偵察
宿でたっぷりと正座の刑に処せられた豆矢は、夜になるとまた1人で街に出ていた。
まだ正座の影響は少し残っているが、散策するのには問題ない程度だ。
「さすがに村と比べるとデカい街だな」
そもそも村と比較する事自体、街に対する冒涜だったりするが。
あまり遠出すると道に迷いそうだったので、宿の周辺を散策する程度にとどめる事にした。
「ん? 露店商か。ちょいと覗いてみるか」
道端で何やら品物を並べてる商人風の中年の男が居たので、露店商だと判断し商品を物色する事にした。
「ちょいと見せてもらえるかい?」
「どーぞどーぞ。何かお探しで?」
見た目通り男は商人だったようで、然り気無く豆矢を品定めしつつ商機を見出だそうとしてる様子だ。
「効き目の強いポーションを探してるんだが、お薦めのはあるかい?」
「おお! それでしたら先程仕入れたばかりの品が御座います! いやぁ、貴方はついてらっしゃる!」
上手いこと言いやがる。
が、胡散臭さは拭えないな。
「こちらは如何でしょう、塗ってよし飲んでよしで即効性抜群です! 今なら2000テルでお譲りいたしましょう!」
男が差し出したのは1つの薬瓶だった。
緑色の液体が入ってるが、レプス村の雑貨屋で見た下級ポーションと同じに見える。
あそこでは1つ150テルたった。
つまりボッタクリだ。
「いや、持ち合わが無いからまたにしよう」
「いいんですか? 次に来たときには無いかもしれませんよ?」
「かまわねぇよ。そん時はそん時だ」
男から離れると、後ろで舌打ちするのが聴こえた。
半面俺はというと……、
NEW【鑑定】
「こいつぁ便利なものを貰っちまったぜ!」
先程の商人からその本人の生命線になる能力をドローしてやったのさ。
この【鑑定】というスキルは、使用した相手の情報を見る事が出来る優れものだ。
例えば……、
そういって豆矢が先程の商人を遠距離から見ると、その商人の情報が頭の中に流れてきた。
名前:モーツ 種族:人間
レベル:10 職種:商人
HP:115 MP:43
力:86 体力:63
知力:134 精神:112
敏速:75 運:17
【ギフト】
【スキル】
【魔法】
コイツ、ろくなスキル持ってねぇじゃんよ。
まさに俺が奪った鑑定はコイツにとって生命線だよな。
てかコイツ、俺を鑑定して所持金が多い事を見抜いてやがったから吹っ掛けてきたのか。
等と豆矢が思ってると、その商人の所に新たな客が訪れていた。
客は並べられた商品を物色し始めたが、商人の男はスキルが発動しないせいか混乱してる様子だ。
「ありゃもう商売できねぇな」
今まで散々ぼったくって来たんだろうから、そろそろ引退でもすりゃいいさ。
結局商人の男は、混乱して客に掴みかかったが、近くにいた衛兵に止められ、そのまま詰所に連れていかれたのだった。
その後、情報収集を行うため――とアルコールを補充するため酒場へと向かう。
やはりレプス村よりも人が多いらしく、酒場の規模も違うようだ。
さっそく俺はカウンター席に座り、マスターと向かい合った。
「マスター、お薦めを一杯貰いたい。この街には来たばかりでよく知らなくてね」
「はいよ。兄さんは冒険者かい?」
「まぁね。仲間の遺言でさ、知人がこの街に居るから知らせてほしいってさ……」
「……そうかい。ま、そう辛気臭い顔をしなさんな。事情はよく知らんが幸せが逃げるらしいぞ?」
辛気臭い顔は生まれつきだ!
と、言いたいところだが、今の俺は仲間の遺言を知人に届けるって設定だ。
そしてその知人がフォルネって事にして、フォルネの家族の状況を探るって訳だ。
ついでに可能なら辺境伯の事も調べられれば、モアベターってやつだな。
「ところでマスター、その知人がどうやら貴族様らしくてな、ルディアンガルフって言うんだが知らないか?」
フォルネに聞けば分かる事なんだが、直接聞くのは嫌な予感しかしない。
最悪実家に単身で乗り込もうとするかも知れないしな。
だからフォルネに知られる前に俺が独自で調べておいて、街を離れたら真相を伝えようと考えたのさ。
「貴族か……俺は詳しくは知らんなぁ。おぅ、そうだ! なんだったら情報屋にでも聞いてみればいいさ」
情報屋ねぇ……。
日本に居た時も知り合いの情報屋が居たんだが、情報屋って事で情報を商品として販売してるんだ。
売られてる情報もピンキリで、上手いラーメン屋の情報から私服警官の情報まで様々さ。
もし知りたい情報が売られてなかった場合、取り寄せもしてくれる有り難い奴だったな。
だがこっちの情報屋はどうなのかは接触してみなきゃ分かんねぇな。
「その情報屋にはどうやって接触すればいいんだ? まさか無警戒にほっつき歩いてる訳じゃないんだろ? それにマスターの口から出てきたって事は、一応は知ってるって事だよな?」
俺の言葉にマスターの眉毛が微妙に動いた気がするな。
それにさっきから俺の顔をチラチラと見てくる隣のオッサンも、酔ってるフリをして聞き耳立ててやがる。
そして酒場は自然と情報が集まる場所だ。
こいつぁもしかすると……、
「……お前さん、中々鋭いな。それならこの店で一番高い酒を飲んでみるか? 紹介料って事でな」
成る程、良く出来てやがる。
ここは当然飲むつもりだぜ?
なんせ金には当分困らないからな。
「それじゃその一番高い奴を頼むぜ」
「あいよ……よっと。こいつを持って奥の個室へ行きな。数分したら来るだろうぜ」
知ってるどころか繋がってやがったようだ。
マスターがカウンターの下から取り出した酒を渡して来たので、それを持って奥に行く事にした。
ちなみに気になる酒のお値段はというと、2000テル、つまり銀貨20枚だ。
高いっちゃ高いが、一番って程でもない気もするがな。
そのまま奥にあった個室に入ると、中はちょっと洒落た感じの部屋だった。
外の安っぽい雰囲気を醸し出していた酒場とは思えない内装だ。
貴族とかも来るからって事なのかも知れねぇな。
そんな事を考えてたら、扉から男が入ってきた。
そしてその男は、さっき隣に居たオッサンだ。
「よぅ、貴族を探してるんだって?」
椅子に腰掛けるなりオッサンは本題を聞いてきた。
ちゃっかり俺がマスターから渡された酒を注いで口に流し込んでやがる。
「ああ、ルディアンガルフ家なんだが知らないか?」
「ルディアンガルフ家ねぇ……この街の北西に教会があるんだが、そのさらに奥へ行くと、結構デカい邸宅があるから一目で分かるだろうぜ」
知ってたようで助かったな。
北西の教会の更に奥だな、よし覚えたぜ。
「で、他に聞きたい事はないのか? 言っとくが質問時間は酒が無くなるまでだぜ?」
男がボトルを手にして揺らしてくる。
って、そういう事かよ!
道理でさっきからガブガブと飲みやがると思ってたが。
「それならもう1つ聞きたい事がある。ここら辺は辺境伯が治めてるって聞いたが、そのレイドレック辺境伯について詳しく聞きたい」
辺境伯というワードが出た瞬間、男が少しだけ体を震わせたように見えた。
もしかしたら気のせいかも知れないが。
「辺境伯か……この街の領主でもあるレイドレック・ドールノン様だな。武闘派で長槍の使い手だ。魔法も使えるらしいぞ」
それだけ聞くと本当に関わりたくない感が半端ないんだがな。
「この街の中央にデカデカとした城みたいな屋敷があるんだが、普段はそこに居るらしいな」
多分行くことは無いな。
後は、そうだな……
「ここから西に検問所が有るって聞いたんだが、そこを迂回してミリオネックに入る方法はないか?」
出来れば通りたくないからな。
迂回出来るなら最高なんだが。
「だったら南側の森から入るしかないな。何で検問所を避けるのかは聞かないが、森から進むのは少々危険だぜ?」
やっぱそうか。
フォルネを守りながらは危険だが、検問所を素直に通る気にはなれねぇしな。
フォルネには悪いが森から入る方法をとらせてもらおう。
「おっと、どうやら時間のようだ」
男は空のグラスとボトルを見せてきた。
コイツの気分次第で時間が大幅に変わる気がするがな。
だが知りたい事は聞けたから良しとしよう。
俺は礼を言って酒場を後にした。
このままフォルネの居る宿屋に戻る前に、ルディアンガルフ家に行って確めてくるか?
……いや、不審者として追いかけ回されたら厄介だ、せめて変装出来る物を用意してから、お伺いするとしよう。
今日は大人しく宿屋に戻るか。
次の日だ。
フォルネを宿屋に残し雑貨屋で必要な物を購入すると、情報屋から聞き出したルディアンガルフ家に向かった。
最初俺が散策に出ると言うと、フォルネも一緒に付いて行くと言い出したが、ここにフォルネが居る事がバレると不味いって事を言い聞かせ、俺1人で向かっている。
一瞬間違って、ルディアンガルフ家に行く事を話しそうになるが、何とかとどまった。
「お、教会が見えてきたな」
情報屋の話だと教会の更に奥に有るらしいので、そのまま教会を通り過ぎ奥へと進んで行く。
だいぶ街外れに近付き周囲の景色も寂しげになってきたところで、目的地であるルディアンガルフ家の邸宅と思われるものが見えた。
他にデカイ建物は見えない事から、あれがルディアンガルフ家だと思っていいだろう。
そして俺は邸宅の正面に……回る事はしないぜ?警備兵も居るしな。
俺がこれからやるのは、中に侵入してフォルネの家族を締め上げて、真相を吐かせるって事だからな。
俺は警備兵達の死角になる場所から塀を飛び越えて中に侵入した。
「よっと、身体能力が上がった今なら、高い塀も何のその……ってな」
裏庭に着地し予め用意していた即席の覆面を被ると、その裏庭の窓から中の様子を伺って誰も居ないのを確認し、屋内へと入り込んだ。
中には何人かメイドが居たが、やり過ごすのは造作もない。
死角さえ確保出来れば、相手の視界に写りこむ事もないからな。
1階には居ないようなので、2階の捜索に移る。
何度か部屋の開け閉めを繰り返すうちに、とある部屋の中から人の気配を感じ取った。
静~~に扉を開き中を覗くと、1人の初老くらいの男が一心不乱に書類に目を通してる姿が入ってきた。
恐らくコイツがこの屋敷の主人――つまり、フォルネの父親だある可能性が高い。
俺は目的を果たすためその男に近付き、男の首にナイフを突き付けた。
「っ! だ、誰「喋るな。死にたくなければ正直に答えろ、いいな?」……わ、分かった」
「お前はフォルネーティスの父親で間違いないか?」
「そ、そうだフォルネは私の娘だった」
案外素直に答えてくれたな。
だが、娘だったという過去形なのは、事情を知ってるって事だ。
まぁ父親なら知ってて当然だろうが。
「何で過去形なんだ?」
「アレはもう手放したからだ」
ほほぅ、実の娘をアレ呼ばはりねぇ。
いや、もしかしたら実の娘じゃないのか?
もうちょい詳しく聞き出す必要があるな。
「どういう意味だ? 実の娘じゃないのか? 詳しく説明しろ」
俺は握ってるナイフに力を込めたため、ナイフの先が首に当たる。
「ひぃ! フォ、フォルネは実の娘で間違いない。だがアレは側室の娘だ。ある御方からフォルネを買い取るという話が入ってきたから、そのまま売り飛ばしたのだ」
やはり売られたって事で間違いなかったようだな。
だが気になる事実も出てきた。
フォルネは側室の娘って事だが、フォルネ本人はその事を知ってるのかどうかだ。
「フォルネは自分が側室の娘だって事を知ってるのか?」
「い、いや、アレは知らないはずだ。正室の事を母親だと思ってるだろう。アレの母親は出産した直後に死んだのだ」
これはマジで参ったな。
1度に全部をフォルネに話したら混乱しそうだ。
「では最後の質問だ。何故……フォルネを売った?」
そう、問題はここだ。
見たところ金に不自由はしてないように見えるからな。
「ひ、必要なくたったからだ。アレは単なる保険だ。正室との間に跡継ぎが産まれれば、側室の娘など必要ないだろう?」
はぁ……そういう事かよ。
こりゃ暫く黙ってるしかないよなぁ。
「よし分かった、ご苦労さん」
トスッ!
「うっ……」
俺は手刀で男を気絶させると、邸宅を後にした。
今後の事を考えつつ宿屋に向かって歩く。
フォルネ本人が知らない真実がてんこ盛りだからなぁ。
フォルネにはいつか話すって事にするしかないだろう。
そして宿屋に着くと、何やら衛兵達が集まっているようだった。
乱闘騒ぎでもあったんだろうか?
俺は野次馬を掻き分け宿屋へと入ると、奥から衛兵が1人の女を強引に引っ張り出してきた。
見間違えるはずもない、その女はフォルネだった。
「おい! いったいどういうつもりだ!?」
「トウヤさん!」
衛兵の手をフォルネから払い落とし、衛兵とフォルネの間に割って入った。
「なんだ貴様は!? 邪魔立てするなら貴様も連行するぞ!?」
「俺は彼女の連れだ。事情を知る権利はあるだろう」
「この女の連れか……ならば貴様も一緒に来てもらおう。レイドレック辺境伯様がこの女を連れて来いと仰せなのでな」
なんてこった。
まさか接触したくない相手から接触してくるとはな……。