ナオト編1
あの話の少し前。
僕はその日1人で夜道を歩いていた。塾の帰り道。時間は午後10時。お気に入りのヘッドホンで同じ曲をループしながら音楽に合わせて足音を立てる。
明日小テストあったっけ?まぁ電車の中で復習すれば十分か。新作ゲームの攻略を優先しよう。
そんなことを考えてるとき突然頭上の街灯が消え、辺りが闇に包まれた。今日は悪いことがありそうだ。だけど足は止めない。悪い予感はいつも当たるけど、だからって避けることは出来ないことを僕は知っている。
「オメデトウ、キみハエラバれた」
ヘッドホンで聞いていた曲を歌っていたボーカロイドが歌詞を外れる。堪らずにヘッドホンを外す。しかし声は止まない。
「コチらの世界に招待しよう」
お前は誰だ!と叫んでやりたいが変質者と思われかねない。空耳だろうか。妙にリアルで気味が悪い。早く家に帰って遊ぼう。
僕は急ぎ足で歩き始める。
しかし足を踏み出した場所にはいつものアスファルトの感触はなかった。柔らかくてざらついていてヌメヌメしてて…見るとそこには大きく開けた巨大な口が広がっている。白い歯と赤い舌が暗闇でもよく映えてる。
「っっ!」
声は出なかった。なす術なく呑まれる…
目を覚ますと薄暗い部屋にいた。体を起こし体を見る。右手、左手、右足、左足、よし五体満足。食いちぎられた所はない。夢だったのか?
次に部屋を見渡す。僕以外にも何人か人がいる。さほど歳は離れていないようだ。
部屋は円形で等間隔に扉がたくさんある。こんな所に用はないし早く帰らないと親に叱られる。その扉の一つに手を掛けてみる。
「無駄」
後ろから声を掛けられる。
「全部開かなかった」
そう言われドアノブを動かそうとしてもガチャガチャという音さえならない。
「そうみたいだね」
振り向いてみると声の主は僕より少し身長の低い女子だとわかった。前髪が長くて両目が隠れている。
「君も変な奴に飲まれたの?」
彼女は首を傾げた。やっぱり幻覚だったか。
「ごめん変なこと聞いて。どうやってここに来たか覚えてる?」
「覚えてない。気づいたらここにいた」
「そう。早く帰れるといいね」
「うん、でもここのこと少し興味ある」
ちょっと変わった子だな。僕は微塵も興味ない。
「ここの部屋にある扉の数、数えた?」
「いや」
数えてみると12だ。開いたとしても出口に繋がるのを探すのは大変そうだ。
「人の数は?」
「それもまだだ」
これも12人だった。つまり…えぇと
「扉の向こうの部屋は僕達の個室?」
だからなんだという話だが。ここで暮らせと?
「じゃあ私達はどうやってここに入った?」
予想外の質問に頭が一瞬フリーズしたが彼女の言いたいことはわかった。
「扉が全て個室につながっているとしたら外と通じる扉はないってこと?」
「そう、あなたが『変な奴』に食べられたと言った時むしろ納得がいった」
やっぱり変わった子だな。なんかしらのマジカルな力が働いているというのか。ラノベみたいな展開だな。僕はラノベはあまり読まないけど。
「皆さんようこそ!」
突然の大声に驚く。見ると部屋の中央にさっきまではいなかったあからさまに怪しい奴がいる。長身で紫色のタキシードとシルクハット、顔にはオペラ座の怪人を思い出させる仮面。もう誘拐犯こいつじゃん。
「この世界に皆さんをお呼びしたのは他でもない、やって欲しいことがあるんです!」
殺し合いとか殺人鬼を探せとかやめて欲しいんだけど。そういうの苦手なんだよ。
「皆さんにあの扉の向こうに物語を作って欲しいのです!」
…なに言ってんだコイツ。意外なんてものじゃない。マンガだったら僕の左上にポカーンって書いてあることだろう。
「おっと申し遅れました。私はこの夢想世界の管理人の『ミュート』です」
ミュートは90度のお辞儀をする。ウザい奴だ。
「皆さんお気づきだとは思いますがここは皆さんがいた世界とは全く別世界です。理解できないのはご最もですが常識は捨ててください」
全く理解できない。彼女を見たけど彼女は隠れている両目で穴の開くほどミュートを見つめている。一語も落とさず聞くつもりか。
「早速ですが具体的な説明に入ります。まずは皆さん自分の番号を覚えてください」
ミュートはあなたは1番、あなたは2番と一人ずつ指を指す。僕は12で彼女は4だ。
「次にここにある水晶を取っていってください。自分の番号のをですよ?あと他の人の水晶を壊そうなんて考えないでくださいね」
1人ずつ水晶を取りに行く。ミュートの言ったこともあってみんな大事に抱えながら他の人の様子を気にしているようだ。
「この番号はあなたの担当する世界の番号です。その世界は同じ番号の扉から行くことができ、同じ番号の水晶で創造することができます」
そしてミュートは水晶の使い方を説明し始める。要約すると水晶に手をかざしてる間は想像した物がそのまま創造されるようだ。他にも色々言ってた気がするが理解が追いつかなかった。
「こちらから伝えるべき情報は以上です。さてここから質問時間です!1人につき一つだけどんな質問にも質問に答えますよ。まずあなたから!」
ミュートが僕を指さす。普通1からだろ。まぁ質問は初めから一つだからいいけど。
「元の世界に帰れるんですよね?」
周りから笑い声が聞こえる。ミュートだけじゃない、他の元の世界から連れ去られたはずの人も笑ってる。何かおかしいことを言ったか?
「まぁ方法が無いわけではないですね」
「それは!?」
「質問は一つまでですよ」
唖然とする僕を置いてミュートは次の人を指さし質問コーナーは続く。
「私達の寿命は?」
「不老ではあります」
「水晶が壊れたらどうなる?」
「世界は暴走しますね」
「えぇと、二次創作あり?」
「自由ですよ」
「他の世界にいくことはできる?」
「このホールを通れば可能です」
「…ない」
「はい、分かりました」
「物語が完結したら?」
「平穏な日々が続くだけです」
「ミュート自身のこれからの予定を教えて」
「なるほど、私はこれからは特に何も起こらない限り一定周期でそれぞれの世界を訪れて皆さんと雑談し続けるつもりです」
「あなたは私のこと、どれくらい知ってるの?」
「ほとんど知りません。指示された人を引き込んだだけですので」
「自分を登場人物とする時に容姿とか力とかも自由?」
「もちろん」
「自分の物語の住人は自分の考えた物語通りにしか動かない?」
「まぁそうなりますね」
「物語の中で明らかな矛盾ができた場合は?」
「基本的に矛盾は世界によって回避されますがそれでもできた場合は先にできた方が優先です」
お前ら一瞬でよくこんな質問思いつくな。俺の質問は2番目くらいに頭が悪かった気がする。それよりかなり重要な情報がいくつも出たな。メモっとかないと。
「ん、」
彼女がメモを渡してきた。質問と答えが全て書かれてる。
「いいの?」
「自分の分も持ってるから」
「ありがとう、僕はナオト。何かあったらよろしく」
「…うん」
つくづく変わった子だな。名前聞けなかったし。
「ではこれにて説明会は終了です!皆さんどうぞ扉をお潜り下さい!」
ミュートが叫ぶと扉が一斉に開いた。扉の先は先がまるで見えない暗闇だ。みんなそれぞれのペースでそこに飛び込んでいく。
ステラが先に行くのを見届けて覚悟を決める。ここにいても何も始まらないからな。何とかして脱出法を探さないと。
そんなことを考えながら扉を潜る。すると扉はひとりでに閉まった。辺りが闇に包まれ…
「…またお前か」
足元には柔らかくてざらついてヌメヌメしてる赤い舌。お前はワープゲート的な役割なの?
「なぁこのまま元の世界に帰してくれない?」
無駄だと思いつつ言ってみる。今度はちゃんと声が出たな。呑まれながらそんなことを思ってた。
目を覚ますとよく見慣れた部屋にいた。体を起こし体を見る。右手、左手、右足、左足、よし五体満足。食いちぎられた所はない。夢だったのか?
次に部屋を見渡す。俺の机に俺のベッド。枕元に引っ張ってきた延長コードにはパソコン、スマホ、ゲーム機の充電コード。どう見ても俺の部屋だ。
リビングに行ってみる。時間は午前5時。親はいない。暇だしテレビゲームをしてみることにした。親に見つかるとマズイが親は平日でも7時起きだ。最近はいつも5時に目が覚めるから日課になってる。
ゲーム機の電源を入れお気に入りのヘッドホンをコントローラー刺す。テレビはミュートだ。
結果は5勝4敗。いつも通り。ゲーム機の電源を消し勉強道具を広げて親を待つ。そして何の事件も面白みもない平穏な日々が続く。