オレと召喚
高校二年。春。これより約一年後に控える大学受験に向けて身辺整理をしようと思い立ったのが春休みに入って三日が経過した頃だった。
思い立ったが吉日とばかりにせっせと自室の要らない物に分類される、完結しているのにも拘らず全巻揃えきれていない漫画本やら読み終わった週刊誌。
トレーディングカードを始めとした有るとつい弄ってしまう類の代物を売っぱらってしまおうと段ボールに移す作業を行っていると、押入れの奥から何やら小汚い文字で『絶対に開けるな!』と赤色のマジックペンで書きなぐられた段ボール箱を発見した。
開けるな。それも絶対にというフレーズを聞いて我慢をする人間が居るだろうか?いや、いないだろう。少なくともオレは絶対に開けるね。……例えそれが自ら封印した嫌な思い出だったとしても。
開けて、すぐさま後悔をした。なぜならばソレに無理やり押し込められるように、詰め込められていた代物は、オレの今までの人生の中で一番忘れ去りたかった悪夢のような。まさに災厄しか入っていない『パンドラの箱』でしかなかったのだから。
埃被った段ボールを開け、先ず目に入ったのは開ける以前からにょきりと飛び出し自己主張をしていたレプリカの西洋剣だ。柄から刃に至るまで全身を黒く染め上げ、西洋剣特有の両刃には血の色に似た紅いラインが二本走っていた。刃渡りは六〇センチと言った所か。
中学時に嵌ったアニメーションだったか漫画だったかの主人公だかライバルキャラだかが、使用していたパチモンの剣でネット販売されていたソレを悠々として購入した記憶が僅かにだが残っている。
続いて目に入ったのは、大学ノートであった。それも何やら付箋が至る所に貼り付けられノートの端から飛び出まっくていて何処が重要なのかとんと見当がつかない程だ。表面にこれまた小汚い書きなぐりの文字で書かれた『ダークネスノート01』成る物を嫌な予感がしつつもゆっくりと捲り上げた。
中には筆舌し難い、思わず頭が痛くなる『設定』の数々。星形に線引きされた幾学模様。悪魔と勇者のハーフとして産まれた何事に於いてもサイキョーの悪魔勇者である。とか、先述した全身真っ黒の西洋剣は伝説の剣で尚且つ人格が宿っており『魂喰らい』何て云う御大層な銘が付いていること。
血液を武器にして戦うなどなど、お前西洋剣で戦うんじゃねぇのかよと思わず突っ込みを入れたくなる衝動に駆られ、しかしこれが過去の自身が書いた代物であることを思い出し、更に頭が痛くなったのは仕方のない事であろう。
そんな視るも絶えないノートが全四冊。途中で飽きたのか四冊目は殆ど空白であったが。そして、極めつけは此れだ。
紅い背表紙のまるで、魔術書染みた少なくとも英語ではないと思われる良く解らない言語で描かれた本。趣味の悪い代物で、何時の間にやら存在していたコレ。
中学時のオレが学校から帰宅して『ごっこ遊び』をしていた際に知らず知らずの内に手にしていたソレ。出所は未だ分かって居ない。……少なくとも盗んだり両親からのプレゼントだったという落ちではない筈だ。
――嗚呼。やはり注意書きの通り開けるんじゃなかった。というか過去のオレよ、押入れなんぞに仕舞う位ならさっさと捨てて置け。
此れもゴミだなと更に仕分けを開始しようとし始めた所に、開いて放置していた紅色の本を中心に『魔法陣』と表現する事が一番適切だと思われる鮮血色の光が広がる。
「なッ!?」
突如として現れた現象。ソレはまるで、嘗てアニメーションで視た。『召喚陣』に非常に酷似していた。ドンドンと光量を増し、室内を赤色で埋め尽くす。当然そんな状況下で目を開けている事など出来る由も無く、両の手で朱光を遮る様に構えて光が速く消える事を願いつつ瞼を降ろす。
どれ程の時間が経過したのかは知らないが、腕の隙間から零れていた光は掻き消えていた。アレは何だったのだろうかと思考しながらも、さっさと部屋の片づけを終わらせようと構えを解くと。
場は一転していた。自身を取り囲む空間は四畳半の小狭いソレ等ではなく、アニメーションやらで登場しそうな『教会』と呼称するのが一番良いだろう代物に早変わりしていた。
オレが立つ台座には先ほど見た魔法陣と酷似したソレがこれまた紅色で刻み込まれており、大理石で作られているのか床の表面は自身の姿を薄らと映していた。
「ハァ?」
気の抜けた。まるで何が起こっているのか訳が解らないと言いたげな疑問の声が自身の口から零れる。場所が急に変わった。誘拐だろうか? しかし、もしそうだとして。だ。何故オレはこんな格好になっているのだろうか。
黒で統一された金属製の胸当て。同素材で出来ていると思わしき手甲と脚絆に黒地のマント。終いには先ほど見つけた西洋黒剣が肩口から見えていた。一見というか確実にコスプレに該当するであろう衣装に身を包み。呆然と教会内に突っ立っているオレ。
まるで訳が分からない。誰か説明を求む。
『何を馬鹿面を晒しているマスター』
「今、声が聞こえたような」
何処からともなく低く重厚で偉そうな声が響く。ソレの出所を探るべく周囲に目を走らせていると業を煮やしたのか先ほどの声が再び重々しく口を開く。
『何処を視ている。我は此処にいるではないか。ソレとも頃年扱わなかった事で我の存在を悠久の彼方へと忘却したか』
「って、剣が喋った!?」
『よもや、我の事を忘れるほど乱暴な召喚であったか。しかし、解せんなこの魂喰らいを剣呼ばわりするなど……』
――魂喰らい? って、まさかアレか!? 大学ノートに書き込まれていた『設定』が何で活きてんだよ!? おいおい、冗談じゃないぞ。ただでさえ訳の解らない状況下であんな可笑しな設定集が活きてくるとか拷問以外の何物でもないぞ。
『して、そこな召喚士よ。何故に姿を隠す。早う姿を現すがよい』
召喚士? というとアレか。オレをこんな場所に誘拐してこの訳の解らない状況を作り上げた不届き者の事か。はてさて、一体どういう面をしているのやらと興味を惹かれ、喋る度に振動する剣が語る召喚士とやらの登場を待つ。
暫くの時間を置いて、笑い声が教会を包んだ。
「……クククッ、流石は『悪魔』と言った所か。私の隠形を見破るとは思わなんだぞ? 嗚呼そうだ。我こそは貴様の召喚主にして『ご主人様』であると同時に『飼い主』になる者。アルテミシア・ローウェルだッ!」
目測二〇そこそこの長椅子が並ぶ内の一つからゆらりと大仰な仕草で現れた小柄な少女。少女の髪は鮮やかな稲穂を思わせる金色で、ひざ裏まで届くくらいに伸ばされた長い髪は後方に設置されたステンドグラスから注がれる光に反射して煌めき、大きな翡翠色の瞳に整った鼻梁。不敵に笑みを浮かべた瑞々しい小さな唇。少女の端正な人形染みた顔立ちも相まって彼女の姿を幻想的なモノへと変貌させる。
――ああ。綺麗だ。
素直に、直感的に。それ以外の言葉が出てこないくらいに。アルテミシア・ローウェルと名乗った少女は、ただただ美しかった。