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掻き立てる欲望

 無事検問所にたどり着いた俺達は入国審査を受ける事になったんだが、残念な事に身分証等は持っていない。

今更だが、レプス村に立ち寄った時にでも冒険者ギルドに登録しとくべきだったな。

本当に今更だが。

 だが文句垂れてる余裕はない。

振る舞いを誤れば取っ捕まってジ・エンドだ。


「お前達はプラーガ帝国からの入国者だな?」


「ええ、その通りなんですが、少々訳ありでして、プラーガ帝国から逃げて来たんですよ」


 俺が訳ありだと言ったら走らせてた筆をピタリと止めて、俺とフォルネを交互に見てきた。


「訳ありだぁ? お前らいったい何やらかしたんだ?」


 さて、ここからが重要だ。

相手にこれ以上不信感を与えずに、こちらのペースに引き込む必要がある。


「それがですね、大きな声じゃ言えないんですが、プラーガ帝国のレイドレックという辺境伯の極秘情報を入手しちまいましてね、こっそりと越境してきたんですよ」


「極秘情報……そいつはどんな内容なんだ?」


 よし、食い付いてきた。

極秘と言われれば大抵の人間は知りたがるもんだよな。

まぁこの世界には人間じゃないのも居るみたいだが。


「……いいんですか、ここで言っても? 1度責任者に御伺いを立てたほうが良いと思いますがね?」


「うっ……分かった。ちょっと待ってろ」


 おっし、第一関門クリアーだ。

次は決定権のある人物が相手になるので、ここも慎重にいかないとな。

 等と考えを纏めてると、奥から魔術師風の爺さんが現れた。


「お前さんかね? 極秘な情報を持ってるというのは」


「そうです。是非ともミリオネックの方々に知らせなければという思いで、こっそりと脱け出して来たのです」


「ふむ……」


 1度言葉を区切り、魔術師の顔を見る。

こちらの真意を測りかねてるって顔だな、これならいけるかもしれねぇ。


「実は……レイドレック辺境伯が領地の拡大を企んでるのを偶然耳にしてしまいまして、手遅れになる前にとこうして参った次第です」


「領地の拡大……にわかには信じられんが、なにか証拠のような物は持っておるのか?」


 そ~らきた。

必ずそういう流れになると思ってたぜ。

ただの一般人が簡単に信用される訳ねぇからな。

 だがそれも想定内だ。

ここにくるまでに、俺は一つの仮説を立てた。

あのレイドレックの野郎は、周囲の国に対して治安を乱したりする工作を行ってるんじゃないかって思ったのさ。

俺の考えが正しければ……


「証拠になるか分かりませんが……最近ここを通過するミリオネックの国民は、以前より少なくなってるのではありませんか?」


「――確かにそのようだが、それがどうしたのだ?」


 当たりだな。

あの始末したエンドリューって奴は、盗賊を使って通行人を襲ってやがったんだ。


「その通行人の減少は、盗賊被害が増えたからではありませんか? 人は誰しも危険だと認識した場所へは足を運びません。するとどうでしょう、ここからプラーガ帝国までの道のりは人気(ひとけ)が無くなり、経済効果も減少します」


「……確かに」


 爺さんの姿勢が自然と前のめりになる。

俺の話に聞き入ってる証拠だ。


「さて、問題はここからです。もしも、盗賊の背後に居る存在がプラーガ帝国だとしたら……どうでしょうね?」


 ここまで言うと、魔術師の爺さんの顔が青ざめていく。

まさか丸々一つの国が浮かび上がるとは思ってもみなかったんだろう。


「ま、まさかそんな事が……」


 かなり焦ってるな。

国を揺るがしかねない事が起こりつつあると思えば誰だってそうなるか……。

 だが俺は手を緩めない。

このまま一気に畳み掛ける。


「その被害は前々から起こってた筈です。だが通行人が減り続ければ効果は薄くなる。つまり、今が第2段階へと駒を進めるタイミングとなるのです」


「だ、第2段階だと? いったい奴等は何をするつもりなのだ!?」


 よっしよし、どうやら網に掛かってくれたみたいだぜ。

相手の判断力を鈍らせるためには、考える隙を与えないのが鉄則だ。

そしてこっちのペースになったところで、一気に止めを刺すぜ!


「通行人が少ない程、進軍した時に気付かれる可能性は低くなると思いませんか?」


「うむむむむ……つまり奴等の狙いは……」


「ここを突破して、ミリオネック領内に流れ込むつもりかと。さぁ、もう時間がありません。連中は既にこちらに向かってるかも知れませんよ?」


「す、すぐに迎え撃つ準備をしなければ!」


 魔術師の爺さんは慌てて部屋を飛び出て行った。

その直後すぐに検問所内が慌ただしくなり、誰の目にも俺達は眼中に無いようだった。

俺としてもここまで上手くいくとは思ってなかったんだけどな。


「行くぞフォルネ。俺達への追手は、ミリオネックの連中が()()()してくれるみたいだからな」


「はい。行きましょう」



★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★



 トウヤ達が検問所を去ってから2時間程経過した頃、レイドレックの部下が騎兵を先頭にしてミリオネックへと接近。

検問所の近くまで兵を進めたのだった。


「よし、検問所が見えてきた。俺が事情を説明してくるから残りはその場で待機せよ」


「「「ハッ!」」」


 予定ではこうだ。

怪しい2人組を見なかったか尋ねて、捕らえていれば引き渡してもらう。

そうでなければ指名手配をしてもらう。

たったこれだけの簡単な任務であった。

 だが、不運にも彼の思い通りにはいかなかった。


「敵が来たぞーっ!」


 交渉のため検問所に接近した隊長は、ミリオネック側から聴こえた声に思わず耳を疑った。


「ま、待て! 侵略行為ではない、交渉に来ただけだ!」


 必死に訴える隊長への返答として、ミリオネック側から放たれたのは弓による狙撃であった。


「ぐわぁ!」


 交渉しようとした隊長が狙撃を受け、その場に落馬する。

 トウヤ達を追ってきた騎兵達にとっては信じられない光景だった。

まさかミリオネック側から一方的に攻撃されるとは思ってもみなかったのだ。


「た、隊長がやられた! 一時撤退し「ふざけるなぁ! 我々がいったい何をしたと言うのだ! このまま黙って引き下がれるかぁ!」


 副隊長が撤退を指示しようとしたが、一部の者達は怒りに任せて検問所へと突撃を開始した。


「くそぉ、よくも隊長を!」

「許さんぞ、金の亡者共め!」


 するともう全体に歯止めが利かなくなり、大部分の騎兵が突撃した後を後方に控えてた弓兵が援護する形で前進する。


「粗暴なプラーガ共が、とうとう本性を表しやがったな!」

「不意をついて仕掛けてきたつもりだろうが、そうはいかんぞ!」


 先に手を出したのはミリオネック側なのだが、そんな事はまったく頭に入っておらず、所長である魔術師によりプラーガ帝国が侵攻してくる可能性が高いと聞かされてた兵士達は、タイミングよく現れたトウヤ達への追手を見て侵攻してきたと思い込んでしまったのだ。


「行く手を阻む障壁よ、フレイムウォール!」


「うぉアッチ! く、これでは進めない!」


 魔術師の火魔法により突撃してきた騎兵を退ける。

そこへ検問所の上から弓矢が放たれ、次々と騎兵を仕留めていった。


「ぐほぉ……ちく……しょう」


 今も1人の騎兵が矢に射抜かれる。


「くそぅ……後退、後退だ!」


 だがそれは最後の騎兵であったため、残された弓兵は徐々に後退し、最終的には撤退する羽目になった。


「やった! プラーガ共を追い払ったぞ!」

「へっ、プラーガめ、大した事ないぜ!」

「所長、あの若者が言った事は事実だったようですね」

「うむ、事前に物資を増強出来て良かったわい」


 実はトウヤの話を聞いた直後、所長である魔術師は最寄りの街から物資を調達させたのだ。

その結果、用意した弓矢は惜しみ無く放たれたのである。

 今も歓声が沸くミリオネック側と違い、プラーガ側は意気消沈しながらレイドレックの待つモルネデートへと引き上げて行くのであった。



★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★



「馬鹿者がぁーーーっ!」


 ゴスッ!


「ブフッ! も、申し訳ありません!」


 レイドレックの元へと戻った部隊は、ありのままを報告した。

すると烈火の如く激怒したレイドレックにより副隊長は殴りつけられ、そのまま何度も踏みつけられた。


「たかが2人の一般人相手に取り逃がした挙げ句、ミリオネックとも揉め事を起こしよってからに! 陛下に何と申し上げればよいのだ!」


 当然他国との小競り合いは、プラーガ帝国の現皇帝ムンゾヴァイスの耳に入る事だろう。

結果的に相手の領地を奪えるのなら黙認されるだろうが、そうでなければ切り捨てられるのは目に見えている。


「…………」


 それを想像しレイドレックの額から出た冷や汗が、頬を伝って床へと零れる。

使える者は使い、使えない者は切り捨てるという冷血で合理的な性格のムンゾヴァイスは、転移者である勇者にも手心を加えないとして有名だ。

 つまり、トウヤの策略によりまんまとレイドレックは追い込まれてしまったのだ。


「くっ……最早手段を選んではおれん。伝のある闇ギルドに依頼し、ミリオネック側を混乱させろ。その隙に部隊を編成し一気に攻め込んでくれる!」


 依然繰り広げられている逃走劇だが、ここにきて事が大きく成りつつあった。


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