『僕×白紐帯の木乃伊』 8
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……………………………………………………………ファンタスティック。
そう、彼女が抱えていたことは、とてもとても幻想的な現実だった。
「ん~、どう言うこと? その包帯の下は目玉の無い真っ黒な眼窩になっているってこと?」
だが残念なことに幻想可視化フィルターを搭載していない俺の乏しい想像力ではそんなホラーショッキング画像しか思い浮かばなかった。
いやマジ怖い。
「いえ、そうではなく、目はここにあるのですが……私の視点は、常に上にあるんです」
そう言って彼女は空を右手の人差し指で指差した。
はてな、その先を追ってみても、そこには空があるだけだった。手を振ってみようか?
「……幽体離脱、みたいなもの?」
頭に浮かんだことをとりあえず言ってみた。手を振るのは怒られそうだからやめておいた。
「たぶん違います。視点は常に上からでも、それ以外の感覚ははっきりこの体で感じ取れますし、この体自体ちゃんと動かすことが出来ます」
なるほど、案外自分の考えていることがそこまで離れていないことは分かった。
もう少し想像してみる。
「じゃあ……視点だけが常に上から――つまり常に俯瞰状態ってことなのか?」
「そう……なりますね」
「ふーん、なるほどね」
ふむ、どうやらこれが正解だったようだ。
俯瞰。空からの視点。高いところから下を見下ろし続ける視点。青の視点。
そんな視点を手に入れたなら、まるで神様になったような気分を味わえそうだな、と考えるのは、やっぱり貧困な想像力だろうか。自分の目で自分を見下し続ける。その行為は人の精神面にどのような影響を与えてしまうのか。
残念ながら俺には分からない。
ただまぁ、ちょっと興味はある。それに……なんだか、思うところもなくもない。何だろう、懐かしさ、のようなものかな。
「……どうですか?」
「ん? 何が?」
施行中断して包帯少女に向き直る。しかし包帯少女の質問の意図しているところが分からず、俺は聞き返した。
「その……治る、と思いますか?」
「……はい?」
……なんだか、彼女は根本的な勘違いをしているみたいだ。まるで、それを病気の一種だとでも言うような。
なんてことだ。
「いやぁ、無理でしょうよそんなの」
「なぁ……どういうことですかっ!?」
包帯少女は右手を振りかざして怒った。「言うこと聞かないとぶつよ!?」みたいな感じ。
「何怒ってんだよ。当たり前だろうが。じゃあ……そうだな、お前は世界陸上に短距離走で出場して優勝した選手が、いきなり普通の人になると思うか? そもそもそれは『治る』とは違う次元の話だろう?」
「何の話をしているんですか! そんなの今は関係ありません!」
「例えばの話だよ。それに関係ないわけじゃない。……で、話の続きだけど、もちろん練習をピタッとやめればそれなりに普通の人間に近づけるだろうけど、でもその人自体が持っている能力ってもんがあるだろ? それは簡単に無くなったりなんかしないとは思わないか? だったらお前のそれだってそうだろう。それはお前の能力なんだから無くなったりなんかしないさ。簡単に言うならばそれこそがお前の――あれだ、『才能』だ」
ずいぶん安い言葉でまとめてしまったかもしれない。しかしそこはそれ以上に適する言葉が見つからなかった俺のボキャブラリーのなさをかんがみて許してほしい。
「こんなもの……才能でもなんでもありません!」
「どうしてそう思う? 俺はあんまりこの言葉は好きじゃないけど、とらえようによっちゃまさにまさしくそれこそ俗に言う『天才』ってやつだろう? 天から授かったものなんだぜ? 何が不満なんだ、お前は他の人間とは違うんだぞ?」
他人とは違う――自分。
「そんな……私は別に他の人と違くなりたいと望んだことなんてありません!」
「なんだお前、贅沢だな~。世の中には必死こいて他とは違う確固たる自分を探して旅にすら出ちまう人間がいるっていうのに」
「なら、そんな人がいるなら、そうじゃない人がいたっておかしくないじゃないですか!」
「あげ足とるね~。でもまさしくそうだな、それも全くもって正論だ。……じゃあなんだ、お前はそんな――まるで一般的に信じられているところの神様が見ているようなその景色を見ることが出来るその『才能』がいらないと、そう言うんだな?」
「そうです。私はこんなものいりません」
はっきりと、断言した。
そこまで言ってしまうのか、そこまで言えてしまうのか。
持っているのに。
「……はぁ~」
「……なんですか?」
「いやな、なんでそうなるかな~、と思ってさ。……悪い、さっき『お前は他の人間とは違う』なんて言ったそばからこんなこと言っちゃうけどな、例えばお前のその視点のような『才能』を持っている人が、お前一人しかいないと思うか?」
「……え?」
「例えばお前の兄さん、例えば保険の先生、例えば今あそこを通った生徒、その人それぞれにそれぞれの『才能』が無いと、お前は思うのか?」
「……それは…」
「確かにお前は他の人とは違う『才能』を持ってる。でもな、お前だけが持っているわけじゃないんだ。お前が特別なわけじゃないんだ。例えば、足が速い。例えば、パンチがとても強い。例えば、何にも使わずにスプーンを曲げることが出来る。例えば、宇宙人と交信することが出来る。例えば、誰にも気づかれない。例えば、声に出さなくても気持ちが伝わる。例えば、人の心が読める。例えば、空から景色を見下ろすことが出来る――等々。それらにはどれにも程度の差なんてありゃしないよ。どれも同じく等しくまさしく『才能』ってやつだ。もしかしたら個性って言ってもいいのかな? まぁどうでもいいや」
「…………」
「だから探せばいるかもしれない、お前と――全く、とは言わないけれど――同じ『才能』を持っているやつがいるかもしれない。お前は他の人とは違う、でもそれはお前が特別であるかどうかとは全く違う問題だ。……でもいいさ、それでいいさ。さっきお前が言ったように、いろんな人がいる。『才能』がほしいともがく人もいれば、そんなものなんかいらないと放棄する人もいる。『捨てる神あれば拾う神あり』ってことわざもあるだろ? だから――」
俺は右手を差し出した。
招き入れるため?
受け入れるため?
いやまさか。
ただ――繋ぐだけ。
「その『才能』、俺がもらうよ」
「――え?」
「手、出して」
俺のその右手を、彼女は包帯越しに見つめた――いや、実際は空から見ているんだろうけど。空から俺が差し出した手を見つめて、彼女はなんだかためらっているようにも見えた。それは俺の行為に対する不安か、または別の原因か。
やっぱり俺には分からない。
「…………」
「さ、手を出すんだ。こうやって」
自分の左手でためらう彼女の右手を掴んで、自分の右手につなげた。
「……こ――」
「こんなことをしてどうなるんだ、とか、これから何をするんだ、とか、そういった質問は今は受け付けない。とりあえずそのまま――目をつぶれ」
「…………」
彼女から反応はなかった。包帯の下に隠れているまぶたが閉じたかどうかなんて分からない。そんなことは実際どうだっていい。そんなことしなくたって事足りるんだから。
「……ふぅ、俯瞰の視点か。気分はさしずめテレビゲームをやっているようなもんかな?」
俺の呟きに包帯少女は一瞬顔を上げたが、自分に言ったのではないだろうと言うことが分かったようで、また俯いた。
――ふぅ。
一つため息をついて、想像する。
最初は飛び込み台からその中に飛び込むように勢いよく。
その後意識はゆっくり潜っていく。体が生温かい抵抗に包まれる。
水の中のようで、空の中のようで、またそれらとは全く違うところのよう。
そこには重力はない、だから「潜っていく」が正しい。
深くて暗くて冷たいような場所、俺の中だけど、俺だけじゃない。
何も見えない、何も聞こえない、でも感じる。
目、耳、鼻、口、肌、それら五感覚ではないところで、それを感じ取る。
あった。
きっとあれだ。
手を伸ばした。
その手で、しっかり掴んだ――
「……ん、もうそろそろ目を開けて良いぞ」
「……はい」
相変わらず包帯をしているせいでまぶたの動きが分からない。でもたぶん今の俺の言葉を聞いて目を開けたと思う。
だから俺は空いている左手でその包帯をつかんで――剥がした。
一気に、一息で。
拒まれるその前に。阻まれるその前に。
「えっ!?」
彼女はいきなり包帯をつかまれたことにとっさに抵抗しようとしたが、俺の方が早かった。
「なぁっ!? 何を――」
包帯をはがされた彼女は、突如射し込んできた光に目が眩み、まぶたを閉じた。そして少しずつ開いていく。ようやく飛び込んできた光景を、少しの間呆然とその光景を――見ていた。
「えっ? ……え、え、な、なん、で……私、元に……戻って」
そう、見ていたのだ。自分の目で。
決して人に見せようとしなかった包帯の奥の、その――灰色の目で。
「え……あ――そ、それっ!? それは何っ!?」
そして急に動き出したかと思ったら、いきなり俺の胸ぐらをつかんできた。
「うげぇ」
なんと俺は、自分より小さい女の子に胸ぐらをつかまれ首を絞められているのだ。こんな展開を誰が予想できただろうか。
それにしても――
「――お、おぉ、確かにこれは不便だな。はは」
「ねぇっ!? これはどういうことなのっ!? あなた何をしたのっ!?」
不思議な感覚だ。俺は俺の体じゃない、その上から二人を――俺と、彼女を見ている、見下ろしている。だからそこにいるのはどうにも俺という気がしない。でも実際俺の首にはワイシャツの襟が閉まって苦しい感覚がある。何と言うか……俺の運動と感覚に連動している人形が、そこにあるって感じ。
確かに楽しいけど、でもこれが神様の視点だったら、この程度で神様気取りだとしたら……率直な感想は、ちっちぇえなだ。こんな視点じゃ世界を見ることはできない。
所詮は人間の才能か。
「どうして――どうしてあなた、目が……」
「どうしてって、いらないんだろ? だから、俺が頂戴した」
「な、なんで、なんでなんでっ!? どうなってるのっ!?」
「分かった分かった、とりあえず話せって、苦しいから、頼む」
「うるさい、うるさいうるさいっ! どうしてよっ! なんでそうなるのっ!」
包帯少女は俺の胸ぐらをつかみながら、前後左右縦横無尽に振り回しまくった。
「あー、あーあーもう、何なんだお前は。何がそんなに不満なんだよ、何がそんなに気に入らないんだよ。とにかく落ち着いて話をしようぜ」
「あなたはなんでそんなに落ち着いているのですか!? おかしいと思わないんですか!?」
「ん~……、どこが?」
ちょっと考えては見たけれど、すぐには思いつかなかった。
「……信じられない」
そう言うと彼女はやっと手を放してくれた。そのまま、まるで身体に力が入らなくなったみたいにベンチに落ちるように腰かけると、頭を抱えてしまった。
そんなに俺の目は変わっているのだろうか? ぜひとも確認してみたい。でもあいにく手鏡を持ち歩くような習慣はないし、近くに窓ガラスもない。
仕方なしに俺は携帯電話のカメラ機能で自分の目だけを撮影してみた。
「……おぉ、これはなかなか」
携帯電話の画面には、以前のコゲ茶色は全くと言っていいほど面影がなく、割ときれいな灰色をしている俺の目が映っていた。それは彼女も同じ、鮮やかな青色をしていた彼女の目も、俺と同じ灰色だ。
「なるほど……こうなるのね。これぞほんとの『ペアルック』だな。だっはっはー」
と、会心の出来のギャグに自分で言って自分で爆笑したのに、彼女ときたら完全シカトときたもんだ。ちくしょう、ちょっと良い出来と思った自分が恥ずかしいじゃないか。
「……とりあえず一つ確認するぞ、視点は元に戻ってるよな?」
俺の声に、彼女は小さくうなずいた。よし。
「お前は自分自身では分からないと思うけど……と言うか、分かるわけないけど、目の色が青色から灰色に変わってるよ」
そう言うと、彼女の震える手が制服のポケットに入り、中から橙色の携帯電話の取り出し、画面で自分の目を確認すると、ふっと、急に力が抜けたように腕を垂らした。
「おいおい、そんな落ち込むことないだろ。確かに完璧に一般的な目の色になったわけでもなければ、あの視点が無くなったわけじゃないけどさ。普段は自分の視点、見ようとすれば空からの視点ってなふうに、『オン』と『オフ』ができるようになっただろ? ――俺ができるんだから、できるよな? これはこれで便利じゃん。むしろこれ以上ない大成功だろ。盛大に喜んでお礼に俺のほっぺにチューでもほしいくらいだ」
そう、特別意識をしなければ普段通りの視点、まぶたを閉じてちょっと意識を上にやると、たちまち空から見下ろす視点に代えることが出来る。これを口で説明しようとするのは難しいけど、やってもらうわけにも……いかないか。まさしく選ばれしものの特権だな。
「なんだ? 何がそんなに不服なんだ? あれか? もっとこう漫画やアニメみたいに劇的に解決してほしかったのか? 魔法の杖を出して『プルルンプルン……』って唱えてキラキラ光るエフェクトと共に鮮やかに解決してほしかったのか? そんなの無理に決まってるだろう、俺はテレビや漫画の世界の住人じゃない。俺たちが生きているこの世界は問題提起から紆余曲折を経て盛り上がりどころを組み込んだ後ハッピーエンドで終わるような、まさしく『起承転結』で紡がれるありきたりな長編小説の設定とは似ても似つかないものだろう。どう見たって俺は魔法使いじゃないし、どれだけ願ったって世界の構成を覆す力なんてない。そもそも俺に解決なんてできないし」
彼女は頭を上げた。その顔はうれしそうで泣きそうで怒りそうな、大変複雑で素直な無表情だった。ややこしや。
「……私は、確かに普通になりたいと、そう思っていました。でも完璧に普通でなくても、こうやってどっちつかずな中途半端でも、それはとても嬉しいことで――いえむしろこの『どっちつかず』が本当は何よりの結果で、それこそ盛大に喜んであなたのほっぺにチューでもしたいところですが――それは、あなたを巻き込んでまで叶えたいとは思っていませんでした!」
彼女は膝に手をついて立ち上がると、すごい剣幕で俺を睨んで言った。いや最後の方は叫んでいた、が近いかもしれない。
しかしどうやら自分の中である程度状況の整理が出来たようで、複雑だった心情は一つの感情のもと落ち着きを取り戻した様子なのだが、残念なことにそれが一番彼女らしい感情ではあるが俺としては一番気疲れする感情であるところのものである――怒り。結局またぷんぷんしていやがるのだ。何とかしろと言ったのはこいつなのに。
「でも、俺にどうにかしてほしいと頼んだのはお前だろ? その結果自分に何が起こっても、それは――こんな言い方はひどいかもしれないけど――それは俺に頼んだお前の責任だ。逆に、その結果俺に何が起こったとしても、それはお前に頼まれ承諾した俺の責任だ。つまりお互いに同等のリスクを背負ってるんだ。だったら俺の目がどうなろうとお前が気にする必要は全くない。そうだろ?」
「そんな……信じられません。どこが同じリスクなんですか? 私はただ今の状態から私が望む形になるか、そのままかというほぼノーリスクです。ですがあなたは全く違うじゃないですか、全く逆もいいところじゃないですか。私は零で、あなたは全。あなたは、それで良いんですか?」
信じられない、それでもあなた人間ですか?――とでも言いつなげたそうな目をしている。なんてひどいやつだ。こんなことする生き物なんて人間以外の何物でもないだろうて。
「お前は何か勘違いをしているみたいだな。人は何かしらの行動を行うにあたってリスクが無い、ということはないはずなんだ。それはつまり何もしていないと同じことなのだから。それにノーリスクなんてことは無かったはずだ。お前はこれ以上ないほどに追い込まれていただろう、それこそ俺なんかに助けを求めるくらいに。もしこれで何も出来なくても本当に『仕方ないか』で終われていたか? 俺はそうは思わない、思えない。そしてそのリスクの程度というのも結局はその本人にしか判断はできないことであるから、それについて言及するのはそれこそ全く違う。要はお互いにリスクは平等であると話しを合わせることこそが必要なんだ。だから良いも何も関係ない。その結果どうなろうとそれは助けると言った側の責任になる。……助けるってことは、責任を負うことなんだよ。俺がもしお前を助けると約束したなら、俺はお前の問題に責任を負わなければならないんだ。それは途中で投げ出すことも、無駄に引き延ばすことも、中途半端も許されない。その問題にとって出来得る限りの最適で、最善で、最良で、最高な回答を最悪一人ででも導き出さなければいけないんだ」
「そんなの……そんなのあんまりです。ひどすぎます。それこそリスクについては話し合うべきだったわけじゃないですか。助けると言う約束がもつ責任の重さを双方が理解すべきだったんじゃないですか。それをせずに一人だけ納得して、それで終わってからそんなことを言うなんて、ひどすぎるじゃないですか……それで、これから私にどうしろと? 気が付かなかったふりをしてのうのうと日常を送れと言うのですか? 気に留めながら後ろめたい日々を過ごせと言うのですか? どちらにしてもどちらに対しても残酷です」
「――ははは、そうかもな。だけどな、そこは心配しなくてもいい。なぜならな――俺は、お前を助ける約束した覚えはないんだぜ」
「……え?」
俺はまさしく不敵な笑みを浮かべた。事ここに至って、俺は今までの問答を全て覆すのだ。
ここが一番の盛り上がりどころであることを俺は今ここに宣言しよう。気分はさながら自分の旗を背に掲げ壇上で熱い思いを雄弁に物語る昔の指導者のようだ。
「そもそもお前とは何も約束なんてしちゃいない。助ける? そんなこと、行う以前に言うもおこがましいぜ。俺にはお前を救えるほどの知恵も知識も力も運も関係もないんだからな。だからこれは俺が勝手にした行動の結果だ。それがどういうことか、分かるか?」
その問いに包帯少女は肯定も否定もすることなく、ただ目蓋をしばたいている。これから俺が何を言うのかなんて見当もつかないのだろう。しかしそれは間違いではない、それどころかむしろ聴衆としては申し分ない姿勢であると言えるだろう。きっと間城崎ならここで「どうせあれだろう?」と俺の晴れ舞台を見ることなく閉幕するのだろうが、それじゃあつまらない。
ちょっとくらい、主人公みたいに目立ってみたい時が誰にだってあるだろう?
「俺に出来る事はただ手を差し伸べて、繋がる程度だ。途中で投げ出すことも、無駄に引き延ばすことも、中途半端も許されない――なんてこと俺には関係ない。その問題にとって出来得る限りの最適で、最善で、最良で、最高な回答を最悪一人ででも導き出さなければいけない――なんてこと俺は知ったこっちゃない。助ける約束をしていないお前を俺は助ける義理が無い。だから俺はただ並んでいるだけだ。前を歩いて手を引いたり、後ろから背中を押してやったりなんかするわけない。ただ並んで、お前がこれからどうするのかを隣で見ていようという自己中心的な考えをしているだけ。俺は途中で投げ出すし、無断に引き延ばすし、中途半端を歓迎する。その問題や当事者の一切合財を排除して、その全てが俺を基準に考えられている。それが『手を繋いだ』程度の俺にとっての、最適で、最善で、最良で、最高な回答だ」
俺が並べる一見筋の通りそうでいてその実無理があり何を言っているんだかさっぱりでしかも簡単にまとめて二文字で表現をするならば『姑息』と言うなんとも的確で適当な模範解答を提示できてしまうような戯言をさもこの世の根源定理と言わんばかりに根源不明な自信に満ちに満ちた決め顔でつらつらと語られ目が点々になっている彼女に一言付け加えることでいったん幕を下ろしマイクを放そうと思う。
「だからもし――もし助かりたいのなら、自分でなんとかしやがれ」