異世界は突然に
チッ、中々脚の速ぇ小娘共だな。
突然だが俺こと海原豆矢は逃げていた。
何故かってぇと……
「夕夏、あそこにいたよ!」
「ちょ、ま、待って智子ぉ」
「コラァ! 夕夏の財布返しなさいよこのヒョロ長野郎!」
とまぁ、鈍そうな女から財布をスッて逃走中って訳だ。
高卒と同時に励んだ就職活動に無残にも失敗した俺は、魔が差して始めたスリに味をしめ、今もこうして生活資金を調達している。
だが、今日は失敗だ。
ターゲットから奪ったまでは良かったが、連れの女が鋭く気付きやがった。
つーか誰がヒョロ長野郎だ! 俺の名前は海原豆矢だ!
勿論、教えてやるつもりはないがな。
「よし、あそこの小道なら……」
大通りから外れて、住宅街へと続くであろう小道に逃げ込もうとしたが……
「な!? 行き止まりか!?」
ちきしょう、塵ステーションかよ!
不味いっ! 今から引き返してちゃ逃げ切れねぇ!!
「どうやって切り抜ける……っ!」
上手くやり過ごす方法を考える為ふと上を見上げると、小型犬サイズの光の玉が俺に迫っていた。
「な……んだこれ?」
避ける間もなく光の玉が直撃した俺は、痛みがない事を不思議に思いながらも、体全体が光に包まれているのに気付いた。
そしてそれを確認した直後、謎の脱力感と共に意識を失った。
「あの先は確か塵ステーションのはずよ、追い詰めたわ!」
男を取り押さえようと小道に入る。
けれど……
「あれ? いない!?」
ウソでしょ!? まさか5㍍以上あるコンクリートの壁をよじ登ったっていうの!?
「ハァハァ、もう、やっと追い付いた……」
後ろに夕夏が来たにも関わらず、あたしはその場に立ち尽くしていた。
「あれぇ? あの男の人は?」
「……消えた」
「……えっ?」
だって、消えたとしか言いようがもん。
壁を登れる訳ないし、仮に登れたとしてもあの短時間で登りきるなんて不可能よ。
そして地面に落ちてる夕夏の財布。
それをそっと財布を拾い上げ、夕夏に手渡す。
「あ、有難う智子――え? 中身はそのままだ……」
まるで最初から何も無かったかの様に落ちていた財布。
そして突然消えたあの男……。
そう考えると途端に気味が悪くなってきた。
「な、なんなのよこれ……ま、まじ気味が悪いよ!!」
耐えられず、あたしにはその場から逃げ出した。
「まま待ってよぉ智子ぉーーっ!」
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
「……ん、ここは?」
気付くと見知らぬ森の中にいた。
ん? 森の中だと?
「どういう事だ?」
俺は確かに街中にいたはずだ。
逃げてる最中に行き止まりにぶち当たって、そこで不思議な光に……。
結局何だったんだあの光は?
いや、そんな事よりも今現状、俺が何処にいるかだが……
「まったくわからねぇ……」
何をどうやったら、こんな森に迷い込む事があるんだか。
さて、じっとしてるのが得策か、それとも動いた方が良いか、どうしようか考えていると、不意に誰かに話しかけられた。
「あんたで最後みたいね」
ん? 誰だ? なんか上から声が―うぉ!?
そこには空中に浮かんでいる女がいた。
というか浮いてるってどういう事だ!?
「どういう事って言われてもねぇ……女神だから? としか言えないわね」
え、女神? この女が? 確かに羽衣みたいなのを着て浮いてると、女神に見えなくもないが……というかこいつ、人の思考読みやがった!?
「そりゃ読めるわよ。女神だもの」
おう女神って凄ぇな!
って、そんな事よりもここが何処で、俺は何でここに居るのかを聞かないとな。
「ここはイグリーシアって世界よ。あんたの居た地球とは別世界ね」
マジかよ! 異世界ってアレか? 剣と魔法のファンタジーな世界か?
「そう、その異世界よ。そしてあたしは女神クリューネ。クリューネ様って呼びなさい!」
……密かに様付けを要求してくるこの女は、本当に女神なのか少々疑問に思うが、とりあえず機嫌を損ねないように注意しよう。
「まず何故ここにあんたが居るのかって事なんだけど、ぶっちゃけ事故なのよ」
「は? 事故?」
「そう事故。正確に言うと、プラーガ帝国って国が勇者召喚を試みたんだけど、そのとばっちりを受けたって訳ね」
何だよその迷惑な事故はよ!?
「巻き込まれたのは全部で5人いたんだけど、他の4人のフォローは終わったから、あんたで最後って訳」
その5人の内の1人に選ばれるとかどんな確率だ! そんなもんに当たるくらいなら、宝くじでも当たれってんだ! 買った事無ぇけど。
「本来なら直ぐに元の世界に帰すんだけど、あんたの場合罪人だから、このまま帰せないのよねぇ」
「つみびとってのは犯罪者って意味か?」
「その通り。だから善行を行う事で罪を償ったら、元の世界に帰しましょうってネ♪」
ネ♪ ってお前……。
まぁ犯罪者なのは自覚してるが、善行ってどうすりゃいいんだ?
ぶっちゃけこのイグなんとか?って世界の事なんて殆んど知らねぇし、一般人の俺に出来る事なんざたかが知れてる。
「その辺はフォローするわ。まずギフトを授けるから、それを使って悪を懲らしめ、強く生きなさい」
そう言い終わると同時に、俺の体は一瞬だけ淡く光った……様な気がしたが……
「……今何かしたのか?」
「ギフトを贈ったのよ。ステータスって念じてみて」
自分のステータスを見れるのか?
それじゃ……ステータス!
名前:海原豆矢 種族:人間
レベル1 職種:断罪者
HP:74 MP:32
力:5 体力:23
知力:42 精神:30
敏速:95 運:20
【ギフト】技能奪取
【スキル】隠密Lv1 加速Lv1 相互言語
【魔法】
お、何か凄ぇな、色々出てきたぜ。
ほうほう……力が大変残念な事になってるが、平均以下じゃないのかこれ?
それに職種が断罪者ってなんなんだ……。
「あたしからの使命を受けたからね。悪人や害意を持つ魔物を見つけたら、バンバンやっつけちゃって!」
簡単に言うけどな、一般人の俺がどうや……何だ、この技能奪取ってのは?
技能奪取:犯罪者や魔物から、罪の数だけ能力を奪う事が出来る。
同じ相手には、1日1度しか使えない。
「ね? そのギフトが有れば楽勝でしょ?」
クリューネ様の言う通り、こいつがあれば無限に強く成れる。
どうせ世の中にぁ悪人が腐るほどいるんだ。
そいつらから奪いまくれるってんなら、これほど美味しい話はないな。
「やってやりますぜ、断罪者ってやつを!」
「やる気になってくれてよかったぁ! 下手にごねられたら処理しなきゃならなかったからさ!」
おい、なんだ処理って、凄ぇ不吉な言葉に聴こえたんだが……
「……世の中には知らないほうが幸せって言葉があるのよ?」
「お、おう……」
これに関しては深く追及してはならないと、俺の中の何かが警告を発している。
藪蛇は御免こうむるね。
「ところでさ、この辺の地理はさっぱりなんだが、どっちに行ったらいいんだ?」
「ここからならまずは北を目指すといいわ。
北にはミリオネックって国があるから、あんたなら上手く立ち回れるんじゃないかしら」
ミリオネックね。
どんな国か知らないが、女神様のオススメって事なら行くしかないな。
「一応言っとくけど、東には絶対行かないほうがいいわよ? プラーガ帝国って国があるんだけど、異世界人の黒目黒髪の人間は目立つから、見つかったら確実に捕まるからね?」
マジか……。
異世界人ってだけで捕まるとかどんな国だよ……。
そんなに危険なら死んでも行かねえ!
「じゃあ頑張ってね。半年くらいしたら様子見にくるから」
半年後に女神が来るって事は、それまでに善行をある程度積む必要があるな。
そもそも俺は罪人だから、半年間精々頑張れって思ってんだろ。
で、善行が足りなかった場合は――あんまり考えたくねぇな……。
とりあえず、この技能奪取ってのを上手く利用してくか。
丁度森に居るんだし、北のミリオネックとやらに向かいつつ、魔物を相手に手慣らしも出来るしな。
と、色々思考しつつ歩いてると、前方の茂みがガサガサと揺れ……
「ギャギャ!」
「っ! 魔物か!?」
茂みより現れたのは、棍棒を持った赤茶色の鬼、みたいな魔物だった。
「多分だが、ゴブリン……だろうな」
そのゴブリンはこちらに気付くと、棍棒を振り上げて向かってきた。
「グギャッ!」
ブォォンッ!!
「あっ……ぶねっ!」
ゴブリンの棍棒を避け、とっさにスキルの使用を試みる。
まずは脅威となる力を奪おうと!
「アビリティドロー!」
発動直後、普段よりも拳を握る力が強く感じられるようになり……
力:5→力:37
「よしゃ! 上手くいったぜ!」
だが上手くいって注意が逸れてたのがいけなかった。
気付いた時には既にゴブリンが棍棒を振り上げてて!
「グギギャ!」
ドガッ!
HP74→HP61
「っ! ってーなチキショウ!!」
くそっ、油断した! 左肩にモロに受けちまった! つーか何で痛ぇんだよ!
力は奪ったはずだろ!?
だが再びゴブリンが棍棒を振り上げたのを見て、とっさに後へ離れる。
今度は上手く避けたが、地面に尻餅を付いた状態になり、直ぐに動く事が出来なくなった!
「ギッギッギッ!」
それをチャンスだと思ったのか、ニタニタと気持ち悪い笑い顔を作りながら棍棒を振り上げる!
このまま頭に直撃したら流石に助からねぇ!
そう思いとっさにゴブリンの足を引っ掛ける事に成功する。
ギリギリ間に合わないかと思ったが、何故か動きが瞬間的に加速したような気がした。
「……グッ! ギィィィッ!!」
しかも運がいい事に、転倒の際に自分の持ってた棍棒が、自分の頭にヒットしてやがる。
ざまぁみやがれ!!
このチャンスを生かすべく、地面で悶絶しているゴブリンに馬乗りになり、顔面目掛けて拳を叩きつける!
1発、2発、3発、4発。
何発殴ったか覚えてないが、5・6発くらいで動かなくなった様な気がする。
「ハァハァ……死ぬかと思ったぜ」
危なかった。
もし他にもゴブリンがいたら、間違いなく死んでたのは俺の方だ。
戦いが終わった途端、気が抜けたようにその場にへたり込む。
「……疲れたな。このまま動くのは正直しんどい」
辺りが暗くなってきたのもあり、今日はその場で寝てしまおうと、クリューネから貰った結界石を使用する。
この結界は12時間発動するらしいので、明日の朝までは持つだろう。
そのまま地面に横になり、目が覚めたら夢であってほしいと、夜空の星に願いつつ眠りについた。