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<3>

 失くした指輪と引き替えに手に入れた“もの”。

 それはどちらも天秤に掛ける事はできないものだった。指輪が消えてしまった事は二人に重い哀しみを残したが、“大切なもの”のお陰でそれを埋める事に成功した。

 哀しむ時も、笑う時も、ふたりは一緒。




「……やっと会えた」

 よく通るテノールに振り向くと、そこには隣町にある東西高校の生徒会長が立っていた。

 せっかくの日曜なのでデートにでも行きましょう、という冬都の言葉に文句を零しながらも従った優太が、立ち寄ったCDショップから出てきた所だ。

 男はなかなかお目にかかれない程の美形だが、生憎というか何というか、今優太の隣に立っている冬都もやはり類を見ない程の美しい造形の持ち主だったりする。二人も揃ってしまって、女の子だったら歓声を上げて喜んでいる所だろうと思うが、いかんせん優太もれっきとした男だ。歓喜というよりは羨望の目で二人を見返すだけだった。

 冬都はその羨望の瞳が自分に向けられるのは大歓迎だったが、それが明確に敵と位置づけている相手にも向けられている事に苛立ちを隠せない。

「おや、東西高の不良生徒会長様が遠路はるばるお出ましとは。お暇なんですかね?」

「自分の事は棚に上げて……不良はそっちだろう。俺はそんなに暇じゃない。優太に会いに来たんだから」

 と、美しい双眸が優太を捉える。向けられた当人がきょとんとしていると、彼はつかつかと歩み寄りその柔らかな髪をさらりと撫でた。

「なっ……」

「会えて良かった」

「何してるんですか! 優太君は僕のものなんですよ、勝手に触らないでください! ねえ優太君!」

「え、冬都のって……なんで?」

「…………なんでって、この間僕が言った事覚えてます?」

「そ、それに関してはまだ返事してな……」

「……煩い。お前は黙ってろ」

 今にも押し問答に入ろうとしていた二人を引き離して、他校の生徒は徐に片腕を上げた。肩くらいの高さまで持ち上げた腕の先には形の良い人差し指が立っている。

「……?」

 その動作の意味が分からず優太が見守っていると、やがて小さな羽音が聞こえてきた。パタパタという軽い音が頭上から聞こえてくるのを振り仰ぐと、やって来た一羽の白い鳥がその伸ばした指先に止まる。

「わぁ……この子、飼ってるんですか?」

「ああ」

 真っ白な鳥は汚れ一つなく、美しかった。洗練された美貌の主に相応しい愛鳥だ。しかも良く躾けられている。こんな屋外に出していても逃げる素振りも見せない。

 ともかく優太の興味は一瞬にして冬都から男の手にある小鳥に持って行かれた。それを満足そうに見つめた男は、その小鳥を優太の肩にふわりと置く。

「えっ……」

「似合っている」

 涼しげな微笑を浮かべた彼は、男にしては美しいのだが、優太は戸惑うばかりだった。

(似合うって、これアクセサリーとかじゃないし……)

 どう反応を返して良いものか分からない。それにしても飼い主の指に留まっているだけならまだしも、何故自分の肩でまで大人しく置かれたままになっているのだろう、と考え優太は手を伸ばした。

(よっぽど飼い慣らしてんだろうなぁ)

 そっと触れてみると、意外なほど抵抗無く柔らかい羽根の感触が手の平に収まる。

「わ、可愛い……」

 優太が鳥という生き物に触れるのはこれが初めてだった。おとなしく手の中にあるいのちを壊れ物のように抱くと、なんだか愛着が湧いて来る。

 その笑顔に二人の男が目を奪われている事には気付きもしなかった。

「……ん?」

 ふいに、優太は違和感を覚えて手の中の小鳥を見た。手の平に伝わるのは爪とは異なる、固い感触。

「何か足に絡んでるみたいだけど……」

 見ると、下腹部分の毛に埋もれるように脚に絡んでいるそれは、円状の小さな固い塊だった。

(円というか……輪っか? ……まさか)

「ちょっと、ごめんな」

 気になってそっと脚から外して、親指と人差し指でそっと摘んでみる。然程力を入れる事もなく、それはするりと細い鳥の足から抜け出した。

 シンプルとは言い難い装飾の施された銀の輪に嵌った、綺麗な乳白色の石。見覚えのある、それは。

「こ、これ!」

「……それは……!」

 隣の冬都が息を呑むのがわかった。優太も驚いて声が出ない。

 それは優太と冬都がずっと探し求めていた指輪に他ならなかったのだ。

「こ、ここ、これだよ! これだよね、冬都!」

「ええ、そうですね! これは、あれです!」

 やけにこそあど言葉の多い会話に男が眉を顰めるのも目に入らず、二人は歓喜に打ち震えていた。

 やった! と笑顔を零し小鳥を大切そうに包み込む優太と、そこまでストレートな感情表現は出されていないが同じように驚き、微笑む冬都。しばらく二人は指輪を見つめて、それから安堵したようにお互いの視線を絡ませた。

――が、

「気に入らない」

 勿論それは彼の冷えた一言で終止符が打たれる。

「で、それが何だって?」

「あっ、あの、会長さん……これ、大切な指輪なんです。会長さんの鳥が拾ってくれてたみたいなんですけど、その……頂けませんか?」

 奪われた訳ではないので「返してください」という言い回しはおかしいな、と思った優太は言葉を選んでそう言った。

「……」

 男は、少し考えてみる。この指輪の持ち主が優太ではなく冬都であるのは一目瞭然だ。とても優太の所持品には見えない。彼の細い指などに嵌めたらすぐにすっぽ抜けてしまうだろう。冬都のものだと思えば、素直に渡すのは癪だった。

「それなら、相応の対価が必要だと思わないか? 俺の所有物が持って来た物なんだし」

「え」

「なにを……っ」

 場の空気が途端に剣呑な物に変わる。

 けれども男はやはり冬都から発せられる殺気には見向きもせず、むしろ優太のみを見つめて言い放った。

「今後の学校間交流でうちと絡む場合は、必ず優太を連れて来ること。それが条件」

 淡々と続ける。すると優太の表情が目に見えて明るいものとなった。

「なんだ、そんな事ですか!」

「冗談じゃないです!」

 同時に見せた二人の反応は真逆だった。ほっと胸をなで下ろす優太と、全ての髪を逆立たせそうな勢いの冬都。

 男はそれを見て溜め息を漏らす。

「じゃあ、早速来月の交流会には優太が来いよ。そっちの馬鹿面は来なくても良いから」

「え、っと、冬都は会長だから行かなきゃダメじゃないですか?」

「ふざけないで下さいよ、そんな勝手が許されるとでも思ってるんですか! 優太君も! それ以前に突っ込む所があるでしょう。この優男に馬鹿面呼ばわりされる覚えは無いです!」

「あ、それから来週の土曜は暇?」

「へ? 来週ですか?」

「いい店知ってるんだけど」

「ちょっと! だから、優太君は僕のですからね! 何勝手に誘い込もうとしてるんですか?!」




 男と別れた二人はまた街をぶらぶらと歩いた。行きと違って、冬都の右手の中指には美しい指輪が煌めいている。

「俺、その石、好きなんだ」

 そして優太の機嫌も格段に上り調子だった。あの男と出会ったのは冬都にとってはちょっとした災厄だったが、指輪が見つかり優太のこの顔が見られるならば僥倖と言っても差し支えない結果と言えるだろう。その笑顔のお陰で先程のハイテンションな苛立ちは一瞬で霧消した。

「どういう所が好きなんですか?」

「光に当たると、白っぽく光ったり青っぽく光ったりするだろ?」

「そうですね。その様が月光のようだという事がムーンストーンと呼ばれる所以ですからね」

「なんか、冬都みたいじゃないか」

 色んな顔を見せて神秘的な所が、と続けた優太を反射的に振り返ってみれば、彼は柔らかい微笑みをその頬に乗せてこちらを見上げていた。


「すげぇ綺麗」

「……っ」


 いつも賛辞を送っているのは冬都の筈だった。

 もちろん、其処に嘘偽りはない。思いの丈を込めているつもりだ。いまいち本人に伝わっていないようにも思えるが。けれども冬都は、こういった裏のない優太の発言には一撃でやられてしまうのだった。

(不意打ちは反則ですよ……っ)

 ノックアウト。降参。降伏。

「冬都? どうかした?」

 優太は今口にしたばかりの冬都の美しい双眸を見ようとしたが、冬都は口元を押さえて必死に赤い顔を隠すばかりだった。

(僕も優太君のお誕生日にはとっておきのをあげたい。ダイヤモンドはまだ重いだろうから……)

 優太の誕生石はオパールもしくはトルマリンだが、冬都は柔らかな色が似合う彼には琥珀を贈ろうと思った。


 細い左手の薬指に丁度良いサイズのものを。




お付き合い頂きまして誠に有り難う御座いました。

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