第1話 プロローグ
争いは何も生まない。
ああ、もちろんそれが真理だ。人類がたどり着いた結論に異論反論はござらん。
ただし、争いが我々にもたらすものは何も無いのだろうか。
答えはNOだ。争いが人類のさらなる発展を促進させ、そして勝者が大きな利益を得てきたことは言うまでも無いだろう。今述べたことは史実からも明らかだ。
だからこそ人間は争いをやめられない。国の領土を広げんとするために戦争を起こすし、つまらないプライドをかけて喧嘩もする。
言い出したらキリがないが、争いはどこにでも存在するのだ。
その争いの中でも、特に多くが傷つき、犠牲にするものが大きなものが戦争だ。戦争中、人々は目先の利益とその前に立ちはだかる敵の姿しか見えていない。よって争いは熾烈を化し、数え切れない死者を出した末に終結する。
戦争が人類の発展を促進させると言ったが、戦争で得られるメリットよりも失うデメリットの方が大きいというのも史実より明らかだ。
.....まあ、何が言いたいかってーと
「争いはやめようぜ」
.....と俺は思考するわけだ。
そして、今俺は
「おい、兄ちゃん。金出せやコラ」
「大人しくしてねーと痛い目合うぜコラ」
禿げた、やけに図体のでかい2人組に路地裏に連れてこられてしまいました。はい。
あー、めんどくせぇ。目をつけられた。金なんて持ってないのにさぁ......。
俺は、先程の思考を丸々ぶつけてやろうかと考える。争いはやめようぜ、てね。でもやめた。こいつから俺の崇高かつ、尊大かつ、天才的な考えに対するご理解と賛同は得られそうにない。
という訳で、ここは腕っ節で叩きのめすしかねえな。
「なんだよそこのツルツル2人組。俺から金をむしろうってのか?
はっ。いい度胸だ」
「あ?コラてめえ。自分の立場分かってんのかおいコラ。兄貴」
「ああ、いっちょボコすしかねえな。このヘナチョコをよお」
こいつらやっぱり兄弟か。道理で似ていると思ったぜ。
「ふっ。後悔するなよツルツル兄弟。俺は強いぞ」
今こそ俺の力見せつける時!!
「行くぞっ!」
ツルツル兄弟の顔が若干怯む。ふふ。これから起こることに徐々に恐怖を覚え始めた所だろう。
そして俺は.......
「ぷぅー」
屁をこいて、一目散に逃げ出した。
「うぇっふ、おっほ!んだよこの臭さ!」
「弟!あいつを追っかけんぞ。ぜってーボコす!」
俺はツルツル兄弟の会話を耳に入れながら、全力で走る。
確信がある。捕まったら死ぬ。
目的地は衛兵所。あそこに逃げこみゃなんとかなる。
まあ、ただ一つ問題があるとすれば......。
俺、この道知らねえんだけど......。
「待てゴルああああ!!」
後ろからツルツルが迫ってくる。立ち止まって方向を確認している暇はない。
よって俺は走る。後ろから迫り来る怒号から逃れるべく走る走る。そう、幸い俺は逃げ足には自信があるんだ。
このまま一気にゴールへ......!!
......そう。ゴールは行き止まりだった。クソ野郎。
「バーカ!自ら行き止まりに飛び込んでいくとは」
「さっきのツケは払わせてもらうぜ」
うーん、絵に書いた様な状況だ。
ツルツル兄弟は手をコキコキとならせながらこちらに近づいてくる。
仕方が無い、道を切り開くしかない。
苦肉の策だがやるしかない。
そう考えた俺は俺は背後の壁に向かって、全力で回し蹴りをする。
ごめんよ、壁さん。ボロボロに砕け散れ。
そう思いながら放った右足は壁に激突し、鈍い音と共に反作用の法則を全力で受けきった。振動が足を伝わり身体中に走る。
「いってえええ!」
俺の足は壁をピクリとも動かすことなく、あえなく散った。
「はははははは!こいつ馬鹿だぜ、兄貴!」
「ひーっ!腹いてえや。ここまでカスだとは笑えるぜ。....ふぅ、やるぞ弟。」
そう言うと、兄貴の方が太い腕で俺の服の襟をがっしりと掴み持ち上げた。
ヤバい、目が本気だ。
「おいおい、やめろ。俺が悪かった。屁をこいたのは謝る。金も出す。だから許してくれ〜」
俺は涙ながらに許しを懇願する。しかし、
「もう遅いんだよ。バーカ」
弟が突っぱねる。うん、知ってた。
「おめえには日頃のストレス全部ぶつけてやっからな。歯ぁ食いしばれよ!」
兄貴が太い腕を振りかぶる。これはまずいやつだ。
「待て待て待て!落ち着け落ち着...グホッ」
「オラオラ、まだ終わらねえぞ!」
「グハァ!」
──焼けるような痛みとともに、俺は何度目かの打撃で意識を手放した。
......................................................................................
───痛いっ!
俺は鋭い刺激に脳を揺さぶられ目を覚ました。
「痛え痛え、なんだよおい」
痛みで動かない、いや動かしたくない体をそのままに視線だけを痛みのする頬の方に向ける。
そこにはやせ細った猫がいた。猫が俺の切れた頬を舐めていたようだ。というか、今もなお頬は舐められ続けている。
「痛えんだよ。やめやがれ!」
俺はその猫を手で振り払う。無論仰向けのまま。
そうすると、猫はにゃーという鳴き声をあげて逃げていった。
「はあ、なんて猫だ。次会ったらぜってえひき肉にする.....ってそんなことはいい。金だ!金はどうなってる?」
最も重要なことを思い出した。最悪、金は全部取られている可能性があるだけに、かなりの不安が頭を過ぎった。
動かしたくない体を刺激しないように気をつけながら体をまさぐる。金は体の随所に隠して、不測の事態に備えるようにしているのだが......
「ズボンのポケットは....やられた。上着のポケットは....クソ!靴の中のは.....無事っぽいな。パンツの中は.....これも無事か」
どうやら、あのツルツルの頭が回らなかった隠し場所は大丈夫らしい。まあ、しかし.....
「だーっ!全財産の半分持ってかれた!」
ほんと最悪だ。金は半分取られたし、殴られまくるわで.....なんて日だ。
つーか、俺の記憶飛んでねえか?大丈夫か?
──俺はしがないの、いや高貴な商人。金は今は、今はない。名前もない。そんなもの不要だ。そして俺は最強の戦士。そう俺はただ本気出さなかっただけ!
「なーっはっはっはっ!痛っ.....はぁ。」
誰かが苦しい時は笑えって言ってたけど、ありゃ嘘だ。笑うと殴られた腹が痛む。そして虚しくなる。
「.....帰るか」
金はないとは言っても、今月中の宿代は既に払ってある。宿は1日2食つきの契約だ。とりあえず食と住には困らない。
痛いからだをなんとか起こし、立ち上がる。
「ふぅ、ほんとに、なんて日だ。って、あーあ。服もボロボロじゃねえか。唯一の服なのによ」
どうやら衣食住の衣の方はダメらしい。どっかで買わねえとな。
そんなことをボヤきながら、俺は宿に向かった。
宿の扉を開けても、宿主がおかえり、などと声をかけてくれたりはしない。ここの宿の1階は飲み屋になっているのだが、宿主はバーの中央で黙ってグラスをふいている。
「親父〜。戻ったぜ」
あごひげがナイスな宿主はこちらに一瞬目を向けるとすぐに手元のグラスに視線を戻した。まあ、いつもの反応なので気にしない。
ただ本人も悪意は無いのだろう。ああいう偏屈な性格なだけだ
はぁ、今日は気分が良くないが少し飲むか。
やっぱり、こんな最悪な日でも飲まねえとやってられねえ。
俺は、バーの席にどすんと腰を下ろす。
「親父、てきとうに飯作ってくれ。あと、いつもの酒」
宿主は再びこちらに視線を向けると、今度はグラスをふく手を止め仕事に取りかかった。
その間、俺は周りを見渡す。
今日も人はほとんど入っていない。まあ、元々狭い店だしな。
この客の数だからこそ、1人で回しきれるんだろうけど。
という訳で、ここに飲みに来る連中は大体いつも決まっている。
そして、客の顔を確かめている時に、いつもは見ない顔が2つあることに気づいた。
1人はこの店に似つかわしくない、髪がうっすら青くて長い、かっこいい兄ちゃん。なかなかモテそうな顔をしているじゃないの。
もう1人は、対照的にこの店にぴったりな、粗野なごついおっさんだ。イケメン兄ちゃんの方は騎士甲冑のようなものを付けている。
.....ん?あのおっさん、おかしくね?
この部分がおかしい、という事ではない。
容姿もごく平均的、服装も冒険者その1と言ったような感じだ。しかしながら、全てがあまりにも平均的すぎる。
通常、人間にはほんの少しながら体の左右で差が生まれる。が、このオッサンにはそれがない。
無だ、全くの無。
何考えてんだよ、俺は。.....とは思わない。
この違和感が正解であれば、違和感の正体を俺は知っている.......はず。そう、知っている。
まあいいや、面白そうだし、カマかけて見るか。
と、そこまで考えたところで俺の目の前にコトンと料理が置かれた。
今日の晩餐は鳥の丸焼きに根菜のスープらしい。無論、酒もついている。うむ、美味そうだ。
「サンキュー、親父」
そう言って、俺は酒だけを持って席を立ち上がる。
そして、例の2人組の所に移動する。
「おっさん、隣いいか?」
おっさんの極みは、俺に怪訝な顔を向けつつも
「ああ」
そう言って許可した。
隣の兄ちゃんはとてつもなく嫌そうな顔をしたが、すぐに表情を戻す。
「ここは初めてだろ?とにかく、おっさんも兄ちゃんも飲もうぜ」
俺は強引に乾杯をして、酒に口を付けた。
おっさんもそれに合わせて飲み始めた。兄ちゃんは酒に口をつける様子はなく、こちらをはかるような目で見ている。
「ああ、この店に来るのは初めてだな。こんな飲み屋があるとは知らなかった。値段は安いが、味は悪くない。」
「だろ?ここの店主はぶっきらぼうだけどよ、腕だけは確かなんだよ
そんで、なんでこんな所で飲んでんだ?」
このおっさんはそこそこ気のいい人のようで、しっかりと俺の会話に答えてくれる。
「仕事が終わったあとたまたま目に入ったんでな」
「ほう、仕事ねえ。じゃあ、その身なりは冒険者か?」
おっさんは少し頷く。
「まあ、そんなところだ。お前さんはボロボロだか、喧嘩でもしたのか?」
うぐっ、痛いとこ聞いてきやがる。まあ、タコ殴りにされたとも言えねえしな。
「ああ、そんなとこだな。おっさん、1つだけ忠告しとくぜ。屁はあんまし人前でしたらダメだぜ?痛い目を見る」
「何の話だ。俺はそんなことはしない。お前こそ気を付けるべきだろう。お前の屁は臭そうだ」
「あ?なんで知ってんだよおい」
そんな調子で、取り留めもない会話をしばらく続けた。
そして.....。
だいぶ雰囲気もほぐれてきたな。.....そろそろ切り出すか。
「そういやおっさん。なんでそんなことしてんだ?」
談笑ムードから俺は表情をもどす。
俺の言葉におっさんは一瞬眉根を寄せる。
「そんなこと、とは?ただ飲んでいるだけなのだが」
「いやいや、とぼけんなよ。なんでこんな所で、そんな高等魔法を使ってんだって聞いてんだよ」
そういった瞬間、今まで黙っていたイケメンの兄ちゃんがとてつもない速度で剣を抜いた。
そして、剣の切っ先を俺に向ける。
.....ほらな、ビンゴ。
俺はニヤリと笑った。
読んでくれた方ありがとう。
てきとうに書いて投稿します。