競争
「スタート」
シゲオと小池は走りだした。二人は競争をしている。
シゲオは小池に勝ちたかったし、小池はシゲオに勝ちたかった。
シゲオはスタートすると10秒ほどで10メートルほど小池を引きはなした。
シゲオは「勝った」と思い走り続けた。「もう小池が追いつくわけない。オレはやつよりはやかったんだ」と思った。もう小池の足音も聞こえない。「ゴールしてあの優越感にひたりたい」シゲオはゴールはまだかー、と思いながら走った。
シゲオはしばらく走った。そろそろ足が動かなくなってきたし、息がもう続きそうもない。しかし、ゴールが見あたらなかった。もう少し先か?もう少し、もう少し、と思いながら、それでも走り続けた。
そしてまたしばらく走ると、シゲオは息が続かなくなり、立ち止まってはげしく息をした。そして後ろを振り返ると、小池が小さく見えた。小池は走っていた。
シゲオはゴールを目指してまた走り出した。ゴールはまだ先なのだ。シゲオはこの競争がまさか長距離走とは思っていなかった。
スタートの前、小池は南の方を指差して、「むこうにゴールがあるんだ」と言った。シゲオは了解した。シゲオは小池に勝てる自信があった。シゲオは小池はアホだと思っていた。「オレに勝とうなんざ」
シゲオはまたしばらく走った。すると道が二本に分かれた。
シゲオは立ち止まった。後ろを振り返ると、小池が小さく小さく見えた。シゲオは「どっちやねん」と声に出して言った。シゲオは少し焦った。「小池との距離が縮まってしまう、けど、どちらの道を行ったら良いのか分からへん」シゲオは辺りを見回してみたが何もなかった。「道を間違えたら勝負にならへん」後ろを見ると小池が少し近づいてきたのが見えた。シゲオはしかたなく、この場に立ち止まって小池を待った。けどもう競争なんてしたくなかった。シゲオは気が抜けてしまった。
しばらくすると小池が来た。小池は息をつきながら立ち止まって「どうしたん」とシゲオに聞いた。小池はまだ息をつきながらシゲオに言った。「どっちでもいいんちゃう。オマエの好きな方に行けよ。ゴールはなんせあっちなんだから」と、そして小池は南を指差した。
「馬鹿馬鹿しい」シゲオは「なんでこんな奴を待ってなあかんねん、こんなの競争ちゃうやんけ、第一、ゴールがどこか分からない競争があるかいな」と思った。小池はシゲオが言った「馬鹿馬鹿しい」を聞くと、少しニヤッと笑って「馬鹿馬鹿しいよね、競争なんて」と言った。
どれくらい走っただろう。もう日が暮れて、けっこうな時間がたったはずだ。シゲオはゆっくりなスピードで走り、そして止まり、歩き、それを繰り返して南に向かって走っていた。後ろを見ても小池の姿などもうどこにもなかった。シゲオは意地でも小池に勝ってやろうと思った。「どこにゴールが有るのか分からないが、とにかく南だ。南、南、南、南の地の果てまで走ってやる」シゲオはくたくただった。けど南に走るのを止めるわけにはいかなかった。南にはゴールが有るのだから。
空が白くなって日が昇ろうとしていた。シゲオは倒れた。「もう走れない」シゲオは泣いた。自分で情けない顔をして泣いた。泣き出すと止まらなかった。「ゴールはどこなんだ。ゴールはどこやねん。もうやだ走りたくない。走りたくない」ふ と、シゲオは波の音を聞いた。確かに波の音だった。シゲオの涙は「つっ」と止まり、シゲオは驚きの表情でその波の音のする方を見た。「海だ」「この向こうは海」
シゲオは朝日を見た。線香花火の玉のおまんじゅうの様な朝日は海の向こうから出てきた。シゲオは「もう走れない」と歩いて波打ちぎわまで行った。水が冷たかった。「ゴールはここだ」とシゲオは思った。「オレは勝った」と思い砂浜に寝転んで上を見た。
小池は二時間後くらいにやっぱりくたくたになってこの浜に着いた。シゲオは小池と会うと「ここがゴールだろ」と言った。小池は少しニヤッと笑うと「そうかもしれない」と言って寝っ転んで上を見た。
シゲオと小池は電車で家に帰ることにした。二人ともお金は少々だが持っていた。浜を去る時、シゲオは言った。「オレの勝ちだろ」小池は「今回はな」と言った。シゲオは浜を振り返り「ゴールはどこだったのだろう」と思った。