第1話 山田
ある街に「山田 浮世」と申す、しがないサラリーマンがいた。
この男、年齢は40半ばに達しているが、妻もなく恋人もいなかった。
おまけに会社での地位は10年前、係長に昇進してから一向に変わらず、多くの後輩に先を越されている。
周りの人間は彼のことなど、無関心な様子であった。
しかし、山田はそんな不遇な状況に、全く動じていない。
彼はこの世に興味がないのだ。
ある日の夕暮れ時のことである。山田が帰途についていると、
前方に何かが落ちているのに気がついた。
「や、なんだこれは」
彼は恐る恐るそれを拾い上げた。黒色のスマートフォンであった。
「スマホか、俺ガラケーなんだよな。使い方がさっぱり分からん」
ガラパゴス諸島民の山田は、適当にボタンを押してみた。
カシャリッ。
「わっ、え、え、カメラ?いや、俺の顔が撮れてるな…」
写真撮影成功である。島暮らしにしては、上出来じゃないか。おめでとう山田。現代人に一歩前進だ。
「俺みたいな者が持ってても宝の持ち腐れのだな。交番に届けてやろうか」
そう言って、山田がスマホケースをちらりと見ると、運転免許証が挟んであった。そして、次の瞬間山田は目を見開いた。
そこにあった顔写真は、彼がかつて交際していた女性のものでだったのだ。
先程書いた通り、山田はこの世に興味がない。しかし、それは生まれつきの性情ではなく、ある事件がきっかけでそうなってしまったのだ。
それは紛れもない、この免許証に写っている女。こいつのせいである。奴は酷い女だった。ここで書くには忍びない程に。
とにもかくにも、現在山田が握っているのは、憎き女のスマホである。さて、これからどうしてやろう。並の人間ならこんな、
意地の悪い考えが頭に浮かぶだろう。いや、浮かんで当然である。
もちろんこの山田も同じ…………ではなかった。
「まあ、届けてやるとしよう」
そう呟き彼は、交番に足を向けた。
この男、やはりこの世には興味がない。いくら、憎き女を痛めつけるチャンスであろうと、何もしないのである。無害、いや、まったく無味乾燥としたつまらない男だ。
彼は、このまま交番にスマホを届けるだろう。しかし、彼はとんでもないミスを一つ犯している。先程撮影した、自分の顔写真を消し忘れているのだ。
さてさて、これが災いを招かぬことを願うばかりである。
-続く-