小悪党は犠牲を糧に
パキンッ!
くそっ、また折れやがったか!
「オラオラァ! テメェの剣はその程度かよ! そんなんならトモノリって勇者の方がよっぽど手強かったぜ!」
「クッ、悪かったな、その程度でよ!」
つーか勇者と一緒にすんじゃねぇ! そりゃ比較にならねぇのは分かりきってるつーの!
「くっ、トウヤ殿……」
不安そうな表情でセリオスと他の騎士達が固唾を飲んで見守ってる。
言いたいこたぁ分かるぜセリオス。
何とかしてトモノリって奴の仇をとってほしいんだろうが、ハッキリいって無茶振りだ。
それが出来りゃ俺は勇者と名乗っても許されるだろう。
だが現実ってやつぁ残酷だ。
奇跡でも起こんねぇ限り、コイツにやぁ勝てねぇだろう。
ファンタジーなのにな。
折角マリオンから貰ったミスリルソードも折れちまったし、現状は防戦一方だ。
それでも何とか斬撃を避け続けてるが、避けきれない時ぁ受けるしかねぇ。
だがそれだと……
ギィィィン! ギリ……ギリ……パキンッ!
チッ、まただ。
さっきからこの繰り返しで、まともに受けてちゃあ力の差ですぐに折れちまう。
かと言って、こっちから攻めたとしても隙が無けりゃあどうにもならねぇ。
上手い具合に落ちてた剣や、騎士から受け取った剣でやり合ってるんだが、そろそろスタミナ的にも限界だ。
「へっ、動きが鈍くなってるぜ? そろそろ降参しますってか?」
「バカ言え。ここまできて降参出来るかよ。だいたい降参したところで、テメェは許すつもりは無ぇだろうが」
「フッ、よく分かってるじゃねぇか。雑魚にしちゃ上等だ……ぜ!」
キィィィン!
「クッ……」
俺との無駄話の最中も決して目を離さねぇとこや、ちょくちょく挑発してくるところは中々強かだな。
しかも俺に考える隙を与えないように動いて来やがるし、なんて面倒な野郎だ。
パキンッ!
「チッ!」
折れた剣をクソ勇者に投げつけてから、新たな剣を探すように動くが……
「――やべぇ剣が!」
クソが! もう使える剣がねぇ!
ならせめて短剣での急所狙いだ。
さっきから俺が剣を拾って応戦してる事から、剣無しじゃ戦えないと思ってる筈。
だったらそれを利用するまでってな!
「っしゃあ、もらったぜぇ!」
俺が狼狽えてるように見せてわざと攻撃を誘うと、思った通りに剣を振り下ろしてきた。
この好機を最大限に生かすべく、飛翔転移で背後に回り込み、クソ勇者の首……の先に見える民家に向かって投げつける。
これなら奇襲と判断されない筈だ。
何故かってぇと、ターゲットの途中に偶々勇者の首が有っただけなんだからな。
そして放った短剣、吸い込まれるようにクソ勇者の首に……
ガキィィィン!
「へっへっへっ、おしかったなぁ?」
「な!?」
防がれただと!? んなバカな!
「テメェは何か勘違いしてるみてぇだから教えとくが、予め警戒を高めておきゃ対処は可能だからな?」
クソッ! つまりさっき後ろをとった時に既に警戒されてたってぇのか。
「分かったみてぇだな。じゃあ再開だ! シャアオラァァァ!」
素早く振り向き様に凪ぎ払ってきたところを飛翔転移で数メートル後ろに転移する。
MP87→MP77
本当はもっと有利な場所に転移したかったが、考えてる隙が全くねぇからな。
「テメェは中々やるよなぁ、勇者でもねぇ奴にしちゃ上出来だ」
「へ、そうかい……」
「ああ、だからよぉ……」
クソ勇者が切っ先を俺に向けて構え直す。
いったい何をする気だ?
「――ストーンウォール!」
な!? 俺の目の前に石の壁が!
クソッ、視界から消えるのが目的か!? だったら……
「よっ……と!」
後ろに大きく飛んでその場から待避する。
この場合、その場に留まり続ける方が危険だからな。
だが考えが甘かった!
「こっちにも石の壁が!?」
飛んだ先にも壁が出来上がってやがる!
ちきしょうが、これじゃ壁から離れるだけで何にも出来ねぇ!
だがこの時、俺は失念していた。
石の壁を回避する事に夢中になりすぎて、肝心のクソ勇者から目を離し続けちまったんだからな。
ドスッ!
「ゴッハァァァッ!」
HP338→HP53
「へ、背中ががら空きだぜ!」
まさか飛んだ先にクソ勇者が居るとは思わなかった。
しかも剣だと避けられると思ったのか、思いっきり素手で脇腹を殴りつけてきやがったせいで、胃の中身が逆流してくる。
結局俺はそのまま血と胃の内容物を撒き散らしながら、近くにあった石の壁に激突した。
「ト、トウヤ殿ぉーーーっ!」
セリオスの悲痛な叫び声が聴こえる。
けどすまねぇセリオス、もう一歩も動けそうにねぇ……。
「ようやく決着がついたなぁ、おい?」
余裕の笑みを浮かべて近付いてくるクソ勇者。
だが俺は生憎としばらく動けそうにねぇ。
そしてとうとう俺を見下ろせる位置まで来ると……
「グエェェェェェェ!」
うつ伏せになった俺の背中からグリグリと踏みつけてきやがった。
激痛が走ってるのが分かるが、既に殴られた直後から激痛が全身を駆け巡ってる状態の俺には大した変わらないのが不幸中の幸いだ。
「随分と楽しませてくれたが、そろそろジ・エンドだ。最後に言いたい事があるなら聞いてやってもいいぜ? 話せるならな。ヒャッヒャッヒャッヒャッ!」
チッ、気味の悪い声で笑いやがる。
だが今の俺にはどうする事も……
「トウヤさん!」
ここしばらく聞き慣れた声が聴こえた。
「んあ? なんだ、テメェの女かぁ?」
微妙に違うが、家族に捨てられた今となっちゃ俺の女とも言えるのかもしれねぇ。
「お、お願いです、トウヤさんを助けて下さい! 私ならどうなっても構いません!」
「ほぉ? マジかよ!?」
お、おい、フォルネ、お前何て事を……。
クソ野郎にんな事言ったら……
「――ってもなぁ、昔なら手当たり次第にやってたんだがよ、今となっちゃあ飽き飽きしてる状態でなぁ、腰振るのですら億劫だぜ」
けっ、いいご身分だな。
「だがまぁ、お前の度胸はかってやるよ。う~ん、そうだなぁ、じゃあコイツを助ける代わりの条件を言うぜ?」
嫌みったらしく勿体つけた言い方をするクソ勇者。
その口から飛び出した条件に、俺は思わず血の気が引いてくのを感じた。
「お前が代わりに死ねよ。そうすりゃコイツは殺さないでおいてやる」
「え……」
そしてフォルネは硬直する。
そりゃそうだ、俺の代わりに死ねと言われて「はい、分かりました」と答える奴……って、ちょっと待て! 今のは!?
「ほぉ? 分かったって事は、お前が犠牲になるって事なんだが、本当にいいんだな?」
「そう申し上げたつもりです」
おい、バカな真似はやめろ! 俺なんかのために自分を犠牲にするんじゃねぇ!
フォルネだって散々言ってたじゃねぇか、ご自愛下さいってよぉ!
「よぉし、分かったぜ。――だったらほら、その短剣で首なり腹なり心臓なり好きに刺しな」
ポトリと落とされたのはクソ勇者が持ってた短剣だ。
フォルネはそれを手にしてゆっくりと自分の首に近付けると、これまでに無い笑顔を俺に向けてきた。
「今までありがとう御座います。家族に捨てられた以上、遅かれ早かれこうなるとは思ってました。あの時トウヤさんに助けられたからこそ今まで生きてこれたのです。――だからね、トウヤさん」
フォルネの目から零れた涙。
それは死の恐怖からくるものじゃないって事くらい俺でも分かる。
これは……コイツの目は……
「今までありがとう」
別れを惜しむ涙だ! 今そんな涙は必要ないだろ!
俺は必死に手を伸ばすと、フォルネの手首を掴む。
すると握ってた短剣が力無く地面にカランと落ちた。
「え? ト、トウヤ……さん?」
「バカ……やろう……。勝手に……死ぬな……」
何とか声を絞り出し、フォルネに伝える。
そうさ、散々悪行を重ねた俺だがよ、俺を自分の事のように心配してくれる奴を犠牲にしてまで生きたいとは思わねぇ。
「チッ、お涙ちょうだいなワンシーンはもう見飽きたぜ。もういい、どけ!」
「キャァァァッ!」
このクソ勇者、フォルネを蹴飛ばしやがった! フォルネは……騎士に助け起こされてるな。
見た感じじゃ大丈夫そうだ。
「さっきから見ててムカつくんだよなぁ。だからよ、やっぱ死ぬのはテメェじゃなきゃダメだわ」
「そ、そんな! 話が違――「るっせい! 俺に意見するんじゃねぇ!」
フォルネを怒鳴り散らして強引に黙らせたか。
だがお陰で死ぬのは俺の方になりそうだ。
「感謝しろよ? 勇者である俺様が、特別に介錯してやるんだからなぁ!」
クソ勇者が周囲に居る連中に見せつけるように剣を構える。
その動きがスローモーションのように見え、俺の頭の中では過去の出来事が次々と思い出されていた。
――ああ、これが走馬灯ってやつなんだな。
『なんじゃお主、旅の者か?』
『いらっしゃいませ冒険者ギルドにようこそ!』
『キ、キサマーーーッ! キサマが侵入者か! この卑怯者めーーっ!』
『この話を聴かれちまったら生かしておく訳にはいかねぇ。悪く思わねぇでくれよ?』
『……お前さん、中々鋭いな。それならこの店で一番高い酒を飲んでみるか? 紹介料って事でな』
『で、他に聞きたい事はないのか? 言っとくが質問時間は酒が無くなるまでだぜ?』
『こっちは上手くやっとくから大丈夫よ。それじゃあ気を付けてね?』
『クックックッ、中々良い反応するねぇ君。大抵の奴は気付かない筈なのに。それとも単に感が鋭いだけ?』
『あ、そうそう、もしも悪人の中に勇者みたいに祝福を受けてる奴がいた場合、あんたの技能奪取を犠牲にして打ち消す事が出来るから、いざって時には使っちゃうといいわ』
これは……あの女神が言ってた……って――
有るじゃねぇかよ、取って置きがよ!
どうせ死ぬならよ、せめて一太刀浴びせてやろうじゃねぇか!
俺は今にも剣を振り下ろそうとしてるクソ勇者に視線を向け、心の中で強く念じる。
(今まで助かったぜ、技能奪取。最後に一つ頼まれてくれや。なぁに、やる事ぁ簡単だ。あのクソ勇者の祝福を消し飛ばしてくれるだけでいいんだ……頼む!)
パリーーーン!
何かが割れる音がした。
ソレと共に、まるで時が止まったかのように周りの連中は動きを止める。
皆が皆、何かが起こったのだと感じたが、それがまったく分からなかった。
「な、何だよ、何も起こらねぇじゃねぇか、ビビらせやがって」
クソ勇者も気付いてないらしい。
いや、コイツの場合は元勇者だな。
何せもう勇者じゃなくなったんだからよ。
「いーや……既に変化は……起きてるぜ?」
「ああ? 何言ってやがる、死に損ないなくせしてよぉ?」
「……その死に損ないからの……ゴフッ……忠告だ。……テメェが持ってた……勇者の祝福は……たった今消えたぜ?」
「はっ?」
何言ってんだコイツって感じの視線を俺に寄越しつつ、クソ勇者はステータスを確認する。
そして事の重大さに、ようやく気づいたようだ。
「そそそそそ、そんなバカな!? 貴重なゆ、勇者の祝福がぁぁぁ!」
周りの連中が唖然として見てる中、クソ野郎が頭抱えて叫び続ける。
同じ姿勢のまま一頻り叫んだ後、ようやく気が済んだのか俺を睨みつけてきた。
「――テメェ……」
「ケッ……ザマァ……ねぇな……元勇者様よぉ?」
今となっちゃあコイツの茹でタコみたいな真っ赤な顔が心地いいぜ。
恨むなら俺みたいな小悪党に関わったテメェ自身を恨みな!
「ちっきしょうがぁぁぁぁぁぁ! ぶっ殺してやらぁ!」
すまねぇフォルネ。
【一人にしない】って約束、守れそうにねぇ。
やっぱ俺は……悪党だ……。
そして最後に激痛に耐えられなくなった俺は、絶望に歪んだクソ野郎の顔を眺めつつ意識を失った。
トウヤは意識を失った。
しかし、それで終わった訳ではない。
「死ねぇぇぇ!」
元勇者のサトルが剣を振り下ろそうとしたその時!
キィィィン!
その剣を弾く者が現れたのだ。
「くそっ、邪魔すんじゃ――「お前は絶対に許さない! 勇者トモノリ様の仇……覚悟!」
元勇者に斬り込んで行ったのは、フォルネを預かってた騎士のロゼであった。
魔族と人間の混血である彼女は、その身体能力を見込まれ勇者トモノリによってスカウトされた存在なのである。
つまり、ロゼにとって勇者トモノリは師匠でもあり、更にはそれ以上の存在でもあった。
「な!? くく……こんな雑魚にぃぃぃ! くそがぁ!」
ロゼの剣を何とか捌いた元勇者は、その場で低く身構える。
そこへ次々と騎士達が襲いかかるが、元勇者は落ち着いて1人2人3人と捌いていく。
が……
「そこだぁ!」
ザクッ!
「ギャァァァァァァ! イテェ、イテェよちきしょぅぅぅ!」
そこまでであった。
もしも彼が勇者のままならば、この場の全員を斬り伏せていた事だろう。
しかし、最早彼は勇者ではなく、多少は強い騎士と同程度の能力しか持ち合わせてはいないのだ。
そのため死角に周り込まれた騎士によって、呆気なく深手を負ってしまうと……
ザクッ、ザクッ! ズシャ!
「ギェェェェェェ! や、やめろ、死ぬ、しぬぅぅぅ!」
畳み掛けるように斬りかかる騎士達により、血溜まりに沈んでいったのだ。
そして最後にロゼが元勇者の前に立つ。
彼女の目には、トモノリを失った時から仇をとるまで流すまいと心に決めていた涙が、止めどなく流れていた。
「貴様のような奴に……トモノリ様が……トモノリ様がぁぁぁ!」
泣きながら剣を構えたロゼに最大級な恐怖を感じた元勇者が、這うようにして後ずさる。
「た、たのむ、助けてくれ。おおお俺だって好きでやってた訳じゃないんだ、な? な? 悪いのはプラーガ帝国さ、そ、そうだろ?」
見苦しくも責任転嫁を図る元勇者。
しかしロゼの意思が変わる事はない。
「黙れ! トウヤ殿に頂いたこの機会……逃すつもりは無い! 覚悟ぉぉぉぉぉぉ!」
ズバン!
ロゼの一撃により、哀れな元勇者の首が夜空を舞い上がった。