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追い詰められた辺境伯

 ガシャーーーン!


「クソッ! なんという事だ!」


 思わずグラスを壁に投げつけ、レイドレックが叫ぶ。

 伝令により、ミリオネックに亡命した勇者トモノリを討ち取ったと聞いた時は歓喜したもので、急ぎモルデネートを出て占拠した検問所に入ったのだ。

 その検問所の先にあるフランツの街に居たのが勇者トモノリだったので、彼が居ない今なら楽に攻め落とせる――いや、もしかしたら勇者サトルによって既に陥落してるかもしれないとまで思い描いていた。

 だが……


「まさか勇者サトルが討ち取られるとは……」


 吉報を待ち望んでいたレイドレックにもたらされたのは、勇者サトルの死という辺境伯をドン底に叩き落とすような悲報であった。

 相手国の勇者を討ち取っても、こちらの勇者を失ったのでは意味がない。

 それどころか勇者を死亡させたとして、責任を取らされる可能性すらあった。

 つまり、このままでは辺境伯という地位を失うかもしれないのだ。


「クッ、このままではマズイ! せめてフランツの街を奪い取るくらいは見せねば……」


 最早街を一つを取らねば示しがつかないと考えたレイドレック。

 ならば内側と外側から同時に攻めるのが最も効率的であるため、自分達は外側を内側には闇ギルドを使う事に決め、再び依頼を出したのだが……




「受けられないだと!?」


「は、はい。何でも前回フランツを襲った際に相当な欠員が出てしまったらしく、当分大掛かりな依頼は受けられないとの事です!」


「クソッ、臆病風に吹かれたか!」


 だがこれは無理もない話だ。

 フランツではトウヤによって殆どの構成員が狩られてしまったので、例え人数が揃ってたとしても、彼等にしてみれば絶対に手を出したくない街になったのである。

 なので今後はどんなに金を積まれても手を出さないであろう。


「フン、使えん連中め。ならば俺が全力で奪い取るまでよ!」


 徐に立ち上がると、壁に掛けてた大剣を手に取り伝令に指示を出す。


「全部隊に通達せよ! 我々は明日の日の出とともにフランツへと侵攻する! 各自準備を怠るな!」


「ハッ! 畏まりました!」


 指示を出した後、窓からミリオネックの方角を見つめ、拳を強く握りしめると……


「ミリオネックめ、今頃は勇者サトルを討ち取った事でお祭り騒ぎだろうが……精々今のうちに浮かれているがいい。最後に笑うのは我等プラーガ帝国だ!」


 初夏を迎えたばかりの肌寒い夜空に、レイドレックの声が(とどろ)いた。



★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★



「ん? ここは……」


 気が付くと、やたらフカフカなベッドで寝かされて……って!


「イデデデデデ! あのクソ野郎に殴られた脇腹が悲鳴をあげてやがる……」


 あの一撃で死ななかった自分を誉めてやりたいぜ。

 素手とは言え勇者の一撃だからな、心臓だったらヤバかったかもしれん。


「クソが! あの野郎、今度会ったらただじゃおかねぇ。例えどんなに卑怯なやり方だろうが、ぜってぇ仕留めてやらぁ!」


「ですが肝心のクソ野郎が居なくては、仕留めようがありませんよ?」


 ん? 聞き覚えのある声がするなと思ったら入口からロゼが入ってきた。


「お身体の調子はどうですか?」


「ああ、まだ脇腹が少し痛む程度で大した事ぁないだろう。それよりも聞きたい事があるんだが――」


 そう、まずはここが何処なのかって事だ。

 見たところ普通の宿屋じゃないのは分かるってだけだな。

 なんつーか、何処かの邸かって思わせる高級感が感じられる。


 次にあのクソ野郎が何処行ったのかって事だ。

 正直殴られた後にアイツのギフトを消し飛ばしてやったんだよな。

 ……そういや何で俺ぁ生きてんだろうな? あのまま殺されててもおかしくはない筈だが。


 そして最後にフォルネだ。

 いや、最後にしちまって申し訳ないんだけどよ、フォルネは多分生きてる気がすんだよな。

 つっても単なる感でしかないが。


「――つ~訳で、教えてもらえるか?」


「勿論です。隠すつもりもありませんし、何よりトウヤ様は救世主ですからね」


 俺が救世主だぁ? しかも様付けときたもんだ。


「ではまず、ここが何処なのかという事ですが、領主様の邸で御座います」


 領主の……あ! 俺が闇ギルドの構成員共とやりあった場所だな。

 あれ? 確か領主って言や、この街の領主は勇者トモノリって奴だった筈だが……


「……残念ながら領主であられた勇者トモノリ様はお亡くなりになりました。しかし、その無念を晴らす事も出来ました。トウヤ様のお陰で御座います」

 

 ああ、そうだったな。

 確か構成員を片付けた後に、その悲報が舞い込んで来たんだった。

 んで、その直後にクソ野郎が現れて殺されかけたんだったか。

 でも俺のお陰? ――確かに一矢報いるために奴の持ってたギフトを消し飛ばしたが、その後気絶しちまったしなぁ……。


「ご安心下さい。あのクソ野郎は私がキッチリと仕留めました。ですのであのチ〇カス粗〇ン野郎の死体はプラーガ帝国の兵士に投げ渡してやったので、今頃向こうは大騒ぎでしょう」


「…………」


 ……いや、何つ~か……真面目な顔した騎士から聴こえてはいけない単語が飛び出したような気がするんだが……まぁ、聴こえなかった事にしとこう。

 んでもって、あのクソ野郎は死んだって事らしいし一応は安心だな。


「それで最後のご質問ですが、トウヤ様の足元に……」


 足元? ロゼに言われて足元を見るが、ベッドに横になってる状態じゃ……あ!


「スゥ……スゥ……」


 ベッドからずり落ちた状態のフォルネが静かに寝息を立てていた。


「大変心配なさっておりましたので、トウヤ様のお側で、ずっと目を覚ますのを待っていたようです」


 どうやら一晩中傍に居たらしい。

 心配させるなと言われたばかりだっつ~のに……こりゃまた小言を言われるな……。


「ところで、お腹は空いておりませんか? 朝食の用意は出来ておりますが」


 あ~、そういや久々な重労働だったせいで、だいぶ腹も空いてやがるな。

 出来れば当分の間は戦闘したくないぜ。


「じゃあ朝飯を頼む。俺と――」


 足元で寝てるフォルネに視線をやる。

 やっぱ俺1人で先にゴチになるのはなぁ。


「――フォルネの分もな」


「はい、畏まりました」


 ロゼを見送った後に気付いたが、彼女をパシリみたいに使って良かったんだろうか? ……まぁ本人は何も言わないし大丈夫か。


「――に、してもだ。今回はマジでヤバかったし、あの女神にゃ感謝だな」

「そうよ、感謝なさい。特別にアビリティードローを永続させたんだからね」

「ああ、そうかい。今後ともよろし――」


 ――って、ちょっとまて!


「なんでお前がここに居んだよ!?」


 いつの間にやらあの女神クリューネが開いた窓に寄り掛かってやがるじゃねぇか!


「善行を積んだから報酬を与えに来たのよ。クソ勇者をブッ殺してくれたからね」

「その報酬とやらがアビリティードローだってか?」

「そゆこと♪」


 そういう事なら遠慮なく貰っとくか。


「まぁアンタが望めば元の世界に送るのもありだけどね~。真っ当に生きてるみたいだし、ステータスを元に戻してからに――」

「いんや、それは遠慮するぜ。こっちの世界にゃ()()()()()ができちまったからな」


 そう言いつつスヤスヤと眠ってるフォルネに視線を向ける。

 俺が居なくなりゃマジでフォルネはボッチになるからな。

 いや、ボッチの俺が言うのもアレだが。


「あら意外。さっさと戻せとか言うと思ったのに。そんなにフォルネが大事?」

「そりゃもちろ――って、何言わすんだ!」

「ん……んん……」


 やべ、フォルネが起きそうだ!


「ほら、さっさと帰れよ。アンタを見られちゃ説明が面倒だ」

「はいはい、そうするわ。フォルネに誤解されちゃ困るもんね~♪」

「余計なお世話だっつーの!」


 そう言って一瞬で消えさやがった。

 ――ったく、疲れる女神だぜ……。


「ふぁぁ?」

「起きたかフォルネ?」


 眠気眼でこっちを見てる姿はちょっと可愛いかもしれん……って、何考えてんだ俺は。


「トウヤ……さん?」


「ああ、トウヤだ。おはようフォルネ」


「トウヤさん……トウヤさん!」


 っと! いきなり抱きつかれちまったんだが、いったいどうしちまったんだ?


「トウヤさん! 良かった……無事で良かった……」


 泣いてる? ……ああ、そういや心配かけちまったもんな。

 結果オーライとは言え、もう勇者なんぞと戦うのは御免だぜ。

 もうフォルネを泣かせたくねぇし。


「落ち着いたかフォルネ?」


「は、はい、すみません。このようなはしたないところを……」


 一頻り泣いた後、椅子に座らせてどうにか落ち着かせる事が出来た。

 こういう時はどうするが正しいのかサッパリ分からんが……一応謝っとくか?


「あ~その~なんだ……」


 あーもう、言葉が出て来ねぇ。

 こういう時にチャラい奴だと上手くやるんだろうが、俺はチャラくはなかったしなぁ。

 だが何も言わねぇのもおかしいかもしれねぇし、さてどうするか……。


「ま~アレだ。悪かったな、心配させちまってよ。でも俺としちゃあ必死だったんだよ。プラーガ帝国から追われてるんだし、あのクソ野郎は絶対に倒さなきゃならねぇ相手だった。だから――「プッククク……」


 な!? 誰だ、俺のトークを笑う奴は!


「ご、ごめんなさいトウヤさん。でも――プッフフフフフフ!」


 おいおいフォルネ、そりゃないぜ……。

 俺としちゃあ真面目に話してたのによ。


「フゥ……フゥ……、ごめんなさい。真面目な顔をしないトウヤさんが、真面目な顔をしてたものだからつい……ウッフフフ!」


 それはアレか? 俺は普段からふざけてるように見えるって事なのか?

 いやまぁ、真面目かって言われりゃハイとは言えねぇだろうが……。




「もぅ、そんなに拗ねないで下さい」


「……拗ねてねぇよ」


 いや拗ねてんだけどな。

 だからハッキリ言うぜ!


「さっきのはフォルネが悪い」


「だからごめんなさいって謝ったじゃありませんか。それにトウヤさんの言いたい事は分かってます。私に心配をかけたって思ってるんですよね? でも大丈夫です、現にこうして無事なのですから」


 マジかよ、何で分かるんだ!?

 いや、今そんな事はいいか。


「だからね? トウヤさん。私はもう1人じゃないんですよ。ね? お願い――」


 ん? んん!? おいおい、目を閉じたって事ぁつまり……そういう事なのか!? こんな人様の邸なんかで抱き合ってキスしろってか!?


 こりゃ参った。

 だが据え膳食わぬはなんとやら……だしな。

 ここは覚悟を決めて……


「トウヤ殿ーーーっ!」


「どわぁぁぁ!」


 びっくりさせんなよ! いきなりロゼが部屋に飛び込んで来るもんだから、慌てて寝てたふりをしたぜ。

 フォルネはフォルネで椅子に座ったまま寝たふりをしてるが、さっきまで椅子に座ってなかったんだからバレるだろ……。

 って、そんな事より何かあったんだ?


「大変です、トウヤ殿。プラーガ帝国が大軍を率いてこちらに向かってきてるそうです!」


「マ、マジかよ!」


 あのクソ野郎は死んだってのにまだ懲りねぇのか!


「検問所から出撃した数はおよそ3000。多くの重装歩兵で編成されており、じわりじわりと接近しつつあります」


 3000……数も多いな……。

 しかも検問所からって事は、すぐにでもここに来るじゃねぇか!


「そして軍隊の先頭に立つのは、レイドレック辺境伯だとの事です」


 やっぱりあの野郎か! クソッ! だったらのんびりしちゃいられねぇ!


「ロゼ、朝飯は後だ。先に邪魔な辺境伯をブチのめし――「行かれるのですか?」


 うっ……フォルネが潤んだ目でこっちを見てくる。

 そんな目で見られると凄く決意が揺らぎそうだが、こればっかりは譲れねぇ。

 奴が生きてる限り、俺に安息はやってこねぇんだ。


「すまんフォルネ、これが最後の頼みだ。俺はあの辺境伯とけりを着けなきゃならねぇみてぇなんだ。だから頼む、ここで俺が帰ってくるのを待っててくれ」


「トウヤさん……」


 自然と目を瞑ったフォルネの頬に軽くキスをしてすぐに離れる。


「あのぅ……」


 フォルネの表情はそこじゃないと訴えてきたが、戦の前に惚ける訳にゃいかねぇ。


「続きは帰ってからにしてくれ」


「またそうやってトウヤさんは……。でもいいです。私は待ってますので、必ず生きて帰って下さいね?」


「ああ、分かった」


 俺とて死ぬつもりはねぇし、当然生きて帰るつもりだ。

 あの辺境伯も相当強いが、クソ野郎ほどじゃない。

 そう考えりゃ負ける気がしねぇ。


「あ~すまない2人共。そろそろいいだろうか?」


 おっとやべぇ、気付いたらまたフォルネと向かい合ってたぜ。

 ひょっとしたら俺は、愛情とやらに飢えてんのかもしれん。


 ……柄じゃないな。

 くだらん事考えてる暇はねぇし、さっさとけりをつけに行くか。


「待たせたなロゼ。急いで迎撃しに行くぜ!」


 待ってろよレイドレック、今日という日をテメェの命日にしてやらぁ!


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