異世界ダンジョンを1人プレイなんてとんでもない!(βテスト版)
「フッ……ずいぶん楽しいところにやってきたな」
ある日の朝。
ひとつの村が、滅んでいた。
初めてこの地に訪れたので村の名前こそ知らないが惨憺たる有様だった。破壊された家々、原型をとどめていない家具や衣類、地面にぶちまけられたシチューにはまだほんのりと湯気が立っている。
そんな静寂に包まれた村の真ん中で、俺は笑みを浮かべた。
「なにかモンスターに襲われたというところか。村一つ滅ぼすとは、相当凶暴なモンスターだったに違いない。どうやらこの村からはもう出て行ったようだが――」
打ち捨てられた無数の剣と盾。この村の兵士が戦った痕跡から察するに、村が滅びたのはつい最近のことだろう。
もっと早くここに来ていればな――少しだけ残念な気持ちになりながら、俺は折れた剣を拾おうと膝をついた。
ドガァアァアァアァァァアアアアン!
「グゥォオオオオオオォオオオオオ!!」
その瞬間、頭上わずか1センチに衝撃波がかすめた。もし屈んでいなかったら上半身が吹き飛んでいただろう。
俺はニヤリと口角を上げる。
「やれやれ……わざわざ俺に仕留められるために戻ってきたか」
俺は見上げた。体長5メートルを超える巨大なゴブリンが、樹木のように大きい棍棒を持って俺を見下ろしていた。
俺は悟る。コイツが、この村を滅ぼした犯人なのだろうと。
巨大なゴブリンは棍棒を振り上げて、今度は俺を狙って振り落とした。
「危ないっ!」
バッとどこからともなく金髪の少女が現れた。
ドガァァアァァァァァァァアァアァン!
クレーターができるほど地面は大きくえぐられ、叩きつけられた土や草がまるで水しぶきのように吹き上がる。
しかし間一髪、金髪の少女に押し倒されるかたちで棍棒の攻撃を俺は避けた。
「あなた、まだ村に残っていたの!? 早く逃げなさい!」
「……なんだお前は?」
「クエストを受けてやってきた冒険者よ! あいつはゴブリンキング! 攻撃を喰らったらひとたまりもないわ!」
「そうじゃない。俺が聞きたいのはお前の素性ではなく――」
「なによ!?」
「その格好のことだ」
「……っ!」
指摘を受けた金髪少女は、カァァッと顔を赤くした。
その金髪少女の容姿はというと、着ている衣服は無残なまでに破れまくって、下着姿と変わらないほど肌が露出している。純白のブラジャーとパンティーがモロに見え、ほどよく肉付きのよい美乳や太ももが図らずも俺の目に入ってしまった。
しかも彼女は今、俺の上で四つん這いの体勢を取っている。重力に従ったおっぱいがもっちりと覆いかぶさり、極上の柔らかさが俺の顔面を包み込んでいた。
「あ、あなた! こんな時になに見てるのよ! 変態!」
「……お前が飛びついてきたんだろう。この重い肉塊をどけろ」
「グオォオオオオオオオオオオオオォオオオオオオ!!」
「! 立って!」
俺の上で四つん這いの体勢になっている半裸の少女は、立ち上がって俺の手を引っ張り体を起こす。
「走って街まで逃げるわよ! ……もうっ、こんなクエスト受けるんじゃなかったわ!」
「お前のその格好は、つまりあのゴブリンキングにやられたということでいいんだな?」
「そうよ! 悪い!?」
「なら邪魔をしないでもらおうか。こいつは俺が倒す」
「え? い、いまなんて言ったの……? 倒すって!?」
「ああ」
「バカ言わないで! あんな巨大な棍棒食らったら、間違いなく一撃でやられちゃうわよ!!」
「『一撃』か……」
グイグイ引っ張る金髪の少女の手を離し、俺はゴブリンキングの顔を見上げる。
ゴブリンキングはドシンドシンと歩き、今度は外すまいと左手でしっかり狙いを定めて、棍棒を大きく振り上げた。
「グィイイイイィィ……!」
「はやく逃げなさいよ! 本当に死んじゃうわよっ!!」
俺は一歩も動かない。右手に、力を溜める。すると俺の右手が、光る。闇夜のような『混沌の光』が俺の右手から発される。
そして右手に出現する――刃先まで真っ黒に塗られた漆黒の大剣が。
「どんな相手でも一撃で仕留める。これが俺のスキル――」
ゴブリンキングの棍棒が、ふたたび俺を狙って振り落とされた。自分の体よりも大きい棍棒が、眼前まで迫りこんだ。
俺は、跳ぶ。
「グォオオオオオオオオオオォオオオオオオオオォオオオオ!!」
ズバッシャァアァアァアァァアァアアアア!!
漆黒の大剣が、ゴブリンキングの巨体を捉える。激しい爆発が起こる。民家を吹き飛ばしかねないほどの衝撃波が村全体を包み込み、舞い散る土埃で何も見えなくなる。確かなものは、地鳴りのように鳴り響く轟音だけだ。
やがて土埃が晴れたころに倒れていたのは、
「グォオオオオオォオオォ…………ッ!?」
ゴブリンキングの方だった。
倒れたゴブリンキングはドカンドカンと激しく全身が爆発し、そうして跡形もなく消え去った。
俺はフッと笑う――これが俺のスキル。攻撃力∞を誇る漆黒の大剣の名前。
「ブレイブソードだ」
獲物を仕留めた漆黒の大剣も、光に包まれて消滅した。
勝利宣言する俺に、金髪の少女はぽかんとする。
「な……!? 何が、起こったの……? あ、あなた、何をしたの!?」
「仕留めたのさ。一撃でな」
「ゴブリンキングを一撃で!? 嘘でしょ!? あなた、いったい何者なの……!?」
「さあな。それじゃあ」
「えっ? ちょ、ちょっと!」
巻き込まれたごたごたにもケリをつけたしこの村にもう用はない。俺は金髪少女に背を向けて、村を去ろうとする。
しかし金髪少女は後ろから俺の手を掴んできて、引き止めた。
「ま、待って! ごめんなさい、今のは無礼な振る舞いだったわ。名乗るならまずは自分からよね――わたしはアイリ。17歳。冒険者ギルド『メイツ』に所属している女冒険者だわ」
「……別に怒ったわけじゃないんだがな。なんというか、俺には名乗れる素性がないんだ」
「え?」
「自分が何者なのかも、どこから来たのかもわからない。いわゆる記憶喪失というやつでな」
「記憶喪失!?」
「思い出せるのは、シトという名前だけだ」
「そ、そうだったの」
ぽっと金髪の少女アイリは顔を赤らめる。小さく俯いて、ぼそりと呟いた。
「運命だわ……」
そうしてアイリは顔を上げて俺にずずいと近寄り、両手を握ってまくし立てた。
「シト! わかったわ、わたしがなんとかしてあげる! あなたがいてくれたおかげでわたしは助かった。だからわたしも、あなたを……!」
「た、助けてくれると?」
「はい!」
元気いっぱいにアイリは頷いた。半裸の少女にこうも近寄られると対応に困ってしまう。というかさっきまでのツンとした態度はどこに行った。
どうやら俺は面倒くさい女に目をつけられてしまったようだ。厄介なことになる前に適当に追い払うことにするか。
俺は言う。
「そうか……なら俺の奴隷にでもなってもらおうか。役に立ちたいというのなら、俺にその身を捧げられるんだろう?」
これだけ言ってやれば自分から身を引くだろう。
と思っていたのだが、
「もちろんです♥ シト様♥ このアイリめになんなりとお申し付けくださいっ♥」
「…………」
喜んで土下座してきた。
しかも、下着が丸見えな半裸状態で。艶やかな金髪からムチッとしたお尻まで、そのすべてが俺の目の前にうやうやしく捧げられたのだ。
俺は自分の軽はずみな発言に舌打ちをし、醜態を晒す露出少女を見下す。
……まあ、そこまで役に立ちたいというのなら是非もない。面倒くさい女は嫌いだが、この世界のガイドは欲しかったところだ。
「おい奴隷。お前確か冒険者ギルドに所属していると言ったな――俺には素性がない。目先の生活費すら持ち合わせてなくてな、働き口を探しているところなんだ。その冒険者ギルドを俺にも紹介しろ」
「はーいっ、わかりました! アイリ、シト様のために頑張っちゃうね!!」
「あとそのウザいテンションやめろ」
「ふきゃっ!? も、申し訳ありません♥ ハァハァ♥」
アイリの頭を靴で踏んづけて無理やり黙らせた。
それでもアイリは笑顔を絶やすことなく(むしろ喜ぶように)起き上がる。
「それじゃあ案内するわね! 行きましょ、シト様!」
「おいこら。なに勝手に手を繋いでるんだ」
アイリの手に引っ張られて、俺たちは村を後にする。
自分が何者なのかも、どこから来たのかもわからない。
友達もいず、家族もいず、恋人もいず、記憶すら失ったこの俺が初めて手にしたものは、あろうことか『奴隷』だった。
軽はずみな発言のせいで、とんでもない女と関係を持ってしまった。俺は他の誰かと馴れ合うような人間じゃない。できることなら一刻も早くコイツと別れたい。
しかしアイリは、
「一撃でボスモンスターを倒したんだもの! シト様ならきっとすごい冒険者になれるわ! そんなお人の奴隷になっちゃうなんて……わたし幸せっ♥」
満面の笑みで、俺を冒険者ギルドへ連れて行くのだった。
やれやれ……。
これから面倒なことになりそうだ。退屈する暇もなくなるほどにな。
ここまでお読みいただきありがとうございました。
この短編は先行公開用の第一話です。
本編はこちら→http://ncode.syosetu.com/n5208dc/
・本編発表スケジュール
1月31日、午後7時に第一話(当短編)、午後8時に第二話、午後9時に第三話。
2月1日、午前7時に第四話、午後7時に第五話。
以降は毎日更新が続き、徐々にペースを落としての更新となります。また、更新日は各話ごとのあとがきに明記されます。
本編もお付き合いいただければ幸いです。
どうぞよろしくお願いします。