままじゃいつか魔力が切れる。

考える余裕が無いの!提案して」


逆に意見をもとめてきやがった。


「じゃあよ、魔法障壁(バリアー)はってんなら、そんなに飛び回る必要ないんじゃねえの?」


よくよく考えれば、攻撃を避ける必要が無くなったのだから一点にとどまってじっくりと打開策を考えてもいいような気がするのだが......。


「ダメ。それをしたら、私の魔法障壁(バリアー)が攻撃をくらいすぎて壊されちゃう」


「上に逃げるのは?」


「それも同じ。そんなことしたら上昇中に攻撃を貰いすぎて魔法障壁(バリアー)が持たない」


なんだよ。なんも出来ねえじゃねえか。


「万事休す......か」


「ちょっと、諦めないでよ!なんであなたはそんなに落ち着いていられるの!」


ミーシャはなおも空を舞う曲芸を続けながら声をあららげる。


「だっておれ、お前にしがみついてることしか出来ねえし。頼むぞ勇者様」


俺はガハハと笑う。


「うう、全くこの人は.....!」


そう言ってミーシャはこめかみをおさえる。


そうして、ろくな打開策も打てずに逃げ回ることしばらく。

俺は良くないことに気づいてしまった。



「なあおい、だんだん囲まれてきてねえか」


周囲を見れば、どこもかしこも巨木に囲まれていた。

そして、わずかに存在していた隙間すらだんだんと埋められていく。


おい、もしかして?いやまさかな......。


「.......認めたくないけど、はめられたかも」


「おいおい、こちとら高速でしかも可能な限り不規則に飛んでたんだぞ?誘い込まれるとかあるか?」


俺はこの現実をまだ受け入れきれない。

だってそうだろう。俺が今乗っている人外の化け物の頭のおかしい飛行をもってしてこの惨状、というのは欠片も納得が行かない。


「それでもこうやって誘導されている。それが出来る相手だってことだよ」


そんなやつそうそういるかよ!と言いたかった。

しかし、彼女の言うとおりだ。

この惨状を受け入れざるをえまい。

なぜならこれが目の前に突きつけられている現実なのだから。


って達観してる場合じゃねえ!


「おい勇者!どうすんだよこれ」


俺の叫びにミーシャは悩む素振りを見せる


「うう。せめてあなたをおぶっていなければ簡単に抜けられるのに......!

......言っても仕方がないよね、ほんとにどうしようか」


ミーシャが悩んでいる間に俺はひとつの予想を立てていた。

本当は打開策を思い浮かべられれば良かったのだが、そうではない。

それは、次にこの隔離された空間の中でどんな攻撃を受けるかだ。


「なあ、ここから早く出ねえと死ぬぞ。次の攻撃は多分、空間の内壁から......」


空間の内壁から無数のトゲが生えてきてそれが一斉にこちらに......そう口にする間もなく、それが現実になりつつある光景が目に映った。


「無理やり出るよ!捕まって!」


それだけ言うと、ミーシャは今日最速では無いかと言うくらいの速さで加速し、いくつかのトゲを強引に魔法障壁で防ぎながら内壁の付近までたどり着いた。


ピシッ!


見れば魔法障壁にはヒビが入っているようだった。

次攻撃を貰えば死ぬ。

そして、案の定背後からもおびただしい数の木の針が迫ってきていた。

そんな状況でミーシャは魔法障壁を解き、剣を腰のところに構えた。

彼女はそのままの一瞬停止し......。


──一閃。


ミーシャが剣を振るったと思われる部分の内壁がボロボロに切り崩され、そこを高速で脱出する。


太陽が目に入り、密閉空間から抜け出したのだと言う実感を得たああああああああああっ!


抜け出したほんのすぐ先、俺たちを待ち構えていたのは


──禍々しい紫色の空間の裂け目だった。


「く......っ!!止まりきれない!」


ミーシャが歯噛みをする。


「なんとかしろぉぉぉぉぉぉ!!」


俺の声もあえなく、どうすることも出来ないようだった。

俺達は木の牢獄を抜け出した勢いのまま、その空間の裂け目に飛び込んだ。


俺は流されゆく意識の中叫んだ


けっきょく最後まではめられてんじゃねえかああああああああぁぁぁ........。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「おい.......おい!何寝てんだよ!」


俺は目を閉じてぐったりとしている青年を荒々しく揺する。

稀代の美男子である彼の顔は血でぬれいて、その上生気を失っているため今やその面影はない。


俺の周囲を万は優に超える屍が囲んでおり、空は血に染ったように赤く、地面は事実血に染っている。


俺は戦場で1人、見知った青年の肩を揺すり続けていた。


「なあ、目え覚ませよ!......目え......覚ませよ」


 ドン!

 俺が拳を地にうちつけた瞬間、目の前の青年がピクリと動いた。


「......かみ......さま?」


青年は手を震わせながらもなんとか持ち上げる。


「ああ、俺だ!おれが分かるか!?」


青年の手をがっしりと掴み呼びかける。


俺の言葉に、青年は弱々しく笑みを浮かべた。


「すい、ません......神様。こん、な......ざまで」


「いい、もう何も喋るな!今助けてやる!」


俺は手に魔力を集め、治癒魔法を、かけようとするが......。


──青年は本当に小さく、弱々しく首をふった。


「か、かみさ、ま。あり.......が」


それが彼の最後の言葉となり、彼の目は完全に光を失った。

俺の握っていた彼の手がだらりと脱力するのが分かった。


「おいバカ、逝くんじゃねえ!待てよ.......」


俺は治癒魔法をかけつづける。それでも彼は息を吹き返さない。

何度も何度も繰り返すが、魂を失った肉体が回復の兆しをみせることはなかった。


「逝くな......逝くな逝くな逝くな........」



「逝くな!」


俺はがばりと勢いよく上体を起こした。

背中を冷たい汗が降りていく。


まわりを見れば、屍もなく、赤い空もなく、そして死にゆく青年の姿も無かった。


.......夢かよ。



「ちっ、やな夢見たぜ。......ところでここはどこだ?」


俺は頭をガシガシとかきながら、今一度周囲を見渡す。


俺が今いる空間は立方体の、やたら草に覆われた空間だった。

そして、木製の扉がひとつついているのも分かった。


4方向の壁にそれぞれ1つずつの松明がついており、それがぱちぱちと音を立てている。


俺はその音に耳を傾けながら、寝起きのために頭に残る眠気の残滓を振り払い、現状の把握に努めることにした。


......なんでこんなことになってんだよ、勘弁してくれ。



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